表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺達は魔王再討伐をやる気はない。  作者: 紅梅 鮭卓郎
2/11

小麦粉飲んで極寒の地へレッツラゴー

 異世界に行ける方法。

 ネットサーフィンの波に呑まれていた私は特に何の目的も無く机の電気だけがついた暗い部屋でベッドに寝転びスマホでそんなことを調べていた。

 私こと新橋要は異世界だのそんなオカルトチックなことを信じている人間ではない。それなのにそんなことを調べてるだなんて高校三年生にもなって何をやっているんだと思う。

 けれど受験の疲れと午前三時前という深夜テンションが後先考えずに異世界に行けたら楽しいだろうなという現実逃避でまとめサイトなどを軽く流し目してしまっているのが現状である。

 勿論そんな方法で行けるわけが無いのは百の承知だ。エレベーターだの合わせ鏡だのそんなものやって異世界に行けるのならこの世の行方不明者数は大多数いることだろう。

 私は本気で行こうとなんて思ってない。ただの勉強の息抜きにこの時間帯で家でできるような適当な気晴らしを探ってたらいつの間にかこんなことを調べていただけだ。つまり非常に疲れてる。

 スクロールを繰り返していると手頃にやれそうな記事を発見してそのサイトにアクセスする。

 『現実に疲れたあなたにとっておきの異世界転移!』と真っ黒な背景に虹色のフォントで書かれた嘘くさいキャッチフレーズが少し癪に障るが用意するものの少なさと家で手軽に出来る内容だからと取り掛かることにした。

 就寝している両親にバレないようキッチンに向かい冷蔵庫から水を取り出し紙コップに注ぐ。その中に小さじ一杯分の小麦粉を入れて三分間混ぜ続けたらそれを飲む。そうしたら床に寝転がって目を閉じる。そうすると異世界に転移してるだとか。

 ……わかってたけどすごく美味しく無い。むしろ不味い。喉にねっとりとした粉物が纏わりついているのが不快でハイになっていた深夜テンションが急降下してきた。本当に何してんだ私。

 冬にスウェットで寝転がってるせいか体温が下がってきた。心なしかカーペットまで冷たくなってきたように感じる。まるで雪の上で転がってるみたいに信じられないほど冷たい。

 バカなことやってないでそろそろ部屋に戻って寝よう。そう思って目を開けたら何ということでしょう。目の前に広がってるのは辺り一面雪景色……。


「はっ、雪?」


 いやさっきまで寝転がっていたリビングはどうした。もしかしてあのまま寝落ちでもして夢を見ているのだろうか、それにしては意識をしっかり保ってるし、この異常なほどの寒さで夢だとは信じ難い。

 中学の修学旅行で行ったスキーのときもこんな寒さだった気がする。いや、それよりも寒いかもしれない。歳を取ってるせいで昔のことなぞ忘れてきてる。不味い、私まだ十七歳なのに。

 ザクザクとした雪に触れたせいで手の感覚が次第に失われていくのを感じ、とにかく今は夢でも現実でもどっちでも構わないからなんとかしなければいけないという本能が凍える私の体を動かした。

 雪山に遭難した場合は無闇に動かずに雪を掘ってシェルターを作り助けを待つのがベストだが日本なのかもわからないこんな所にシェルターを作って誰が助けに来てくれるものか。そもそも私が行方不明になってたとして雪山にまで捜索してくれるような変わりものはいない。だって今の今まで私は家にいたし、なんなら私の住んでいる県は真冬でも雪は一切降らないところなのだから絶対にここは私の住んでいる地域じゃないことは確定している。

 とにかく下山した方がいいだろう。歩けば何処かに小屋か何かがあるはずだ。そこで助けを求めればいい。辛いことに吹雪で前が見えないが、ただ前だけを歩けば同じ道に戻るなんていう虚無タイムは起きないだろう。

 これが夢なら万々歳だが、異世界転移の方法を試した後だから本当に来てしまったのかもしれないなんて思ってしまう。ただ小麦粉水を飲んだだけで異世界転移なんてするなんてあり得るのか? そう考えるとやっぱり夢なんだろう。


「アガガガ、ご、クッゾ寒イリル」


 まずい、あまりの寒さに人間の言葉が消失してきてる。それになんかニチアサの魔法少女アニメのマスコットキャラクターみたいな語尾生まれてる……。

 しかしこれは夢ということを前提に話を進めるとすると、私はリビングで寝ているという事になる。それを親に見られたら雷が落ちるに決まってる。それだけは何としてでも阻止したい。

