要素詰め込み系男子
食卓に着き、めちゃくちゃクリーミーにしたカレーを食べ進めていたのだが、斜め前から羨ましそうな視線を感じて少し食いづらくなってきた。
この人はアポ無しでタダ飯食えると本当に思っていたのだろうか。
この空気を察したのだろう。マリンさんは料理が乗ったお皿をタクトさんの前に置いた。
「……カナメが居心地悪そうにしてるから仕方なく、だからね」
「やはり君は相変わらずのお人好しだな。あと飯が美味い」
「そりゃどうも」
「…………よし、それじゃあ俺が来た理由諸々をカナメ君に話すとしよう」
腹が減っていたのか、暫くの間無言でまろやかカレーを大きな口で食べ進んでいたタクトさんが話し始めた。
この様子からして、タダ飯を食いにきただけではないんだな。カナメ君に……って私に関係することなのだろうか?
「マリン君に頼まれたのだよ。カナメ君の移住先や今後について何かいい案はないか、とな」
「今後……」
確かに私はこの世界に来て何も知らないしどうすればいいのか全くわからない状況にいる。
だからといってこのままずっと隠居の身であるマリンさんの家に居候させて頂くわけにもいかないし、手助けしてくれるのであれば大変助かる。
「そう。勝手に魔法でカナメのこと調べさせてもらったけど、アンタは転移魔法を使った側ではなく使われた側だ。もし元の世界に帰るのなら転移魔法を使ったそいつに会わなければならない、その為には大きな町に移住した方がやり易い。けど僕は立場上の関係で町に気軽に行けないからそこらへんは手伝えなくってこいつに頼んだんだ……にしても! うちに来るときぐらいアポイント取れ、って話なんだけどね」
「そ、うだったんですか」
私が寝込んでいる間にそんなに考えてくれていたなんて……彼の優しさに思わず目尻が熱くなってしまい、言葉に詰まる。
ただの初対面の人間にここまで親切にしてくれるだなんて凄くいい人だ。多くの人がこの人を頼りにしているのも頷ける。
……元の世界に戻る、か。異世界転移の儀式(といっても小麦粉を飲んだだけなのだが)をしたのは元の魔法の無い世界にいた私だから転移魔法をかけた他の人物がいるという考えは容易に思い付く。けれどそいつに会う方法が思いつかないし、見つけられない気がする。「あの、私に異世界転移する魔法掛けましたか?」っていちいち聞いてられないだろう。詳しくは知らないが何かの凄い人であるマリンさんは異世界転移魔法なんて知らないって言ってたし、そもそもその魔法の存在自体を知らない人が多そうで望みは薄そうだ。
なんならもういっそこの世界に移住した方がいい気もしてくる。どうせ元の世界に帰っても受験勉強が待っているだけなのだから。
そりゃあ未練が無いわけじゃないが、一生かかっても見つからないような物を探して朽ちるのなら異世界生活を楽しんだ方がこれからの人生にとって良いのかもしれないとなる。
取り敢えず移住先や就職先のフォローだけしてもらったらここから発とう。マリンさんには大変お世話になった上、これ以上迷惑を掛けてられない。
「まあ、もし帰らないにしても此処に居ても何も良いことはないし、前にも言った通り、僕もそろそろここから離れようとしてたからすぐボロ屋になってまた危ない目に合うかもしれないからね。どっちみち移住先は決めておいた方がいいと思って」
「そうですね……」
雪山で死にかけ、高熱出した人間がマリンさんが立ち退いた後もここに滞在し続けるのは難しいだろう。元の世界に戻るにせよ戻らないにせよ、新しい住処を探すのは妥当な判断といえる。
けれど一人暮らしなんて考えた事も無かったぞ……出来るのか? 全く知らない日本じゃ無いところで。
家賃とかもちろん払わないとなんないし職とかもタクトさん達に頼めば良いところ紹介してくれそうだけど、家事やらなんやらをその後一人でやっていける自信がない。しかしやるしかないのが現状。
私がうんうんと唸っていると、タクトさんが鋭い声を上げた。
「待てマリン君、まだ逃亡を続ける気か?」
「そうだけど何? まさか、今更止めようとなんてしてないよね」
「今までなら止めなかったが、状況が状況なのだよ。取り敢えずこの手紙を一通でも良いから読んでくれたまえ。話はそれからだ」
「もう誰の頼みも受けないって言わなかったっけ」
マリンさんの棘のある声とタクトさんの芯のある声が混じり合い、一瞬にしてピリついた空気が漂い始める。
さっきマリンさんが適当にあしらってたけどその手紙ってそんなにも重要なものなのか。
「違う、そんな些細な事じゃないんだ。取り敢えず読め。一通だけでいい、どうせどの手紙も同じ案件だからな」
「どの手紙も同じ案件だって……?」
その言葉を聞いたマリンさんは顔を顰めると近くにあった手紙を適当に取り、読み始めた。
