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3:片思い


 ネーネの姿をした私は、恋占いの店内にいた。

 1人がけのソファに座り、本を片手にお客様が訪ねてくるのを待っている。


 しばらくすると扉が開いて、男性のお客様が入ってきた。

 私は読んでいた本をパタンと閉じると、ソファ横の棚に片付ける。


 常連さんの1人、リオさんだ。

 彼は3週間に1度ぐらいのペースで来てくれている。


 そのリオさんが来たと分かると、私の胸が高鳴った。

「いらっしゃい……ませ」

 緊張で思わず身構えてしまい、言葉が詰まる。

 

 そんな私と目があったリオさんが、その穏やかな優しい瞳を細めて笑いかけてくれた。

 もうそれだけでキュンとしてしまう。


 彼は…………

 私が好きになってしまったお客様だ。


 久しぶりに会えた嬉しさで、ポーッと見惚れてしまう。


 いけない。

 仕事中なんだから、しっかりしなきゃ。


 私はリオさんから目を逸らして、雑念を振り払うように顔を小さく横に振った。

 そして気を取り直してニッコリとほほ笑む。

「お久しぶりです、リオさん。何かいいことがありましたか?」

 私は手のひらで向かいのソファを指し示し、座ってもらうように促した。

 

 リオさんがそこに座ると、お礼かのようにまた優しい笑顔を向けてくれた。

「ネーネちゃんはすごいね。そんなことまで分かるんだ」

 首をすこし傾げながらリオさんが笑う。

 サラサラの前髪が少しだけ流れる。


 リオさんは私より年上の、落ち着いた素敵な男性だ。

 いつも朗らかで優しい彼は、話していて楽しかったし気持ちが安らいだ。

 

 私は頬を少しだけ赤くしながら、目を細めて笑い返す。

「フフッ。リオさん嬉しそうですから。好きな女性と何か進展があったんですか?」


 自分で聞いていながら心がチクリと痛んだ。

 

 私の店に来るということは、リオさんも恋の悩みを抱えるお客様だった。

 随分長い間、ある女性を一途に思い続けている。

 でもその女性は知り合いの恋人らしく、自分に振り向いてくれるのは望みが薄いそうだ。

 そんな恋に身を焦しているリオさんは、店に来た当初はとても辛そうだった。


 なんとなくこの店を訪れたそうだけど、私と話すことで随分気が楽になったらしい。

 リオさんは私のお店を気に入ってくれて、定期的に通ってくれるまでになった。


 リオさんが嬉しそうにニコニコ笑って返事をする。

「そうなんだよ。その女性とこの前たくさん喋る機会があって」

 

 私も釣られて笑いながらも、心の中は嫌な考えが渦巻いていた。


 ……もし、リオさんが思いを寄せる女性が、リオさんに振り向いてしまったら……

 嫌だなぁ……


 私はリオさんの話に相槌を打ちながら、モヤモヤする気持ちが表情に出ないように必死に隠していた。




 リオさんはとても優しくて良い人だ。

 好きな女性と付き合っているその知り合いのことを、1度も悪く言ったことは無い。


 大抵のお客様は多少悪口をこぼしてしまう。  

 私が全くの第三者だから、尚更言いやすくなる。

 人として誰もが持っている気持ちだから、悪口をこぼすお客様に対して特段気にしたことはないのだけれど……


 でもリオさんは違った。

 いつも辛い恋をしているのに、誰も何も悪く言わない。

 そんな彼のことが気になり始めたのが、私の恋の入り口だった。


「良かったですねリオさん」

 私はニコニコ笑いながら祝福した。

「ネーネちゃんの〝おまじない〟のおかげだね。けれど1番はネーネちゃんに話を聞いてもらっているからだよ。そのお陰でいつも前向きでいられる。ありがとう」

 リオさんが本当に本当に嬉しそうにニッコリ笑った。


 またキュンとしてしまう。

 

 いいなぁ。

 リオさんの好きな女性は、いつもこの笑顔を向けられているんだろうなぁ……

 きっと、私が見たことのない笑顔も……


 私はちょっとだけシュンとしながら、いつものようにカードで占いを始めた。

 

 結果から読み取れることと、リオさんのこれまでの恋愛事情を考慮して、アドバイスを告げる。




 そしていつものように〝おまじない〟の時間になった。


「……手を握らせて貰いますね」

「うん。今日もよろしくね」

 リオさんがそのスラリとした長い指を揃えて、いつものように右手を差し出してきた。


 私は好きな人の大きな手を、ドキドキしながら両手で包み込んだ。


 


 ーーいつからこんな切ない気持ちを、抱くようになったんだろう。


 私は瞳がうるみそうになるのを我慢して、呪文を唱えるために口を開いた。




 私が、他の人を好きなリオさんに片想いして辛いように、彼も同じように辛い思いをしているはず。


 リオさんが幸せになりますように。

 リオさんが毎日笑顔で過ごせますように。


 私はそんな気持ちを込めながら、呪文を丁寧に紡いだ。


 そこにはほんの少しだけ、私の淡い気持ちが混ざってしまう。




 リオさん、リオさん。


 ーー大好きです。




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