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5:心の隙間


「……まだつかないの?」

 私は2個年上のシドの背中に文句を投げつけた。


「もうちょっとだから!」

 シドは楽しそうに、夏の日差しが照り返す石畳の坂道を歩いて行く。

 光を浴びてキラキラ光る彼の金髪。

 そこからもっと上に視線を向けると、ギラギラ光る太陽が。

 それに向かって歩いているみたいで、はしゃぐシドの背中に今度はじっとりとした視線を投げつけた。


 …………

 シドはリオさんと年が近いはずなのに、こんなに落ち着きが違うなんて……


 お姉ちゃんはシドのどこが良かったのかな?

 少年のような純粋さがある所?


 ……分からない。


 私はシドから見えないことをいいことに、眉をひそめた。

 そして失礼なことを存分に考えていた。


 シドは私のお姉ちゃんの彼氏だった。

 セアラお姉ちゃんはシドよりさらに1歳年上で、同じヨリスモア学校の卒業生。

 学生の時から付き合いだした2人は、長いこと交際が続いており、シドは私にとって気さくなお兄ちゃんのような存在になっていた。


 ただこうして、セアラお姉ちゃんへのプレゼント選びなんかを手伝わされる私は、ちょっとだけ迷惑な時もある。


 こんな暑い日に外をたくさん歩くなんて……

 帽子を持ってきてて良かった。


 私は視界に少しだけ見える麦わら帽子のつばを見上げた。

 この帽子を被るためにせっかく束ねていた髪を下ろしたから、その分暑いんだけどね。


 チラリと私を振り返ったシドが、ニコニコと嬉しそうに告げる。

「今日はセアラと付き合った記念日なんだ」

「そうなんだ。おめでとう。それでケーキ?」

「あぁ。何が1番喜ぶかな? ティアラも一緒に考えてくれよ」

 そう言って、シドはまた前を向いて歩き始めた。


 シドはセアラお姉ちゃんのことが本当に大好きだった。

 こうして私に構うのも、セアラお姉ちゃんから『私は卒業して居なくなっちゃうから、妹のティアラをよろしくね』と言われたシドが、それを彼なりに守っているんだと思う。


 そう思うと、毎回迷惑な気持ちを感じながらも、シドの真っ直ぐさに免じて許してしまう。

 私は口元を少し緩めて苦笑しながらも、彼についていった。




 ーーーーーー


「ありがとうティアラ!」

 シドがケーキの入った箱を手に持ち、ほくほくしていた。

 私にもお礼と言って、1ピース入った小さな箱を持たせてくれている。


「どういたしまして」

 私は口の端を少し上げた。

 

 シドは今から、セアラお姉ちゃんとの待ち合わせ場所に向かうらしい。

 仕事終わりのセアラお姉ちゃんと落ち合って、記念日デートだ。

 この前アクセサリー屋さんを連れ回されて買ったプレゼントも、今回渡すために持ってきているらしい。


 シドはこう見えてすごくマメだった。


 そこかな?

 セアラお姉ちゃんがシドを好きなのは。


 私はまた失礼なことを考えながらも、喜ぶセアラお姉ちゃんの姿を想像していた。


「やっぱり、ティアラも来る? 食事だけでも一緒にどう?」

「ううん。いいよ。せっかくの記念日だし」

「せめて寮の近くまで送ろうか?」

「大丈夫だよ。そこまで子供じゃないし。ありがとう」

 私はシドの優しい提案を丁寧に断った。


 2人の邪魔はしたくないから……

 というか、2人の甘い雰囲気に当てられて落ち込みたくないから。


 私は1人で帰ることにした。



 

 それじゃあとお互い手を振って、私はシドと歩いてきた道を1人でゆっくりと戻る。

 どこかに立ち寄ってもいいんだけど、暑いからもう寮に帰りたかった。

 ケーキも食べたいし。


 …………

 長く付き合えるって素敵だな。

 私もリオさんと出来ることなら付き合いたいなぁ……


 太陽に背中をジリジリ照らされながら、地面に浮かぶ1人の影を見つめた。




**===========**


 楽しい楽しい週末。

 私はネーネの姿に変身して、恋占いの店で働いていた。


「ありがとうございました」

 さっきまで元気が無かったお客様が、私の恋占いが済むと、笑顔を浮かべて帰っていった。

 私も自然と目尻が下がってニコニコしてしまう。


 今日のお客様は、だいぶ年上の男性に恋をしている引っ込み思案な女性だった。


 どうかお客様の恋がいい方向に進みますように。

 

