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7:ネーネとティアラ


 ヨリスモア学校での前期試験が全て終わった。

 そうなると待ちに待った夏季休暇の始まりだ。


 学校に通いだして初めての、こんなにたっぷりあるお休み。

 何しようかな〜? と迷うまでもなく、私はシャロフィの街にネーネの姿でいた。




 やっとカンカン照りの太陽が落ち着いて、空の向こうへ帰り始めた夕方。

 私は買い出しに街へと繰り出していた。


 今日は花火祭りの当日。

 花火の打ち上げまで時間があるはずなのに、街は人で溢れかえっている。

 この日ばかりは、各お店が外まで売り物を広げており、ただでさえ狭い通路が通りにくい。


 まだそんなに混んでないだろうと完全に油断していた私は、人混みに立ち往生していた。

 しかも買いたかったものが売り切れだったし。

 踏んだり蹴ったりだ。


「早く帰りたいのに、人が多すぎるぅ……」


 断念した私は、屋台でフルーツが盛られたジュースを買って、人通りの少ない路地裏の階段に座って飲むことにした。


「ふぅ。人の熱気がすごかった……」

 一息ついた私は、人がごった返している通りをチラリと見る。

 

 ーー恋人たちが多いなぁ。


 そう思いながら、ジュースのグラスを両手で持って口につけた。

 ゴクリと一口飲むと、カラカラの喉が潤っていくのを感じる。

 持ち手の長いスプーンもついており、パインをすくって口に運んだ。


 ーーぐずぐずしてると花火が始まっちゃう。

 

 私はまた、一向に人の減る気配のない通りを見つめた。




 この花火祭りにはあるジンクスがあった。

 打ち上がった花火を2人で見た後にキスをすると、その2人は永遠に結ばれるというものだ。

 

 …………


 けれどそのジンクスが、陽気な人たちの間で違った方向へと大盛り上がりしてしまった。

 今では……花火が全て終了して大歓声が上がり終わると、通りすがりの人にオデコにキスをしてもいいイベントになってしまった。

 フリーハグならぬ、フリーデコチュー強制参加だ。


 一応あきらかな恋人たちは手出しされない。

 今の私みたいに1人で出歩いてしまうと危険だ。

 陽気な人たちの餌食になってしまう。


 だから花火が打ち上がる前に……せめて花火が終わる前に店に帰りたい。

 



「頑張って帰るしかないかな」

 人混みに突っ込んでいく覚悟が出来た私は、まずは空になったグラスとスプーンを屋台に返しに行った。

 

 返し終えると、知らない男性に声をかけられた。

「お嬢さん1人? もし良かったらオレと花火見ない?」

「…………」

 私はチラリとその男性を見ると、すぐに目を逸らして離れようとした。

「おい、無視するなって」

 男性が語気を荒げながら私の腕を掴んだ。

「キャッ!?」

「ほら、こっち来いよ」

 私が行きたい方向とは反対へと男性が引っ張りだす。


 …………

 ネーネだから?

 ティアラの時は、無言で立ち去れるのに。

 

 ネーネは気が弱そうだから、こんな強引なことされるの??


「やめて下さい!!」

 私は勇気を振り絞って大声を出した。

 辺りの群衆が静まり返って私たちを見る。

 

