あざとくするな可愛いだろ
「……えっ、しないんですか? 魔王討伐」
そう言った私の顔と声はあまりにもアホっぽいことこの上なかっただろう。けれど聞き間違いではなければ私の耳にはハッキリこう聞こえたのだ。”嫌だけど?”と!
マリンさんは当然というような顔をして驚いている私の方を見る。
「しないよ。なんで僕がわざわざ出しゃばっていかなきゃなんないんだよ。勇者は引退したんだ」
「でも手紙にはマリンさんしかいないって書いてたじゃないですか……」
「前回の魔王倒したからっていうだけじゃん。他の奴にも倒せるやつぐらいいるよ。何事もやってみないとわかんないって」
「それは、そうかもしれないですけど……」
なんて事を言うんだこの人は⁉︎
マリンさんと会話する度に私の声はメンタルと共に薄切れそうな紐のようにか細くなっていく。
そ、そんなあっさりと世界を見捨てるなんて本当に皆から頼りにされる勇者だったのか……? いや、確かに今まで散々親切にはしてもらって恩はあるから偉そうに言える立場じゃないんだが。
「……クッ」
ほら一印象とんでもない人だったタクトさんまで俯きがちに呆れて苦笑してるぞ。
「クッハハハッ! やはり俺の推理通りだ! これでこそ我が友だな、よく言った!」
「なんでぇえ⁉︎」
タクトさんまさかのそちら側⁉︎ 嘘だろ⁉︎ 先程の真剣シリアスムードのタクトさんは何処へ⁉︎
マリンさんの発言に呆れてると思っていたタクトさんは高らかに笑い、マリンさんの肩を組んだのだ。マリンさんはそんなタクトさんの様子を見ても動じず腕を組んでいる。その反応は想定内だったらしい。
「推理通り……まさか断られるの前提でこの手紙を見せたんですか?」
「そりゃあこれでも元勇者だからな。五分五分の確率だが承諾するかもしれないだろう?」
「五分五分って……そこまで高くないだろ」
「いや君は自分が思う以上にお人好しがすぎるからありえんことはない」
「えぇ……」
さっきまで言い合いをしていた二人とは思えないほど仲良さげにほのぼのと会話をしているところを見て絶句してしまう。さっきの時間は一体なんだったんだ。
でもここで押し黙ってしまったら良くない気がする。その一心で何か言わなければ、と頭を素早く回転させた。
「い、いやでも世界が災いに飲まれるってことはマリンさん達も消えていなくなってしまうってことですよ! まずいのでは?」
「そうなる前に誰かが立ち上がるよ。勇気のある行動をするバカは過去の僕以外にもいっぱいいるはずさ」
「ええ、そういうもんなんですか?」
「そういうもんだよ。あ、そうだ。カナメがやってみる? 調べたときに魔力値も見たけど低いわけじゃなかったし案外いけるかもよ」
「……」
「ふふ、冗談」
んな可愛い顔で微笑んでコンビニ行ってきてみたいなノリで言われても相手魔王なんですが……。
マリンさんは言葉を発さなくなった私を一瞥するとマグカップを両手で包んで可愛くフーフーし始めた。あざとい。
この落ち着いた様子からして本当に魔王討伐はしないつもりらだな……。
「まあでもそっか、魔王……カナメの住居探しは取り止めにした方が良いかも。魔王の幹部も以前より増えてるらしいし、厄災振り落とす前にも何かしでかしそうだ」
「一理あるな。身寄りのない異世界転移者なんて奴等にとって都合がいい。魔力値次第では幹部行きか実験物かのどちらかにはなるだろうな」
「なっ……!」
怖っ! 魔王怖い!
