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俺達は魔王再討伐をやる気はない。  作者: 紅梅 鮭卓郎
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アポしろ迷探偵

 あのまま意識が失ってどれだけ経ったのだろう。

 寝過ぎで頭がボーッとして腰が痛いが、熱のしんどさは驚く程に全く無い。治ったのか?

 暫くベッドに寝転び天井を見上げてぼけーっとしていると部屋のドアが開き、マリンさんが入ってきた。


「あ、起きたんだ。おはよう、体調はどう?」

「マリンさん、おはようございます。信じられないぐらい元気になりました。あんなに高熱出てたのに……」

「ご飯のときのハーブティーに薬草を入れておいたんだよ。絶対熱出してるだろうなって思って」

「なるほど……ありがとうございました」


 な、なんて気の利いた人なのだろう。

 自分では体調悪いの気付かなかったのに、それに気付いて薬草入りハーブティーを淹れてくれたなんて……本当にこの人には頭が上がらない。

 にしても状態異常をハーブで治せるとは流石魔法の世界……。


「どう致しまして。起きたならご飯用意するよ。三日も食べ物口にしてないから胃がびっくりしないようにまたスープものになるけどね」

「み、三日も寝てたんですね……」

「度々様子見してたけど熟睡だったよ。せめて水分補給させたかったけどどうやっても起きなくってね……熱もそうだけど疲れも溜まってたんじゃないかな」

「う、すいません……恐らくそうです」


 恐らくじゃなくて絶対だろうな。最近の平均睡眠時間三時間だったし、体調を崩しやすかったのだろう。

 部屋を出たマリンさんを目線だけで見送り、私も顔を洗おうと洗面所に向かった。

 ……やっぱり読める。ハンドソープの容器などに書かれているアラビア語と英語の間の様な文字を読めていることに対して改めて変な気持ちになってくる。

 先日私は転移した際に魔力を授かったのでは、とセウスさんに言われたけど文字を読める力まで貰ったのか。小麦粉って本当に万能だよな。

 バシャバシャと顔を洗って鏡を見るとふと自分の顔に違和感を感じた。


「あれ、目、赤くない……?」


 目が赤いといっても充血してるとか泣き腫らした後とかそういうのではない。瞳の色素が赤い、つまり大方の日本人だと茶色の部分が赤色をしている。もっと具体的に言えば紅色だ。

 瞬きしても、目を擦っても、目は赤いままだが髪の色には変化がなく、いつもの黒髪だ。まるでカラコンを入れたみたいだが、入れた覚えもそんな感覚もしない。

 風呂に入ったときは気付かなかった……これも異世界補正なのか? それでも瞳の色が変わるだなんて変だな。

 特に目が痛いわけでも何でもないので今のところはそこまでこだわらないことにした。いちいち気にしていたら埒が開かない。

 洗面所から出て台所に向かおうとしたその時、コンコンコンと丁寧に三回ノックの音が聞こえた。


「たのもう! たのもう! もう起きているかね? 返事をしてくれたまえ!」

「でっ……! かい声……」

 