 その時、誰かが私の隣に立って男性の手を掴み上げた。

「嫌がってるんだから、やめてあげて」

「リオさん!?」

 私を助けてくれたのは、颯爽と現れたリオさんだった。

「なんだよ、ツレがいるのかよっ」

 男性は捨て台詞を吐くと、リオさんに掴まれている手を振り払い去っていった。




「リオさん、ありがとうございます」

 私は男性に掴まれていた腕をさすりながら、リオさんにお礼を伝えた。

 リオさんは去っていった男性を見ていたけれど、私の方に向き直ってニコリと笑った。

「腕、大丈夫?」

「はい。ちょっと痛かっただけです。でも怖かったんで助かりました」

 眉を下げながらも、ニコッと笑顔を浮かべて返す。


「ネーネちゃんは何でここにいるの?」

「買い出しに行ってたんですが……人の多さを甘く見てました。店に帰るのに一苦労していたんです」

「じゃあ、送っていってあげるよ。ネーネちゃんの店までいい裏道を知ってるから」

 リオさんがそう言って左手を差し出してきた。

 手のひらを上にして。


「…………」

〝おまじない〟をかける時の動作と一緒のようなものなのに、妙にドキドキした。

 私はその手に自分の右手をそっと重ねた。




 リオさんと手を繋いだ私は、彼に優しく誘導されながら人混みを抜けた。

 そしてリオさんが言っていた裏道に入る。

 お祭りの今日は、街の至る所に灯篭が飾られており、空が暗くなってしまってもぼんやり明るかった。


 さっき私が〝怖かった〟って言ったから、店まで送り届けてくれるんだろうな。

 優しいなぁ。


 私はポーっとリオさんの背中を眺めながら尋ねた。

「リオさんはなんでここに?」

「友達とお祭りに来てたんだけど、はぐれちゃったんだ」

 リオさんが私を振り返って、少し困った表情を浮かべて笑った。

 そしてまた前を向いて続ける。

「でも大丈夫。花火の時に避難先として、建物の屋上にあるご飯屋で落ち合うのを決めているから」

「……そうなんですね」

 

 私はホッとした。

 このお祭りに来るぐらいだから、もしかしたら女性と2人で来たのかと思ったから。

 そしてご飯屋さんを避難先って表現するってことは、フリーデコチューのイベントに参加しにきた訳ではなさそうだ。




 その時、リオさんが路地を右に曲がった。

 

 ……ここは……


 もうすぐ先で左に曲がると、私の『ゲート』がある道だった。


 …………

 ちょうどいいかもしれない。

 リオさんに告白するなら、ありのままの私を見せてからにしたい。


 そんな思いを抱いていると、リオさんが左に曲がった。

 私は思わずリオさんと繋いでいる手をギュッと握る。


 少し驚いたリオさんが、私を振り返りながらゆっくり歩みを進める。

「どうしたの?」

「リオさん。ここシャロフィの街には、道のどこかにその人が望む姿に変身出来る、魔法の『ゲート』があるってご存知ですか?」

「知ってるよ。見つけられたら幸運なんだよね?」


 リオさんの進む先には、虹色の膜を張ったような四角い透明な空間……私の『ゲート』があった。

 私を振り返ったまま、彼がその『ゲート』をくぐり始める。

 けれど私専用だから何も起きないし、リオさんには見えていない。


「……私、見つけたんです。それで姿を変えていました。リオさんには本当の姿を見て欲しいです」

 言い終わると、私も『ゲート』をくぐった。

 虹色の膜に体が包まれるような感じがして、いつものクセで目をつぶる。

 

 体が一瞬輝き、フワリと風が巻き起こった。




「……あ」

 リオさんの驚いた声が聞こえ、繋いでいる手が強く握り返された。

 それが合図だったかのように、彼が立ち止まる。

「キャッ」

 目をつぶっていた私は、リオさんにぶつかって立ち止まった。

 そして目を開けて彼を見上げる。


 リオさんの瞳は大きく見開かれていた。

 繋いでいない方の手で口元を押さえた彼は、思わずといった感じで顔を背けた。


「〝ネーネ〟とは全然印象が違いますよね。驚かせてごめんなさい。でも私、本当はリオさんと年が近いんですよ」

 私が本当の姿を見せたかった理由の1つ、年齢のアピールだった。

 ネーネの姿では幼いから、彼に恋愛対象として見られていないかもしれない。


 でもティアラなら……

 年上のリオさんにまだ近付ける気がしたから。


 私はリオさんをジッと見つめた。

「本当の名前はティアラです」

 それを聞いたリオさんが、顔だけはこちらに向けてくれた。

 目線は私から逸らしたままだけど、何か言おうと口を開く。


 その時だった。

 夜空が急にピカッと明るくなったと思ったら

「ドーン!!!!」と爆音が響いた。


「「!?」」

 私とリオさんは完全に油断しており、身をすくめて驚いた。

 思わず繋いだ手も離してしまったけれど、リオさんが私を守るように、肩を優しく抱き寄せてくれた。

 そして2人して音がした夜空を見上げる。


 


 そこには大輪の火の花が咲き誇っていた。




 

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