 私はお客様を優しい眼差しで見送りながら、遠ざかっていく彼女に向けてエールを飛ばした。




 そうしてまたお店のソファに座り、いつものように次のお客様を待った。


 リオさんは前の週に来てくれたから、流石にこの週末は来ないだろうなぁ……


 なんてことを思いながら、窓から見える通りを眺める。

 大勢の人が、慌ただしく何かを準備している様子が見えた。


 実は来週に、シャロフィの街の3大祭りである〝花火祭り〟が開催される。

 そのための準備で、街はどことなく浮き足だっていた。




 花火とは、昔むかしにシャロフィの街に住んでいた人が、古代の文献を元に編み出した魔法で、夜空に火の花を咲かせることだ。

 花火専用の魔法の杖の先から火の玉が打ち上げられ、何故か爆音と共に夜空で火花が飛び散って様々な模様を描きだす。


 この街には代々続く花火師がいて、脈々と受け継がれる伝統行事になっていた。


 そういえば、前にうちのお店に来たお客様が、若い花火師に恋をしていたなぁ。

 実ったのかな?

 押しの強そうな女性だったから、上手くいってそうだけど。




 そんなことをぼんやり考えていると、お店の扉が開いた。


 反射的に声をかけながら扉の方に向く。

「いらっしゃいませぇえ??」

 驚きすぎて声が裏返ってしまった。

 

 そこには会いたかったリオさんが立っていた。

「ネーネちゃん、こんにちは」

 リオさんは眉を下げて困り笑いを浮かべていた。

 その申し訳なさそうにしている様子に、慌てて声をかける。


「すみません。こんなに早く会えると思ってなかったので……」

 口元に手を当てて驚きながら喋る。

 けれど素直すぎる気持ちが口をついたから、勝手に照れて下を向いた。


「ごめんね。どうしてもネーネちゃんに聞いて欲しくなって……」

 リオさんの元気が無いから、おそらく彼にとって悪いことだ。

 私にとっては良い知らせかもしれないけれど、リオさんが悲しむと私も悲しい。


「どうぞ」

 私はいつものようにニコッと笑いながら、向かいのソファをリオさんに勧めた。

  



 ソファに深く座ってため息をついてから、リオさんが重い口を開いた。

「実は、好きな女性が彼女の恋人と、仲良くしている様子を近くで見てしまって……」

 その時のことを思い出したのか、言葉に詰まりながらもリオさんは続けた。

「これだけ彼女に対する想いが募っているのに、このまま報われない気持ちを抱いているのがすごく辛くなってしまって。まぁ、僕なんか相手にされないのは最初から分かっていたし、そろそろ潮時かな」

「…………」

 リオさんの泣き出しそうな切なげな表情を見て、私まで泣きそうになってしまった。


 違うでしょ。

 私の胸の痛みなんてどうでもいいから、リオさんを助けてあげなきゃ。


 私は自身の膝の上に乗せている手を、ギュッと握りしめた。


「……リオさん。想いを向けているのに、受け取ってもらえないってとっても辛いですよね。けれど自分まで否定しないで下さい。リオさんは素敵な方です。リオさんの笑顔で幸せになっている人は、必ずいますよ」

 

 私はありったけの想いを込めて伝え続けた。


「リオさんは優しいです。一緒にいるとすごく穏やかな気持ちになれます。私はリオさんとお喋り出来るのをいつも楽しみにしているんです」

 私は目を閉じるように、フニャリと柔らかく笑いかけた。


 私の励ましなんて取るに足りないものだろうけど、どうかリオさんが元気になってくれますように。


 私の必死の思いが通じたのか、リオさんが少しだけ笑ってくれた。

 フッと息を吐くような、優しい、泣きそうな、儚い笑顔。


「ありがとうネーネちゃん。僕の方こそネーネちゃんと喋れるのを、いつも楽しみにしているんだよ」

 リオさんが首を傾げて笑った。

 サラサラの髪が流れて、リオさんの穏やかな目をちょっぴり隠す。


 ……リオさん。

 私がリオさんの心の隙間を埋められたらいいのに。


 私はほほ笑みを浮かべたまま、少しだけ俯いた。

 それから気持ちを切り替えてリオさんを真っ直ぐ見つめる。


「リオさん。誰かを思う気持ちはとても尊いものです。けれど、その尊い気持ちを抱き続けることは大変なことでもあると思います。リオさんが言うように、時には休憩してみてもいいと思いますよ」

 私はニコッと笑ってから続けた。

「すっぱりやめるのではなく、あくまで休憩です。大きくなったその思いをいったん手放して床に置きましょう。休憩が終わったら、また抱えてもいいですし、置いたままでも……リオさんの自由です。ただその時に、後悔しない選択が出来ますように……」

 私はそこでいったん切って、ゆっくりと息を吸った。


 そしてとびきりの笑顔をリオさんに向ける。

「リオさんの未来をカードで占いますね。私の力が少しでも、リオさんのより良い未来に繋がりますように」

 

 私は祈りを込めるようにカードをきった。





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