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「豪邸⋯⋯」
遥香が驚くようにぽつりと言った。
豪邸、そうこれはばあちゃんの家のことだ。文化遺産にでも登録されていそうな日本家屋であり初めて見た時は俺も心底驚いた。なんたって広さが尋常じゃない。敷地を囲っている塀はパッと見ただけでは端がどこまでか分からない。そして、俺たちの目の前には大きな門が存在している。その門をくぐると目の前にはこれまた大きな平屋。端には池や離れが見える。そして、確か奥には蔵があったはずだ。
「真空、那瑠さんいつもこんなとこで暮らしてるの⋯⋯?」
「??⋯⋯あぁ、そうか。お前ここに来たことなかったか。スゲェ広くて驚いただろ。ばぁちゃんはこの島の管理人みたいなことしてたからな」
「うん、なんだっけ⋯⋯マミコ様の守人だっけ」
「そうだけど、なんか恥ずかしいからあんま外で言うなよ」
「何が恥ずかしいんじゃ、真空」
隣で俺たちの会話が聞こえていたらしいばあちゃんが怒るように口を出した。
「この島の伝統的な言い伝えであり、こんなに名誉なことをアンタは会うたんびに昔の風習で古臭くて、中二臭いといやいや言いおって!真空がこんなちっちゃかった時はばぁばもっと話聞く〜って可愛かったんになぁ」
「はぁ?!んなちっせぇときの話なんか持ってくんなよ」
「なんじゃなんじゃ、いつからそんな生意気な口聞くようになっての〜。そうじゃ、遥香ちゃんも真琴の小さい時の可愛い子えぴそーどを聞きたいじゃろ」
そう言いながら、遥香へと視線を向ける。輝いた目で勢いよく頷く遥香に満足そうな笑顔を浮かべ、手招きをした。
そして、遥香が近づくと遥香の耳に口を近づけて何かを話し始めた。いや、何かって言うかこれで話されることなんか百パーセント決まっている。「へぇ〜真琴って小さい時そんな可愛いことが」とか何とかにやにやしながらこっちを見だした。
「だァーーーーー!!!俺の小さい時の話なんか話すな!んで聞くな!!あーーもぉー!!!」
いまだににやにやとこっちを見ている遥香をばあちゃんから引き剥がし俺は遥香を家へと連れていく。
「ほら、ばあちゃんも早く来ねぇと鍵閉めるぞ」
「おやおや、この家はわしの家なんじゃが、本当に親不孝に⋯⋯いや祖母不幸者になりおって」
ばあちゃんは泣くふりをしながら俺の後に続いて家の中へと入っていった。
和室の一室に荷物を置くとすぐ、俺と遥香はばあちゃんの手伝いに借り出された。なんでも、庭の一角で育てている野菜を収穫して欲しいとのことだ。
家庭菜園は胡瓜、なす、トマト、とうもろこしなどの夏野菜が主だが、スイカ畑もある。それを聞いた瞬間、遥香は俺の手を引っ張って炎天下の中、軽快に進んで行った。
「暑っつ⋯⋯」
「真空。そんなゆっくり取ってたら夕食に間に合わないよ。スイカだよ、スイカ!しかも、こんなに大っきいのが沢山!スイカは私が厳選に厳選を重ねて選んでおくから真空はほかの夏野菜を取ってねー。あっ、オクラは取らなくていいからね」
畑に着いたら一目散にスイカ畑に行った遥香はほかの野菜には目もくれず、かれこれ一時間程スイカだけを選んでいる。結局、ほかの収穫物を取っているのは俺だけだ。
そう思うとなんだかイラッとしたため、オクラを多めに収穫してやることにした。
はっ、せいぜい夕食に大量のオクラがでて騒ぐがいい。
オクラの実と茎の間に刃先を合わせる。
「真空!見て見てこのスイカ!黒の縞々が大っきくて端まではっきり入ってる。このスイカは極甘とみた。これにしよう!真空甘いもの好きだったでしょう?これがとびきり美味しいはずだよ!」
すると遥香は俺の方を満面の笑みで見てきた。見つけたのがよっぽど嬉しかったのかスイカを持ち上げてくるくると回り出す。俺は転ばないように遥香を注意しながら切る寸前だった実りのいいオクラから手を離す。
よく見たらまだ小さい気がするし、これはまた今度だな。
そのまま、収穫された夏野菜で重くなった籠を背負い、ステップを踏み始め今にもスイカと踊り出しそうな遥香を止めるためスイカ畑へ向かっていった。
「那瑠さん。このスイカは水で冷やしておきますね!切り分けた後は冷蔵庫でいいですか?」
「あぁ、ありがとう遥香ちゃん」
結局俺たちはスイカ三玉と大量の夏野菜を収穫して帰った。背負籠いっぱいに入った夏野菜はばあちゃんの手に渡るとすぐ調理され冷蔵庫へと入れられる。そして、スイカを両手で抱えていた遥香はそのままばあちゃんの手伝いに行った。
今日の夕食は素麺だ。俺らが収穫した夏野菜は添え物になるらしい。大量に取ってきたため、残りは明日以降に食卓に並べられるだろう。