いや勿論厄災を振り落とそうとするような連中が怖くないわけが無いのだが特定で狙われるのは恐怖心が湧き立ってしまう。
そもそも実験物ってなんだ。人体解剖とかモルモットにでもされるのだろうか、考えるだけで恐ろしい。
「そういうわけだからカナメさえ良ければ暫くは僕と共に行動してほしいかな。これでも元勇者だから力はあるし、一応何かトラブルとかがあってもある程度の身の安全は保証できるよ。魔王の件が一悶着あってからでも転移魔法をかけた奴を探すのは遅くない筈」
「わ、わかりました……」
まあ確かに今すぐ元の世界に帰りたいっていうわけでも無いしそこは大丈夫なのだが、魔王は誰かがやってくれる筈っていう楽観的思考なのは大丈夫なのだろうか。
マリンさんの言う通り、このまま誰も動かずジッと自分達の終わりを待つなんて事はないと思うけれど一番の頼みはきっとマリンさんの筈なのだ。皆彼を信じて助けを待っている。
「あ、それで思い出した。タクトはなんで僕の転居を引き止めようとしたの?」
「言っただろう? こんな状況になっているんだ。勿論魔王の件は誰もが知っている。入国審査が厳しくなってる上、君の捜索も力が入ってきているから転居は場所次第では厳しいものとなる事を伝えたくてな」
「へぇ、僕はそんな状況になってるの初耳だったんだけど」
「雪山の最奥に住んで新聞も取らないようじゃあ初耳でもおかしくないさ。それと、俺が君とこうして人目を盗んで会っていることも近いうちにバレるはずだから俺もついていくぞ」
「アンタも?」
「俺は君とは違って居場所が割れている。そろそろ君の元に逃げ込もうかと思っていた頃だ」
「へぇ……そういう事なら別に良いけど、事務所兼家はどうすんの」
「暫く閉店だな。幸いローンを組まず一括払いで購入した家だからあのままにしても大丈夫だろう。何かあっても金には困ってない」
家を一括……金持ちだ……。
話についていけず、思わず無言で彼等の会話を見守っていたがセレブの会話にしか聞こえなかった。
つまり彼等と生きていくからには金銭面では補えなくても何か彼等の為に何か出来ることを探さねば私は本当にただのヒモになってしまう……それだけはなんとしてでも阻止せねばならない事態だ。
勇者であるマリンさんは金がたんまりあるのはわかるが、タクトさんまで家を一括で払える上それでも有り余ってるだなんて、名探偵も伊達じゃないということなのか……資格持ちだし。
「そんな金がある程の探偵なのに閉店って、大丈夫なんですか?」
「タクトは探偵業ではたいして稼いでないよ。めったに依頼来ないから、来ても猫探しとかだし」
「失敬な。最近はよく来るぞ」
「全部僕宛の手紙の件でしょ?」
「……」
タクトさんが黙り込んでしまった。図星なんだろうな。
探偵って猫探しで依頼を受けたりするんだね。
いや、猫ちゃんがいないのは緊急事態だし軽く見ているわけではないが某アニメの影響のせいで探偵ってのは事件を捜査して解決に導くっていう職業だと思い込んでしまうせいで唖然としてしまう。
「じゃあなんでそんなにお金に困ってないんですか?」
「マリン君と同じさ」
「マリンさんと同じ…………ヘッ? ユウシャさん、デスカ?」
勇者二号⁉︎ 異世界転移数日目、この空間に勇者が二人……怖くね? そりゃあ魔王よりはマシだろうけども……。
そんな二人に世話を焼いてもらってるって思うと、申し訳なさの重みがズシッとのしかかって来た。
私……この二人と暮らすのか、大丈夫かな。精神的に。
「そう。正確には魔王を倒した勇者……即ち僕の仲間だよ」
「より正確に言えば賢者という職についている……不本意だが現在進行形だ」
「ケンジャッ……」
衝撃発言の連続でキャパオーバーして固まってしまった私を見てタクトさんは口元に手を当てて笑い声を漏らした。
「くくっ、カナメ君の反応は面白いな。新鮮だ」
「僕達を知らない人なんてあんまり居ないからね」
賢者……私のゲームの知識が間違っていなければ、最強の魔術師といっても過言ではない奴じゃなかったか?
何てこった……私こんな凄い人達の前で堂々と寝起きを曝け出して、マリンさんのブカブカの服を着ながら美味しいビーフシチューを啜ってるというみっともない姿を見せていたというのか。今更ながら恐縮してしまう。
思えば何故タクトさんは賢者だというのに探偵をやっているのだろう? 話を聞くに成功しているわけでもないし……趣味?
「あぁそれで思い出した。次の移住先は僕達勇者が一度も足を踏み入れてないリゲールタウンにしよう。言い方が悪く聞こえるかもしれないけどあそこの住民は勇者の伝説や世間に疎いから僕達にとって好都合な街だ」
「リゲールタウンか。あそこは警備が緩いわりに比較的治安の良い小さな街だから移住にも生活にも困らなさそうだ」
警備が緩いくせして治安が良いってなんて優良物件だよ聞いたことがねえ。
そうか、この人達の立場上身バレはしない方向で住居を探さないとならないと考えると警備が緩い方が良いのか。なんだかスパイみたいに侵入するみたいで変に悪い事してる気分になってソワソワしてしまう。
こうして話は完全にリゲールタウンへの移住の事に傾き、魔王がどうとかマリンさんは勇者しないとかそういった話はなあなあになってしまったのであった。