1:ネーネちゃんの恋占い
シャロフィという不思議な街があった。
その街は細い道が入り組んでて、昔ながらの石造りの街並みだったり、素朴な木のお家が建ち並んでいたり……
とにかく、いろんなものがごちゃ混ぜの街。
それでいて調和が取れている変な街。
とってもとっても広くって、1日では到底回り切れない、それがシャロフィの街だった。
沢山のヘンテコリンな店があって、みんな好きなことをして自由気ままに過ごしている。
けれどそんな空気が肌に合う人には、すごく魅力的で自分らしくいられる街だった。
街の外からも、いろいろな人が遊びに来るから、常に楽しい雰囲気のシャロフィの街。
私は、そんなシャロフィの街が大好きになってしまった人の1人だった。
この街ではネーネと名乗って過ごしている。
そして半分趣味で始めた恋占いの店を、週末の2日だけ開いていた。
店の2階は居住スペースになっており、ここで寝泊まりすることも出来る。
素敵な素敵な……私の夢が詰まったお店だった。
ーーーーーー
今日も誰かが私の店に訪れた。
店内のソファで座って待っている私は、ゆっくり開いていく扉を見つめた。
扉の奥に、緊張気味の女性の姿が現れる。
「いらっしゃいませ」
私はトロンとした目を細めてニッコリ笑った。
眉も下がり気味だし、顔も丸みを帯びている。
年より幼く見える人の良さそうな顔つきの私。
新規のお客様は私を見ると、どこか安心した表情で中に足を踏み入れた。
店の中央には焦茶色の古めかしい木の丸い机があり、それを取り囲むように同じく古めかしいソファが置かれていた。
白地に薄い水色といった優しい色合いの植物模様のファブリックに、机と揃いの焦茶色の木のフレームのソファ。
私が1人がけ用を使い、お客様側には3人は座れるロングソファが置かれていた。
「おかけ下さいね」
私が促すと、女性のお客様がおずおずとソファに座った。
それを穏やかな笑みを浮かべて待つ。
頃合いを見計らい、私はゆっくりと優しく喋り始めた。
「お客様は、どんな恋をされてますか?」
「私はーー」
お客様が勇気を出して喋り始めた。
彼女がお店に来た目的は〝恋占い〟をするためだから。
ーー私は恋バナが大好きだった。
恋をして頑張る人たちも大好きだった。
彼ら、彼女らを少しでも応援したい。
そんな自己満足のために始めた恋占い屋さん。
けれど少しずつ口コミが広がっていき、今ではちょっと繁盛しているお店だった。
初めは女性客ばかりだったけど、今では評判を耳にした男性客も、切実な想いを抱えて訪れる。
占い自体は専用のカードを用いて行う。
そしておそらく人気の理由の1つが、最後にかける恋愛運を上げる魔法。
ちょっとした好奇心で、個人的に編み出したものだった。
この世界では、子供の頃に通う学校で魔法を習う。
体育みたいな位置付けで、基本を教えてくれるけど、苦手な人もいれば得意な人もいる感じ。
だから魔法が身近にはあるけれど、使いようは人それぞれだった。
私はカードをテーブルに並べて、お客様の未来を読み解く。
少し打ち解けたお客様も、ワクワクして表情を綻ばしている。
「そうですね。カードが指し示す未来では、お客様には幸運が舞い込むそうですよ」
私はニッコリ笑って続けた。
「お客様のその素敵な笑顔を絶やさずに、相手の方に話しかけて下さい。すると、どんなお菓子が好きか分かってくると思いますから、作ってプレゼントしてはどうでしょうか?」
私はカードの結果と、さっき聞いたお客様の恋愛事情を上手く混ぜ合わせてアドバイスした。
「良かったわ! ネーネちゃんが言うようにしてみるわね。何だか勇気が出てきたみたい!」
マーサと名乗ってくれたお客様が、お店に来た時とは打って変わって朗らかに笑った。
私はいつの間にかお客様から〝ネーネちゃん〟と呼ばれるようになっていた。
とっつきやすそうな柔らかい雰囲気からか、口コミで〝ネーネちゃんの恋占い〟として有名になったせいもあると思う。
私は気さくに〝ネーネちゃん〟と呼ばれて嬉しかった。
それでやっぱりニコニコしながら続けた。
「そう言ってもらえて嬉しいです。では〝おまじない〟をかけますね。右手を出して貰えますか?」
「こうかしら?」
「ありがとうございます。じゃあ、両手で握ってもいいですか?」
「ええ。構わないわ」
私はお客様のマーサさんが差し出してくれた右手を、自身の両手で包むように握った。
そして優しい気持ちで呪文を唱える。
どうか、お菓子作りが大好きなマーサさんが、幸せになりますように。
というか、お相手の方もお菓子が好きなんでしょ?
それを友達経由でアピールして来たんでしょ?
もうそれって両思いなのでは??
私は心の中でクスッとほほ笑んだ。
そして今日も無事に、恋愛運を上げる魔法をかけ終わった。
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週末の恋占いの店での仕事を終えた私は、シャロフィの街のある細い路地を走っていた。
もう夕日が沈みかけており、オレンジに色付く街並みを慌ただしく駆け抜ける。
「あー遅くなっちゃった!! 馬車に間に合うかな??」
ブツブツ独り言をこぼすと、路地の奥に『ゲート』が薄っすら見えて来た。
シャボン玉のような虹色の膜を張った、四角い透明な空間が立ちはだかる。
その膜がまとわりつきそうに感じる私は、くぐるタイミングだけ目をつぶって走り抜けた。
すると体が一瞬輝き、フワリと風が巻き起こる。
本当に些細な出来事で、遠くにいる人には何事も無かったように見えた。
けれど『ゲート』をくぐった私は、姿が変わっていた。
正確には、顔立ちが変わっていた。
ネーネとは正反対の気の強そうな釣り目に、眉尻が斜め上へとアーチを描く眉毛。
何もしていなければ、ツンと澄ましたように見える表情。
よく言えば凛々しい顔立ちで、悪く言えば冷たい印象を与えてしまう、これが本当の私の顔だった。