俺は台所に立っている二人を横目で見ながら一人テレビを見る。ちゃぶ台に片肘をつき、顎に手を置く。もう片方の手でチャンネルを持ち番組を替えていった。今週の天気予報や近々開催する夏祭りの意気込みなど次から次へと番組を替えていく。お笑いなんかもやっていたけど知らない芸人だったため止まることなくチャンネルは替わる。見たいと思うものはなく、結局テレビを消し、肘をついたまま横を見た。すると台所でばあちゃんが遥香に料理を教えていた。遥香が台所に立って料理をしている光景なんて珍しく、いや、はじめて見るんじゃないだろうか。
以前料理をするのかと聞いたことがあった。その時、私は作るより食べる派だと言ってなかったか。
あの時は誤魔化してたけれど、俺は知っている。あいつは壊滅的に料理が下手なのだ。
調理実習でメインを丸焦げにし、デザートのフルーツポンチの白玉は原型をとどめていなかった。そして、班のみんなに慰められていた。あいつはたしか、それほど料理が出来なかったのだ。そして、あれから調理実習以外では料理をしようとしなかった。だからか、今ばあちゃんと作ってるのが少し以外で何となくそのまま見続けてしまう。
あいつなりに誘われたことに恩を感じていたのだろうか。
危うい手つきのままスイカを切ろうとした遥香を見かねて、ばあちゃんが助言に入っていた。包丁の持ち方や切り方をばあちゃんが丁寧に教えている。その話を遥香は真剣な眼差しで聞いていた。
俺の視線に気づいたばあちゃんは遥香の方をちらりと見た後、生暖かい目でこちらを見てくる。そんなばあちゃんの視線に耐えられなくなり、俺は二人から目を逸らし反対の方向へと歩き出した。
居間を挟み台所の反対側は縁側だ。その外へと続く窓は毎年扉を全開にしており、庭へとすぐ出れるようにスリッパも完備されている。さっきまであんなに暑かった太陽は今はもう山際で優しく空を照らしていた。
俺は縁側に移動し、そのまま寝転がった。黄昏時の空にはすでに一番星が輝いていた。
この島は星が綺麗だ。さすが自然の中だな。
俺は目を閉じ自然の声を感じた。蝉の声、風鈴の音、遠くでは鳥の鳴き声。そして、台所から聞こえる二人の笑い声。もう盛り付けに入ったのか食器の音とともに二人の楽しそうな声がしている。時間の流れがゆっくりになっていく。今まで感じていなかっただけで移動してきた疲れが溜まっていたのだろう。いつの間にか俺はそのまま眠ってしまっていた。
「まーそーらー。素麺できたよ!おーきーてー!おーきーてー!」
耳元で爆音を聞かされて一瞬で夢から目が覚める。
「っるさ」
まだ聞こえる起きて起きて連呼に耐えられず遥香の口を手で防いだ。
「はほら、そふへんへきた!たへほうよ!」
口を防いでも未だ話し続ける遥香にちょっと引いた。俺は眠ってしまうほど疲れてたのに遥香は元気があり余りすぎる。そんな遥香は塞いでいる俺の手を掴んで離し、引っ張り上げた。そのまま俺を起き上がらせようとする。
腕を引っ張られて寝転がることを諦めた俺はその力のまま起き上がった。そして二人で部屋へと入っていった。
机の上には中央に素麺、各自の前に副菜がいくつか小皿に盛られている。俺は遥香の隣に座った。机を挟んで向かい側にいるばあちゃんは二人が座ったのを確認すると手を合わせた。俺たちも手を合わせて食べ始め、俺はまず中心に置かれている素麺に手を伸ばす。
「素麺って白だけじゃなくてピンクとか緑もあるよねー。なんで?」
隣で遥香も素麺に手を伸ばしながら不思議そうに尋ねた。
「知らないよ。白だけだと味気なかったんじゃないか?彩りの問題で入れたんだろ」
「ふーん、彩りかぁ」
たんだか不服そうな声色だ。
「そうだ!!じゃあ、色つき素麺を食べたら何かいいことが起こるってことにしようよ!」
「いいことって⋯⋯アバウトだな」
「アバウトでいいんだよ。そう考えた方がこれから楽しいじゃない?いいことが何か起こるかな。四葉のクローバーを見つけられるとか、宝くじに当たるとか?あっ、ピンクの素麺は私が食べるから真空は緑ね。いい?ピンクは私のだからね。緑だけだからね!絶対食べるんだよ?」
「ハイハイ⋯⋯」
早次に話す遥香に適当に相槌を打ちながら、遥香の言うとおり緑の素麺を口に入れた。
夕食を食べ終わり手を合わすと、隣で遥香が赤子のように手に箸を持ったまま舟を漕いでいた。俺は「スイカ⋯⋯スイカ食べる⋯⋯」と言いながら今にも眠りそうな遥香を寝室まで運んでいった。
結局俺たちはその日、スイカを食べず就寝した。スイカは明日以降のお楽しみとなるだろう。