ブルーシーツ。
「まだ、逝かないのか?」
「違う。まだ、逝けないだよ……」
アイツが死んでから四十九日が経つ。
けれども、アイツは毎晩のように俺のベッドに佇み、濡れたような黒い前髪を垂らして俯く。
死因は、窒息死。自殺だ。
「なんで、死んだ?」
「アンタが相手してくれないから」
暗闇にボンヤリと小窓から射し込む月明かりに、ベッドのシーツが青黒い波のようなシワの跡を残している。
さっきまで俺は、逝ったはずのアイツの身体を何度も抱いていて──。
──それから、カートンから一本。俺はタバコを咥えて。
生前と同じ姿のアイツが長く黒い髪を掻き上げ、タバコの炎が、裸のアイツの肌の色を灯している。
「死んだんじゃないのか?」
「まだ、ここにいるわ……」
ヒトミが、まるで生きていた頃と同じように俺の肩に頭を乗せた。
嘘みたいに体温すら感じる。
青く光るデジタル時計の文字盤が『AM02:00』を表示して灯っている。
「ずっと、俺に憑いてんのか?」
「ユイトが、死ぬまでは?」
「随分と長いこと居るんだな」
「分かんないじゃない」
お互いに顔を見合わす。
死んだはずのヒトミの目が淋しそうだ。
なら、いっそのこと──。
「──俺が他の女つくったら?」
「ユイトって、そんな冷たかったっけ?」
後ろ髪を引かれる想いとは、まさにこの事だ。
ヒトミの薄い唇が僅かに赤く動いて、生きてる時みたいに俺に微笑みかけた。
デジタル時計の青い光に照らされているヒトミの素肌。
大きくも小さくもないヒトミの谷間の影が、ライターの炎で揺れている。
俺は二本目のタバコの先端に、火を灯そうとした。
「分かったよ。なら、毎晩、俺を癒してくれよ?」
「分かった。なら、毎晩、ユイトを守って温めてあげる」
裸のまま部屋に置いてあるピアノの前に座る。
ヒトミも俺と同じようにして、隣に座る。
「連弾……」
「いいよ?」
指先に灯る小窓からの月明かりが青く、ゆっくりと奏でられる白と黒のピアノの鍵盤。
何故か、目の前の月は半分だけ光っていて、残りは暗闇に姿を見せずにいる。
「幸せ?」
「ヒトミが、そう言うのなら」
笑いかけるヒトミの表情が部屋の隅の暗闇に消える。
「また、明日な」
少しだけヒトミの弾いていたピアノの音が幽かに耳に残った。
俺はそれから、波打つような皺の青黒いブルーシーツのベッドに潜り込み──、
──深く深く眠ることになった。
目を閉じたアイツの顔を想い出す──。