その手紙はところどころ滲んでいる部分があり、書いている最中に涙を流したのだろうか。他の手紙は見るからにどれも違う人からの物だ。それが沢山あるというのに全部が同じ案件だなんて……タクトさんの様子から見てもかなりの大事のようだし、一体何があったというんだ。
全ては内容に書かれているだろうと思い、静かにマリンさんが読み上げるのを聞くことにした。
「……親愛なるマリン様へ。お願いです。どうか我々をお助け下さい。緊急時の為、前書きは略称致します。単刀直入に言わせて頂きますと、魔王が復活しました……⁉︎ …………噂によるとマリン様御一行様方が倒された先代の魔王は隠し持っていた力を奴の息子に託した後、消えたそうです。息子が新たなる魔王として降臨し、悪名高い凶悪犯共を幹部として仕えさせ、今度こそ世界中に災いを降りかかせようとしております。奴等は下準備に掛かっておりいつ厄災が来てもおかしくない状況です。勇者様であるマリン様御一行様方しか魔王を倒せる人は居ません。再び立ち上がり、我々を救っては頂きたいと思い、手紙に書かせて頂きました。この手紙が早く貴方様の元へ届きますよう願っております。…………御一行様方、ねぇ」
マリンさんは読み終えると何処か冷めた表情でペッと手紙を机の上に適当に投げ捨てた。
そんな様子も気にせずタクトさんは拳を握り締めてマリンさんを真っ直ぐ見つめた。
「依頼として渡された手紙は君に通す前に必ず内容確認はするようにしている。それで全部がこれについて書かれていた。別の案件だったら君には渡してないが、これに関しては君の意見が聞きたくてな」
「だから渡す度に念入りに読めよって言ってきたのか……でも、あのときの予言は虚言じゃ無かったんだね」
「そうらしい。俺も、見抜けなかった……」
「…………」
魔王、予言、そんなファンタジーワードに加え、シリアスムードに入っているところ申し訳ないが全く追いつけない。それよりも凄いことをポロッと口にしたのを私は聞き逃さなかった。
「マリンさんが……勇者様?」
「……そうだが? あれ、言ってなかったのかね?」
「言う必要ないかと思ってて……」
「ひえ、そんなやべえ人、だったんですか……」
まじか……男の娘で先代の魔王を倒した勇者って要素詰め込みすぎじゃないか⁉︎ ここはもしかして萌えアニメの世界線⁉︎ って違う! それもそれだが違う!
五年間王族が捜索しても見つかってない雪山で隠居している勇者様。そんな人の元に住まわせてもらっていたプラス魔王再復活とかいう急展開。
なんてところに、なんてところに飛ばしてくれたんだ転移させてきた奴め……!
「マリン君の言葉足らずなせいでカナメ君が情報量の多さに圧倒して百面相をし始めたではないか」
「ご、ごめんカナメ……」
「い、いえ大丈夫です……いや大丈夫ではないんですけど。というよりも私の住居探してる暇あったらそっち優先した方がいいんじゃないですか?」
そうだ。異世界転移者も確かに異端だし放ってはおけないだろうが、世界が滅ぶかと天秤に並べたらどっちが傾くかなんて一目瞭然と言っても過言では無い。私に構ってなどいられない状況の筈だ。
私は私なりに何とか頑張って住まいと就職先を探そう。この人に頼ってられない。
「まあそれはそうなんだが、カナメ君は異世界転移という興味深い…………コホン! この世界の戸籍を持たない人間だ。そんな人間を野原に放るなんて非道なことはしないさ。住居やその後については任せたまえ。それに、こいつが早く判断をするとは思わないからな」
今は彼の優しさにジーンとくるべきなんだろうけどよ……興味深いって言わなかった?
「今、興味深いって言ったよね」
「……」
おい目を逸らすな名探偵。
でもそう言ってくれるのならお言葉に甘える他ない。ここで無駄に遠慮しても結局途方に暮れて衣食住の保証がされない気がするし。
マリンさんはタクトさんが返事をしないということは気にせず、先程の発言に対して心外だという風に呆れたような声を出した。
「あと何言ってんの、答えは決まってる」
「ほう? 珍しく熟考はしないんだな」
「アンタの言う通り、内容が内容だからね」
マリンさんはサラリとなんでも無いような顔をしてそう告げた。
流石は元勇者なだけあるというのだろう。過去に触れられなくないような何かがあって五年間もひっそりと隠居しているにも関わらず、世界の為になら立ち上がってくれるというのか。彼の過去の活躍は知らないけれどきっと昔の彼もそうやって世界を救ってくれたのだろう……。
私のことじゃないのに勝手に胸が熱くなる。タクトさんもフッと笑って深く頷いた。
「そうか」
「マリンさん……世界を救うんですね。私、何も出来ないけど応援してます」
「世界を救う……? 嫌だけど?」
おい今なんて言った?