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俺達は魔王再討伐をやる気はない。  作者: 紅梅 鮭卓郎
8/11

紳士だけどショッキングピンクは忘れねえぞ

 あれから数週間が経ち、リゲールタウンに引っ越しする日が来た。

 居候生活の中で私はマリンさんの家事を手伝ったりしてまだマシなヒモというポジションに座りながら過ごしていた。

 あと最初に着ていた全身スウェットだけじゃ流石に回らないし寒いだろうからとマリンさんの服を現在進行形で貸してもらっている。そういった衣服の他に必要な生活必需品はリゲールタウンで買ってくれるらしい。所持金ゼロのヒモで本当に申し訳ない。

 そして私の荷物はほぼゼロで何もすることがないからとマリンさんの引っ越しに持って行く物の仕分けの手伝いをさせてもらっていた。それがようやく終わり、ボストンバッグのチャックを閉めるとグイッと背を伸ばす。


「ありがとね。カナメ」

「いえ、これぐらいやらせて下さい。そうじゃないと私はただのヒモですから」

「ヒモて……じゃあこれ運んでくれると助かる。もうタクトは山の麓の馬車乗り場で待ってるらしいからそろそろ出ようか」

「はい」


 山か……そういえば最近は外に出てないから忘れてたけど、ここ雪山なんだったっけ。

 マリンさんに寒いからとモコモコの上着を着せられ、マフラーをぐるぐる巻きにされ、耳当てと手袋、ニット帽を装着させられた。あの日のこと根に持ってるなこれは……。


「靴のサイズ合わないと思うからこのバンドを付けてね、マシにはなる筈」

「わかりました」


 渡された靴のバンドをブーツにつけると、ブカブカさと締め付けられてる感じが同時に来て違和感を感じた。

 靴のバンドってこんな感じなのか……ジェットコースター乗るときに付けさせられている人を見るぐらいだったが、自分がこうしてつけるのは初めてだ。

 リュックを背負い、ボストンバッグを持って外を出ると、一面雪景色の絶景が広がっていて思わず間の抜けた声が漏れた。

 あのときは真夜中で暗かったし薄着のせいで寒いとしか感想が出なかったが、こうして防寒して落ち着いて見るとここはとても綺麗で静かなところだ。


「夜明けの雪景色、凄い綺麗ですね」

「でしょ? これが好きだからここを離れるのは少し寂しいかな」

「……本当に、離れても大丈夫なんですか?」

「うん。寂しいぐらいだし、いつでもここに帰って来れるしね。僕はこれでも元勇者で色んな国を転々として来たから別れには慣れてるし、心配しなくて大丈夫だよ」

「そう、でしたね」

「そうそう」


 恐らく本心なのだろう。名残惜しそうにはしているが、これ以上居座るつもりもなくあっさりとここを離れるつもりでいるのが伝わった。だって、もう家から背を向けていつものペースで歩き進んでいる。

 慣れてるのか……魔王討伐だけで命懸けの大仕事だろうに色んな国を転々としていたなんて、勇者って本当に大変な役割だったんだろうな。

 そう考えると”報酬をやるだけやるから勇者は魔王をもう一度倒してこい”なんていうのは無責任な発言なのかもしれないし、マリンさんが断ったり、隠居したりするのもわからなくは無い気がしてくる。

 

「……僕の故郷は雪が降らなかったから初めてここに来たとき雪の上を歩くのが新鮮で楽しかったんだよね。カナメはどう?」

「私も雪が降らないところに住んでたのでこう防寒して雪を歩くのは楽しいです」

「良かった。あれがトラウマで雪が怖くなってないか心配だったから」


 マリンさんは優しく微笑んできた。美少女顔スマイル凄い……心打たれた。

 そこまで心配かけてしまってたとは……確かにあれはトラウマ級の恐ろしさだから忘れられないだろうけれど、こうして防寒して近くにセウスさんがいるとなれば怖くは無い。寧ろサクサクと雪を踏む音と感触が楽しくて長い距離を歩いていても、精神的にも体力的にも苦にはならない。

 そんな中、突然美しい声が頭の中で響いてきた。


「マリン」


 誰だ……? 「こいつ直接脳内に」状況をリアルで実感して思わず立ち止まる。

 この世界こんなのまであるんだ……脳に直接語りかけてくるなんてエスパータイプじゃないか。

 私の前を歩いていたマリンさんにも聞こえたのだろう、立ち止まって後ろを振り返ってきた。

 

