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俺達は魔王再討伐をやる気はない。  作者: 紅梅 鮭卓郎
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早速異世界バレした

 重い沈黙の中、彼は気を取り直したのか目を逸らしながら話しかけて来た。


「……そういやアンタが結っていた髪ゴム机に置いてあるから。ついでにご飯も食べて」

「あ、ありがとうございます……あとすいません。一印象で人を決めつけるのは良くないのに」

「いいって、よく言われるし慣れてるから」


 私も彼の言葉でようやく現実に戻って来て返事をしながら席に着き、髪ゴムで下ろしていた髪をおさげに戻す。おさげといっても三つ編みは面倒なのでしないいつものスタイルだ。

 ご飯はシチューらしい。いや、ここは異世界というわけなのだからシチューの見た目をした何かの方が正しいのかもしれない。まあどっちにしろ良い香りが漂って美味しそうなのは変わりない。

 常識的に考えて知らない人から飯をもらうのは良くない気がするのだが、腹減りすぎてそこまで頭が回らなかったので手を合わせて小声でいただきますと言って一口食べた。


「美味い……!」


 美味い……美味すぎる! 下手するとそこら辺の飯屋より美味い!

 味はシチューというよりクラムチャウダーにお肉がゴロゴロと入ってる感じで凄く美味しい。このハーブティーにも合う。

 私の言葉に微笑んだ彼は私の向かい側に座ってマグカップを手に取った。その姿も絵になるものだ。


「お口にあったようで何よりだよ……それよりも落ち着いた頃合いだし色々聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「い、いいですよ」


 特に断るつもりもなかったがニッコリという圧には逆らえない何かを感じた。恐ろしい……。


「初めに自己紹介でもするか。僕はマリン・アフリカーナ、といっても聞いたことぐらいはあるよね。()()マリンで間違いないよ。あと獣使いじゃない。今はここで身を隠している」

()()マリン……って?」

「えっ? し……知らない……?」


 頷くとマリンさんは途端に顔を耳まで赤らめて口元を腕で隠して目を逸らしてしまった。その仕草を見て申し訳ない気持ちになる反面、めちゃくちゃ可愛いと思った。

 でも本当にごめんなさい。全く検討つきません。

 多分この世界では有名人なのかもしれないけれどさっきここに来たばっかりなせいで全然知らないんですよね……。


「そっか、知らないのか……なんか、すごく恥ずかしい……か、勘違いして欲しくないんだけど、別に自分のこと有名人だって自慢したいわけじゃないからね。何というか……知らないうちに有名になってったっていうか……」

「知らないうちに有名……って凄いことじゃないですか」


 身振り手振りでアワアワして言い訳する様子は大変可愛くてついついそっちに目が行って話を少し聞き落としてしまったがまあ良いだろう。

 しかし自慢げにとかじゃなくしれっと、というか嫌そうに自称するぐらいだし本当に有名な人なんだろうな。芸能人だって最初は無名から始まって何かでブレイクして人気が急上昇する、とかだったりするし、有名になりたいから有名になった人が大半の筈なのに知らないうちに有名になるって成功者のカッコいい例だと思うのだが……悪い意味で有名になってしまったタイプなのだろうか。そんな人に見えないけど……。

 私の褒め言葉に反してマリンさんは苦虫を噛み締めたような顔をして溜息を吐いた。


「まあ最初は、調子に乗ってた時期もあったけど……エスカレートしていくと酷かったよ。多くの人の期待がのっかかってくるのに耐え切れなくって……ここで身を隠すことにしたんだ。ダサいだろ?」

「あ、えっと……」


 自傷気味に話すマリンさんになんて言うべきかわからなくて言葉に詰まる。

 周りの期待が負担になるという話はよく聞くし耐えられなかったのも仕方ないものだと思うけど、こんな重苦しい表情をする彼に「そんなことない」なんて無責任な言葉を言えるわけでもなかった。