 バカでかい声が玄関のドア奥から聞こえ、思わず立ち止まりそちらを向いたまま固まった。

 びっくりした……心臓バクバクしてるんだけど寿命縮んだなこれ。

 その声を聞いたのだろう、台所からマリンさんが大きな溜息を吐き、頭をガシガシと掻きながら出てきてそのまま玄関のドアを大きな音を立てて乱暴に開けた。


「うっさいなあ、大声やめろ! 獣達がアンタが来る度に迷惑がってんの!」

「これはこれはすまない。でもそれは君がいつまで経ってもドアベルを付けないのが悪いんだろう? ノックをしても気付いてもらえない事が何度もあったではないか」

「ドアベルを買う暇があったら食料を買うよ。ここまで大きな声を出さなくても良いだろって話なんだけど」

「金なら腐るほどあるというのに相変わらずケチな男だ」

「悪かったね」


 マリンさんがここまで大声を出して、悪態を吐くとは思わなかった。いや、確かに聖人のような性格をしてる人だとも思わないけれど。

 この対応を見るに客人はマリンさんの知り合いらしい。ポカーンと突っ立ったままの私の存在に気付いたのか、客人は微笑んで手を振りこちらに近づいてきた。


「君がカナメ君でよかったかな? 俺はタクト・ザック・ナイライト。名探偵をやっている」

「ど、どうも……」


 サラッと私の名前を呼ばれてビビったがマリンさん経由だろう。

 にしても名探偵って、自分で言うものじゃないだろ……探偵みたいな格好はしてらっしゃるけども。なんて失礼な事を思いながら簡単な愛想笑いで名刺を受け取る。

 タクト・ザック・ナイライト、ナイライト探偵事務所、電話番号に住所……あ、探偵業務管理者、探偵調査士って書いてある。国家資格だよなこれ……本物だった。さっきのは本当に失礼発言でした前言撤回します。

 国家資格持ちの凄い人だとしても口調や言動からして変人オーラが漂っている右目にモノクルを付けた背の高い男は、濃い茶髪に青い瞳というやはり現実離れした異世界らしい見た目をしていた。

 マリンさんのところに遊びに来たのかな。何が何だか分かってない私の様子を見たタクトさんはキョトンとした。


「マリン君。カナメ君に話を通してなかったのかね? 彼女、全く何もわからないって顔をしてるが……」

「やっと起きたばかりなんだよ」

「なるほど……あ、そうだまた君宛に何通か来ていたぞ」

「またか、もう捨てておいていいんだけどそういうの。今までのやつも未読のまま全部暖炉行きになってるし」

「おい捨てるなよ……そういうわけにもいかないんだ。なんたって相手は俺という探偵に依頼としてこの手紙を寄越してくるのだからな、報酬だって渡されてる」


 マリンさんはタクトさんの言葉に不機嫌になったのが伝わった。私にはよくわからないが、本当に嫌なのだろう。

 以前から手紙を何通も貰ってるなんて、いなくなって五年も経ってるらしいのに王国からだけではなく一般の人達からもそこまで慕われている人なのか、この人は。

 先日の様子からしてあまり触れたくなさそうだったから私は聞かないようにはするけれど、このタクトさんはやはり知り合いなだけあって事情を知ってそうな口ぶりだ。

 

「……本当にあんたが僕の居場所知ってるっていうのバレてないんだろうな」

「それはバレてないから安心したまえ。手紙は君が見つかるまではうちの事務所で保管されてるという事になってるからな」

「それじゃあ一生保管していてよ」

「内容が内容だ。お前だけが頼りなんだと皆口揃えて言う」

「内容ってなん……」

「あっ…………」


 再び言い合いが始まった二人の間で私の腹から遠慮ないキュルルルという音が鳴り響く。

 それに気付いた二人は口論を止めて無言でこちらを見た。いや気付くんじゃねえ、自分達の世界にもっとのめり込んでて下さいよ。


「す、すいません……」


 先程まで険悪ムードだった二人が今までの出来事を全て忘れたかのようにポカンと目を丸くして私を見つめてくるので居心地が悪くなる。目が煩いとはこのことだ。

 し、仕方ないだろ……食欲は三大欲求だぞ……。

 視線に耐えきれず腹を手に当ててそっぽを向いた。

 

「……いいよ、三日も食べてなかったらそうなるしね。ご飯は出来てるからそっちで話そう」

「いただきます……」

「俺の分もあるか?」

「アポ無しで来るやつに飯があると思うなよ」

「依頼してきたのは君だろうに」

「それでも来るなら連絡ぐらいよこせバカ」


 タクトさんはそう言われると無言で目を逸らし、キャスケットを深く被り直した。

 ……アポ無しなんだ。名探偵。

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