6:決意
前期試験が始まった初日。
空きコマの時間に、私とエルシーは自主室で次の試験の勉強をしていた。
最後の追い込みだ。
私は教科書に目を向けたまま、エルシーに声をかけた。
「エルシー、エルシー」
「なあに、ティアラ?」
エルシーは2年生の先輩からもらった過去問に目を通している。
「私、この気持ちをリオさんに伝えたいんだけど……迷惑かな?」
「え? 今? 今そんな勉強内容が吹き飛ぶようなこと言う??」
エルシーが信じられないというように、顔を上げて怪訝な目を私に向けた。
けれど私は真剣に教科書を見つめ、最後の仕上げに重要単語を覚えていた。
「うわ。美人の真剣な顔だよ。圧がすごくてこれ以上聞き出せないっ」
呆れ返ったエルシーがブツブツ文句を言っている。
彼女が目線を過去問に戻したころに、私はエルシーを見た。
「エルシーも押せ押せだったでしょ?」
「え? 今? 今そこ掘り下げる??」
素早く顔を上げたエルシーと、今度はバッチリ目があった。
「怖い。美人の力強い眼差し。これが捕食される小動物の気持ちかぁ……」
「…………」
「ティアラ。そんなに気になるなら伝えるって決めて、試験に臨もう」
エルシーが真面目な顔をして、私に言い聞かせるために大きく頷いた。
そしてまた過去問に目線を戻してから喋りはじめる。
「大丈夫。大丈夫。ティアラが本気出して告白して、谷間でもチラリと見せつければ、世界はいずれあなたのもの…………」
「…………」
「……素直なティアラさん。参考にしちゃダメよ」
「フフッ。分かってる。聞いてくれてありがとう」
私は口元だけの笑みを浮かべてから、教科書に目線を落とした。
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今日の分の試験がやっと終わった時、私とエルシーは席に座ったまま、ノロノロと帰り支度をしていた。
そんな私たちの元に、アイリスさんが向かってくるのが見えた。
アイリスさんが手を挙げて、私たちに声をかけようとしている。
私は思わず先に喋りかけた。
「試験お疲れ様〜」
「!?」
アイリスさんが歩みを一瞬だけ止めて、ギョッと驚いていた。
あ…………
私は恋占いのお店でアイリスさんと親しくなった気でいたけど、ティアラとして学校ではそんなに親しくなかった。
アイリスさんからしたら、気さく過ぎて驚かれたかな?
けれどそこはアイリスさん。
持ち前の明るさでニコニコしながら持ち直し、近付いてきてくれた。
「お疲れ〜。ねぇねぇ、気が早いけど試験が全部終わったら、クラスのみんなで打ち上げしようって話をしているんだけど、エルシーさんとティアラさんも来ない?」
試験でぐったりしていたエルシーが、途端に元気になった。
「わぁ! 行く行く〜!!」
彼女は歓声を上げて首を縦に何度も振っている。
それをニコニコと見たアイリスさんが、次に私を見た。
「もちろん行きたいな。お誘いありがとう」
感謝を込めて、ネーネの時のように目を薄めてゆったり笑った。
私からしたらエルシーもアイリスさんも気心が知れた人だし、本当に嬉しかったから、なかなか自然な笑顔を浮かべることが出来た。
「あ…………うん。ぜひ来てね」
アイリスさんがポカンと口を開けて、私をジッと見ていた。
けれどしばらくするとニコッと笑い「この日を予定してるんだけど、また詳しく決まったら伝えるね〜」と言ってくれた。
そして立ち去っていくアイリスさんを見つめていると、エルシーが横で何やらブツブツ言っていた。
「被弾、被弾……あ、あそこにも被弾……」
「え? 何を言ってるの?」
「ティアラの笑顔の破壊力の惨状を確認……」
相変わらずブツブツ言うものだから、少し聞こえにくい。
「え?? アイリスさんも驚いていたけど、何かおかしかったかな?」
私が眉をハの字に下げて、心配そうな表情を浮かべているのに、エルシーは呆れ返った視線を私に返した。
そしてそのまま口を動かす。
「……試験も終わったことだし、海沿いにあるあのカフェに行かない?」
「わぁ、行きたい!」
「よし、ならすぐにここを離れようっ!!」
何故か慌てているエルシーに手を掴まれて、私たちは教室をあとにした。