「あ、ミツオオカミか。どうしたの」

「ミ、ミツオオカミってあの……?」

「そうだ。奇声を発する小娘」


 私もマリンさんと同じく振り返ると、あのときの二メートルぐらいの狼がいた。

 あのときの殺意剥き出しな雰囲気とは違って温厚なオーラを放っている。若干トラウマになっていたこともあって恐怖心を抱いていたが、そのお陰で少し和らいだ。

 しかしあの「ハピュッポロボロッバアボロアゴロキトシンダザマスワーッン‼︎」は忘れて欲しい……思わず出てしまったものだが恥ずかし過ぎる。


「改めて、長い間お世話になったよ。ありがとう」

「いいさ、汝が平和に暮らせんならそれで。それに離れていても汝と我等は家族も同然さ」

「うん。ありがとう……」

「……あの、ミツオオカミさん」

「なんだい?」


 ミツオオカミさんは優しげな表情でこちらを見てきた。

 よ、良かった……温厚モードはマリンさんだけじゃなく私にも機能してくれるらしい。

 家族同士水入らずの会話に水を差すようで申し訳なかったが、この方には言わなきゃならない事があった。

 

「あの日、夜遅くにお騒がせしてしまいごめんなさい」

「あぁ、そのことかい、全然構わないさ、寧ろあんなに凍えていたのに驚かしてすまなかったよ……それに、マリンは長らくタクト以外に人間を懐に入れてなかったからね。あんたが来て珍しいもんが見れたものさ」

「珍しいもんって……」


 くつくつと器用に笑うミツオオカミさんをマリンさんはジト目で見た。オオカミなのにどこで笑ってるんだろう……。

 ミツオオカミさんはああ言って許してくれたけどそれでも謝れて良かった。何も言わないまま出ていくのは後味悪いなと思ってたから本当に今日会えて幸運だ。

 私がホッと息をついた途端、ミツオオカミさんはマリンさんからこちらに目線を移し、話しかけて来た。

 

「奇声を発する小娘、汝の名は何という」

「し……カナメ・シンバシです」


 カナメ・シンバシ。マリンさんに他人に自己紹介をするときはこう言えと言われた。日本の言い方じゃ伝わらないからだろう。でもめちゃくちゃ日本の名前をしてるせいで違和感を感じざるを得ない。特にシンバシ。


「覚えておこう。カナメ、これから汝にとって数多なる摩訶不思議な出来事に巻き込まれていくことだろう……出会い方はあんな形となってしまったがこれも何かの縁だ。何かあれば頼って来い……」

「へっ? は、はい!」


 ミツオオカミさんはそう言うと音も立てず消えてしまい、一瞬にしてここは雪がキラキラと舞っているだけの空間に変わった。

 数多の摩訶不思議な出来事に巻き込まれる……なんて不穏なんだ。もう既に異世界転移だとかいう信じられない出来事に巻き込まれてるってのに更にとんでもないことに巻き込まれていくというのか……確かにこれから一緒に住むメンツと一緒にいたら退屈なんて言葉は無さそうだけど、これから隠居しに行く筈なんだよな? 摩訶不思議な出来事に巻き込まれてるんじゃ隠れきれてないのでは?

 この現状でさえ先が見えないこれからの未来に不安が押し寄って来たものの何もする事も出来ず、ただ美しく舞っている雪を眺めていると後ろから肩を叩かれて現実に引き戻された。


「凄いねカナメ、あのミツオオカミに気に入られたんだ」

「えっそうなんですか?」

「基本的に人間嫌いのミツオオカミが人間に対してあんな穏やかに話しかけてくるなんて珍しいんだよ。その上名前も覚えてもらって、何かあれば頼って来いーだなんてさ」

「何か気に入られるような事しましたかね……」

「さあね」


 だから初対面あんなに殺気マシマシで威嚇されたんだ。

 気に入った……私のどこを気に入ったんだろうか、家族であるマリンさんと多少親しくなったから? それとも異世界から来たミステリアスな魔性の女だから? もしかしてモテ期……? 