 今度は私がアワアワとしてしまって、その様子を見た彼は苦笑した。


「ごめん。知らない子にそんなこと聞いても……って話だよね。王国の方ではまだ僕を捜索しているらしいし、五年もここに居るからそろそろ移住先を変えようかと悩んでるところかな」

「ごっ…………五年も王国から捜索されてるって、王子とか何かのお偉いさんなのでしょうか……」


 そんな事をサラッと言ってハーブティーを飲んでるけども……もしかして私とんでもない人に助けて貰ったのではないだろうかと冷や汗が出てくる。

 そういや聞き流してしまったがさっきも私を使節の人間じゃなかったらどうたらこうたらと言ってたっけか。

 王国から五年も探されてて未だに見つかって無いのも凄いが、そんなに探されてるってことは国にとって居なくなったらまずい人なんじゃないか……?


「自分で言うのもなんだけどそんなところかな……ごめん、あまり触れたくないから話を変えてもいい?」

「は、はい」

「じゃあ、アンタの名前は?」


 あぁそういや名前言ってなかった。こんなに親切にしてくれたんだしもっと早く言うべきだったな……申し訳ない。

 

「名前は新橋要です」

「シンバシカナメ?」

「あっ……えっとぉ、新橋が苗字で、要が名前です」

「そんな言い方聞いたことないな……変なの」

「あはは……うまく言えないんですが遠い所から来まして……」


 やった……思わず日本名で言ってしまった。

 日本の事を詳しく聞かれたら不味い。言っても信じて貰えないだろうし。

 あまり深掘りしないでくれ、という強い念が伝わる様に手をギュッと握りしめてセウスさんの返事を待った。


「へぇ……まあアンタが警戒に値する人物じゃ無いって事ぐらいはとっくに分析済みだから言えない事は言わなくていいよ。僕だって君に隠してる事もあるし」

「有難いです」

「一番僕が聞きたいのはあんな薄着でそれも靴すら履かずに雪山にいた事だしね」

「うぐ…………」


 さっきと変わって低い声とジトッとした目で貫かれ、思わず呻き声をあげた。

 それこそ私が一番言えない事です寧ろ私が聞きたい!

 小麦粉飲んで異世界転移ということもそうだが、転移するにしてもあんな薄着で雪山に飛ばすのおかしいでしょうが! もっと暖かい草原だったり駆け出しの街だったりしてくれても構わないんじゃねえの? 雪山なんて終盤ステージモノじゃねえか!

 プルプル怒りで震えて黙り込んでしまった私の様子を見ながら怪しげな表情で返事を待っているマリンさんが目の前にいるわけだし、何か答えなければならない。

 もうこうなったら信じてもらう信じてもらわない関係なく、一か八かで言ってみるしかないか……。

 決心をし、重い口を開いて喉から捻り出して声を出した。


「……い、異世界転移って知ってますか?」

「異世界……? 聞いた事ない。つまり、アンタはその異世界転移者だって言うの?」

「そうみたいです……」


 私の真剣さが伝わったのかマリンさんは戸惑いながらも疑いはせず、手を顎に当てて暫く考え込む姿勢に入った。

 かなり熟考している様なので温かいうちに食事を進めることにした。

 やっぱ凄い美味い、五年も隠居生活をしてたら料理の腕が上がるものなのか。いや、それ以前に料理が上手かったのかもしれない。

 美味しさに夢中になって食べ続けていると考えが纏まったらしいマリンさんは顔を上げてこちらを見た。

 

「…………ま、異世界かどうかはわからないけど、転移されてきたっていうなら突然僕のテリトリーの真ん中に急に現れたってのも辻褄も合うか……何度も言うけどこんなところに来るのに防寒着ゼロはあり得ないしね」

