2:本当の私
シャロフィの街は、偉大な魔法使い『シャロフィ様』が住んでいたと言われる街だった。
シャロフィ様はイタズラ好きでも有名で、それにあやかって、この街には昔から不思議な噂話があった。
複雑に入り組むその道のどこかに、その人が望む姿に変身出来る魔法の『ゲート』があるという、にわかには信じられない話が。
シャロフィの街の道は、下手すると大人でも迷子になってしまうほどややこしくて無数にあった。
人によって『ゲート』の場所は違うので、どこかにある『ゲート』を見つけるのはすごく幸運なことだと言われているほどに。
この噂話を聞いた時、私は全く信じてなかった。
御伽話のような噂を〝シャロフィの街らしいな〟と思うぐらいで、気にも留めていなかった。
でもある日、大好きなシャロフィの街を1人で練り歩いていた私は、たまたま私専用の『ゲート』を見つけた。
ーー本当にこの街には『ゲート』が存在したのだ。
それが先程走り抜けた細い路地だった。
ネーネの正体である私はティアラ。
真面目で静かなタイプなので、冷たい印象の顔立ちと相まって、周囲からはとっつきにくい人だと思われていた。
恋バナが大好きなのに、そんな性格ではないと勝手に思われているから、ごく少数の友人としか出来ない。
だから初めて『ゲート』をくぐってネーネに変身した時は、とても喜んだ。
だって、柔和で少女のような女性になっていたから。
とっても喋りかけやすそうな、何もしなくても優しい印象を受けるネーネ。
声も高くて可愛らしいものに変わる。
それで週末だけシャロフィの街に来て、恋占いの店を始めたのだ。
けれど本業は学生。
私は学園都市にあるヨリスモア学校に通っていた。
そのため、学校が明日にひかえる夕方には、こうして乗り合い馬車で帰らなくてはいけない。
必死に走ると、何とかいつもの時間ぐらいに馬車乗り場についた。
そして学園都市行きの馬車に、料金を支払って乗り込む。
適当な席に腰を掛け、斜めがけバッグを邪魔にならないように自分の膝の上に抱きかかえた。
そしてゆっくり呼吸をして、荒い息を落ち着かせる。
良かったぁ、間に合った。
寮の門限までに帰れそう……
私はバッグからハンカチを取り出して、額にじんわりとかいた汗を拭いた。
それが終わりハンカチをしまいこんだ時に、見知った顔が馬車に乗り込んでくるのが見えた。
クラスメイトのセシル君だった。
「…………」
目が合ってしまったので、軽く会釈をする。
セシル君は一瞬目を見張って驚くと、次の瞬間には学校で見るいつもの笑顔を浮かべていた。
表情豊かだなぁ……
そんなことを考えているうちに、セシル君が私の隣に座った。
「こんばんは。こんな所で会うなんて、すごい偶然だな」
セシル君が爽やかに笑う。
彼はカッコ良くって明るくって、誰にでも優しくてよくモテている。
だからか、とっつきにくい私にも話しかけてくれる珍しい人だった。
「そうだね。セシル君はシャロフィの街に遊びに行ってたの?」
「うん。まぁそんな所」
セシル君の返事は、じゃっかん濁しているように感じた。
……これは……
デートだったのかもしれない。
シャロフィの街にはさまざまな店があり、人気のデートスポットの1つだった。
彼女さんの姿が見えないから、学園都市の人じゃないってこと?
遠距離??
私は目だけ動かして辺りを探る。
するとそんな私に向かって、セシル君が少しおどけて聞いて来た。
「ティアラは? 遊びに? デート??」
「!? そんな、セシル君じゃないから違うよ……ちょっと用事があったんだよ」
私は思わず照れて赤くなった。
ちょうどその時、馬車が学園都市に向かって動き始めた。
なんとなく窓の外に目を向けて、夕陽がシャロフィの街に沈んでいくのを見つめていた。
馬車は心地よい揺れを伝えながら、学園都市へと続く道を進んでいく。
しばらくすると、セシル君が私に喋りかけてきた。
「俺もデートじゃないよ」
「え? そうなんだ……セシル君、すごくモテてるからついデートかと思って。ごめんね」
「別に怒ってないよ。前から思ってたけど、ティアラは何か勘違いしてるよね? 別に俺、すごくモテる訳じゃないけど……」
セシル君が眉を下げて困った表情をしながらも、アハハと笑った。
「えぇ? ……でも時々モテすぎて困るから、私の隣に座りに避難してくるよね?」
私は思わず首をかしげて聞いた。
学校の授業は、個人である程度授業が組める選択制だった。
そのため授業ごとに部屋を移動し、席は自由に座れる仕組みだ。
モテるセシル君の隣は、たまに女子の取り合いがおこるほどだった。
そして隣に座った女子に、授業中にも関わらず熱心に話しかけられていた。
授業を受けたいセシル君は、ちょっと迷惑そうな顔をすることもしばしば。
だからか、好意を向けていない安全な私の隣にたまに座りに来る。
「……分かっているのに、わざと席を変わってたんだ……前が見えにくいとか言って」
セシル君が不貞腐れた表情で私を見た。
以前、セシル君を好きなアイリスさんが教室に入ってきた時に「今日は何だか見えにくいから、前に行くね」と言って、私が席を替わった話を持ち出されていた。
アイリスさんは無事にセシル君の隣に座れて、ニコニコしていたのを覚えている。
…………
だって、アイリスさんはネーネの時のお客様だったんだもの……
私は心の中で言い訳をした。
アイリスさんは明るくてハキハキした可愛い女の子。
よくセシル君たち男子と一緒にいる女子グループの中の1人だった。
そんな彼女が恋占いの店に来て、意中の人であるセシル君に相手にされないって嘆くものだから、応援したくなるじゃない!
…………
でもあの後、アイリスさんは違う男性を好きになって、うまく行ったんだよね。
良かったぁ。
そんな事情を思い出しながらも、セシル君に謝っておいた。
「ごめんね」
そしてこの際だからと正直に告げる。
「でも、モテモテのセシル君が隣に座ると、女子のやっかみを受けるから……」
最後の方はモゴモゴ言うと、セシル君がニッコリ笑って言った。
「それが嫌だからって〝優等生のティアラのノート目当てで俺が隣に座る〟って必死にアピールする姿が……面白いからいいじゃん」
「…………」
私は真っ赤になってセシル君をジッと見た。
おそらく何も表情を浮かべていないから、怒っているように見えると思う。
セシル君が隣に座ると、少し大きな声で「あー、ノート見に来たんだよねっ」と周りにアピールするのが常だった。
だってただでさえ友達少ないのに、これ以上少なくなったら嫌だもん。
私は真っ赤な顔を見せるのが恥ずかしくて、そっぽを向いた。
「あれ? 怒った? ごめんごめん」
隣から全く悪く思ってなさそうな、楽しそうな声が聞こえた。
…………
さすがモテる人はなんだか余裕があるなぁ。
けど明るくって活発な人って、眩しすぎて苦手なんだよね。
やっぱり、あの人みたいな穏やかで落ち着いてる人が、私には心地いい……
私はずっと前から好きになっている、あの人のことを思い浮かべていた。