 まあ後者の二択はあり得ないからマリンさん関係だろう。人に心を閉ざしてるらしいマリンさんが懐に入れた人間だから認めてやった的な感じだきっと。

 

「気に入られる事は悪い事じゃないし良いんじゃない? それよりも急ぐよ、馬車の時間まであと十分しかない」

「もうそんな時間⁉︎ あとどれぐらいで麓ですか?」

「早歩きで五分くらいかな」

「五分、あと少し……」

「ん、頑張ろう」


 あと一息という気持ちの意気込みとしてボストンバッグを背負い直す。

 かなり着込まされたが、正直ボストンバッグとリュックを背負って歩いていくとかなり暑くなってきたので早く降りて脱ぎたい。

 雪がかなり積もっていて足が持ってかれるから余計に労力が普通に歩いてるのと比にならないが、何とか耐えて早歩きで下山した。

 その途中にもマリンさんの見送りに来ていた様々な動物達を見かけ、その度にマリンさんも彼等に手を振って一言一言挨拶していくと、一匹一匹と山の奥へと立ち去っていった。

 この山の生き物はマリンさんのことが大好きなんだろうな。そしてマリンさんも彼等のことが大好きなのだろう。とっても綺麗な笑顔を彼等に向けていた。

 最後の一匹を見送り麓まで来ると、人がまばらにいる馬車乗り場の付近にショッキングピンクのリュックサックを背負い、ショッキングピンクのキャリーケースとショッキングピンクのボストンバッグを手にしたタクトさんがいるのを見つけて、そちらへ向かった。

 ……すっごいピンク好きなのかな。ボケなのかと思ったけどマリンさんの表情が変わらないのであれが通常運転なのだろうか。こちらに気付くと手を振って来た。


「二週間ぶりだな、二人とも」

「ん、二週間ぶり」

「タクトさんこんにちは……」


 ショッキングピンクが五月蝿え……そっちに目がいっちまう。触れないでおいてやるけども。

 馬車のチケットをタクトさんから貰うと、私はボストンバッグを地面に下ろし、マフラーと手袋、ニット帽をリュックの中に仕舞った。

 家があった山頂付近はクソ寒かったけれどやっぱり麓まで来ると温度が変わる。その上重いものを運んで歩いて来たのもあるし、この厳重装備も合わせるとさらに暑い。マリンさんが本当に着なくていいのかと心配してきたが丁重に断った。これぐらいの寒さならこのコートで大丈夫だ。

 馬車乗り場は夜明けだからか人が少ない。話を聞くと私達が乗る馬車の客は私とマリンさんとタクトさんだけらしい。マリンさんはその事にホッとしたらしく自分のキャリーケースに座った。チョコンと可愛らしく座るんじゃなくて堂々とガニ股で座ってるところギャップを感じる。

  

「……思ったんですけど、二人とも凝った変装とかしないんですね」


 暇つぶしに二人の容姿を眺めるとそう疑問に思ってしまった。

 有名な元勇者と賢者だっていうのにマリンさんはニット帽と眼鏡を掛けてるだけ、タクトさんはキャスケットを深く被ってモノクルから眼鏡に変えているだけなのだ。

 有名人なのにそんな下手したらバレそうな変装でいいのだろうか?

 

「まあね、現役のときより髪伸びてるし、この伊達眼鏡とマフラーで口元隠しておくぐらいで大丈夫」

「逆にやり過ぎると職質に会うかもしれんからな」

「なんですかその経験談みたいな言い方」

「実は探偵業のときにやりすぎてなぁ、何回か受けたものだよ」

「な、何回かって……」


 あっさりと軽快に笑い飛ばしてますけど職質ってそう受けるもんじゃないと思うんだよなぁ……本当この人は色々とツッコミどころの多い人だ。


「タクトの奇行にいちいち突っ込んでたらやってられないよ。スルーが一番」

「おい奇行ってどういうことかね」

「そのまんま。ほら、馬車来たから乗るよ」

 

 マリンさんはタクトさんを適当にあしらうと荷物を荷台に乗せ始めた。流石元仲間、扱いに慣れてる。

 馬車を引くピンクの馬と水色の馬に羽が生えていた。これは、本物のペガサスだ……これで飛ぶのかな、異世界って凄え……あと可愛い。

 暫くペガサスを見つめてしまったが、荷物があるのを思い出して、慌ててマリンさん達を手伝おうと思いボストンバッグを持とうとすると、先にタクトさんに取られてしまった。


「あっ」

「レディは先にキャビンで待っていておくれ」

「れ、れでぃー……」


 私に向けて下手くそなウインクをしたタクトさんは軽々とボストンバッグを持って行ってしまった。やることが無くなった私はお言葉に甘えてキャビンに乗ることにした。

 レディ……レディなんて初めて言われたぞ。タクトさんって何処かズレてる人だけど紳士なんだな。ウインク下手くそだけど。

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