 寒い覚めろ寒い覚めろ寒い覚めろ寒い寒い寒い……としか考えられなくなってきて語彙力だけでなく、頭もやられてきた。それでも足を止めてしまったら死ぬ。いや、このまま進んでも死ぬかもしれないがここで止めたら確実に死ぬ。

 別に生きたい欲はそこまで無いにしても凍死という死に方は嫌だ。血液が凍っていくのだろうか、それとも皮膚が死んでいくのだろうか、そういう事に詳しくないからよくわからないがどっちみち苦しいことには変わりは無い筈だ。

 月と星の明かりだけが頼りな真っ暗な夜でもわかるほど息が白く、全身の振動が止まない。顔や体に当たる吹雪が痛い。ザクザクと靴下で雪を踏み締める度に激痛が走る。感覚器官が死んでくれたら楽だろうになんてことが頭によぎる。

 凍死は嫌だが死ぬならさっさと死にたい。この苦しみから解放して欲しい。

 雪が降らないところに住んでいたから雪が少し降っただけで大喜びしたけれど、今ではさっさと止んでくれとしか思わない。

 そんなときだった。ザク、ザク……とこちらに向かってくる何かに気付いたのは……。

 もしかして人? 期待を込めて見渡してみても明かりは見つからない。こんな所で明かりもなしに歩いてるモノなんて猛獣の類しか考えられない。ただえさえ寒いというのにさらに背筋が凍った。

 ……不味い。熊なんて出くわしたら私なんて丸呑みだろう。戦える術もなければ走って逃げれるほどの体力なんてもうとっくに失っている。スノーブーツもなければ上下スウェットの靴下という完全無防備状態だ。

 歩みを進めるべきか、ここで止まって獣が遠くに行くのを祈るか、そんなことをぐるぐると考えているうちに足音が近くなって遂にそれは私の目の前に現れてしまった。


「ガァァァウゥゥゥゥッ‼︎」

「ワァオオカミチャーン…………」


 そいつは尻尾が三つの常に口から冷気のような何かを吐き出している二メートルほどの狼だった。そして凄くきゃわいい。犬派の私は大喜びしてわっふいだいちゅきホールドとか今すぐにでもしたいけど、野良だし触ったら変な病気になるかもしれないから出来ない。

 それにしてもでけえな……こんな生き物いたのか? 世界は広いね。まるで猫又や九尾のようだ。やっぱり異世界に転移してる? いや今はそんなことはどうでもいい。こいつが何者だろうがこちらに殺気を向けているのは確かなのだ。これは怖可愛いって奴だ。こういうのが自分にめっちゃ懐いてきたら凄え愛しいよな……なんて、現実逃避するけどコレどう見ても私のこと獲物だと思ってるよね。

 目を合わせず、背を向けず、ジリジリと後退る。これは熊に出くわしたときの対処法で狼に効くかどうかはわからない、だけど何もしなかったら食い殺される。そんな気がした。

 しかし、寒さで感覚がおかしくなっていたせいだろう。足がひるんで後ろに尻餅をついてしまった。何とか立ちあがろうとするけど中々立つことが出来ない。焦るなと思う度に焦りが強くなる。そうこうモタモタとしてると狼は走ってこちらに向かってきた。


「ガウッガウゥゥゥッ!」

「ハピュッポロボロッバアボロアゴロキトシンダザマスワーッン‼︎」

 

 終わった……死のう。

 でも夢の中で死んだら多分夢から覚めるはずだ。それに夢だから多分痛くない。けれど本当にここが異世界転移してるという現実世界なら死ぬよな……まあ、死んでも少しの未練しかないし、あと寒すぎて辛いから解放してくれると思うとそれでも良いや。

 でも、人生最後の言葉が「ハピュッポロボロッバアボロアゴロキトシンダザマスワーッン‼︎」なのは凄く嫌かも…………もうちょっと、こう……なんかこう、アレみたいな感じだったらもっとなんか良い感じになったのに、な……。

 時の流れに身を任せようと目を閉じる瞬間、こちらに駆け寄ってくる白い髪の女性が見えたような気がした。しかしその人の姿がはっきりとしないまま意識を失ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