「し、信じてくれるんですか?」

「異世界というのはまだ信じ難いけど転移魔法は実際にあるし、それに似た類似魔法があってもおかしくない。遠い所から来たって言うし、しっくりくる」

「ま、魔法がある世界なんですね……」

「えっアンタの世界には魔法は無かったっていうの?」

「ありません」


 マリンさんは唖然としたらしく、硬直した。

 さも当然かの様に魔法はありますよって言われても無いものは無いんですよ。

 魔法に似た化学反応とか手品とかはあるが、それらは全てタネも仕掛けもある。

 この世界、魔法があるのか……完全無防備で雪山に転移させられた不満はあれど、そういったファンタジー要素には興奮が収まらない。

 確かに最初に会ったあの狼も口から魔法の様な冷気を吐き出していた。あれも魔獣といった類なのだろう。


「し、信じられない……魔法もない世界で生きていけるだなんて、サバイバー気質みたいなのが備わってないと無理……」

「いやそんなの無くても生きていける世界なので……」


 その言葉を聞いてさらに驚愕の表情を見せたマリンさんは青ざめてフルフルと頭を横に振る。冷静沈着そうな美人顔なのに意外と表情豊かな人だ。可愛い。

 駄目だ。この人を前にすると可愛いしか言えなくなる。でもマリンさんは可愛いから仕方ない。ただ好みが年下まな板なだけで、見た目が美少女なら誰でも好きなのだ。男だから美少女とは呼ばないかもしれないけど。


「えぇ怖……じゃあ、その力は転移してきてから授かったものなのかもね」

「その力、とは?」

「アンタに会ったとき確かに魔力を察知したんだ。この世界の人間は魔力をもってるのが当たり前だから、転移した際に付与されたんだと思うよ」

「まっ魔法が私にも使えるんですか⁉︎」

「色々手続きはいるんだけどね」


 すっげえ……魔法が存在する世界に来ただけではなく魔法が使えるだなんて! 空飛んだり雷落としたりできるのだろうか、そんなことを考えるだけでワクワクが止まらない。

 手続きというのはなんだろう。魔法の杖、とか魔法書とかが必要だったりするのかもしれない。


「まあアンタの状況も把握出来たし、今日はお開きにしよう。取り敢えず今は身寄りもないだろうからあの部屋を使っていいよ」


 普通なら隠居してる何か王国に重大な関わりのある初対面の人の家に居候させて頂くなんて差し出がましい事だが、身寄りがないのは事実なので好意に甘えることにしよう。

 明日からは家事とかを手伝って何か恩返しになる様なことをしたい。こんなにも親切にしてもらってただのヒモになるのだけは人間としてダメな気がする。

 

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせ……っ!」

「ちょっ! 大丈夫⁉︎」


 食事と話が終わって椅子から立ち上がろうとしたが、何故か力が入らずその場に座り込んでしまった。

 立ち上がろうとするも頭痛と眩暈がしてそれどころじゃない。

 マリンさんが急いで駆け寄ってきて座り込んでもふらついてしまう体を支えてくれた。

 おお、意外と体付きがしっかりしてる。見た目は華奢なのにやっぱり男の人だ……。


「多分熱出したんだよ。さっきは気を張ってたみたいだから気付かなかったっぽいけど」

「つめたい……」


 ひんやりとした手で額に触れられる。

 ぼんやりとふわふわした意識の中、先程のベッドから起き上がるときにあった倦怠感が凄かったのを思い出す。

 そうだよな、あんな雪山で薄着で居たらそうなるか。最近は体調管理にも気を付けてて熱になったことがなかったから久々の熱によりしんどさを感じてる気がする。


「よっ……と」

「ま、マリンさ……!」

「部屋まで運ぶ。気にしなくて良いからアンタは寝てなよ」

「あ、りがとうございます……」


 手慣れた横抱きをしてみせたマリンさんを見て思い出す。この人私を運ぶの二回目だったっけ……美少女顔が至近距離にある。目の保養だ。

 本当に体調が戻ったらお礼しないと。そう思って目を閉じたらすぐに意識が途切れた。

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