第一幕:戦いの始まり5
フランコ達スワジ教団空間騎兵団とナイトウ・アツシは眼前に岩石を迫る無数の岩石を回避しながら、分断した共和国艦隊に更なる打撃を加えるべく、暗礁宙域を駆け抜けていた。もっともフランコ達は既に初期加速を終了し、巡航態勢へと移行し、アーバイスクラブの巡航中に遭遇する岩石や小惑星は自動で識別し回避行動をとってくれる。その為彼らが特別行動する必要はなく、目標を外れていないかの定期的な確認と戦闘前の小休止が彼らの主な仕事であった。
そのような状況においてアツシはコックピットに接続されたタッチ式キーボードコンソールを叩き、モニタに映し出された文字列を目で追っていた。
モニタ画面右下に小さく通信画面が表示される。フランコからの通信である。
「よぉお客さん。もうすぐ次の作戦宙域に到着するが…ってまたプログラム書いてるのか。」
「さっき言われたロックオン機能の修正ですよ。全ての機体に反映するのは不可能でも、せめて自分の機体に修正版をインストールして正しく動くか確認したくて。」
通信画面の奥からフランコがため息をつく声が聞こえる。
「仕事熱心なのも良いが、最低限機体が動く状態にしておいてくれよ。今必要なのは戦える機体なんだからな。」
1回目の作戦で何もできなかった自分への嫌みか、完璧な状態でのアーバイスクラブの作戦投入ができなかった鈴木商店が批判されているようアツシは受け取ったが、それを殊更に否定することもできなかった。
そんなことを考えているとフランコからの通信は切断されていた。アツシには彼が何のために通信を入れてきたか理解できなかったが、自分が良い成果を出せるように全力で戦うことを心に決めていた。
再度フランコから通信が入る。
「あと10分で作戦宙域だ。ここからじゃ敵艦隊の動向も規模も不明だ。出たとこ勝負になるぞ。各位の一層の奮闘に期待する。」
全体通信ですぐに戦闘となることが伝えられると空間騎兵団は各自の判断で巡航モードから戦闘モードへと切り替え、作戦宙域に向けて直進した。
戦闘予測宙域に近づくにつれ目の前の岩石の数が少なくなり。広大な漆黒の空間と星々の輝きが姿を見せ始めていた。フランコは自分たちが進んでいる方向の光学画像と今の景色を重ね、情報として存在しない集団を発見した。
「いたぞ!!共和国艦隊だ!!各機は個々の判断で敵に当たれ!!」
フランコの号令の後アーバイスクラブ36機はジグザグに行動しつつ共和国艦隊へと突撃し、1機のアーバイスクラブはただ真っすぐ、ひたすら共和国艦隊とは異なる方向へと直進していた。
神はスワジ教団空間騎兵団に味方していた。
共和国艦隊は暗礁宙域を抜け、小惑星に衝突する可能性が減ったために対空監視が疎かになっていた。また艦集団指令もスワジ教団空間騎兵団に発見された際は就寝中であり艦橋には不在であった。周囲に遮蔽物がなくなったことで共和国艦隊は油断していた。共和国艦隊がアーバイスクラブを発見したのは交戦開始のわずか1分前である。哨戒担当の軽巡洋艦からの正体不明機発見の報告も艦集団指令の座乗艦:キシュまで報告が届くことはなかった。各艦は個艦防御の態勢をとり、迎撃に追われ、上官への報告を行う余裕がなかったのである。
軽巡洋艦:カシージャスも対空迎撃の準備に追われていた。艦長は長年共和国軍を勤めた女性であり、年齢を聞くことは失礼という意識が艦の皆にあったことから、おそらく50歳とされている。彼女は共和国内での反乱や内戦の対処、鎮圧に高い功績があり、若く実戦経験に欠けた艦隊において、貴重な人材であり経験も十分であった。そんな彼女も敵発見の報告を司令部まで行わなかったのである。功に焦ったのではない。敵と自艦までの距離があまりにも短かったのである。彼女の目の前にはフランコのアーバイスクラブが迫っていた。
フランコは艦隊が連携できていない隙を見逃さなかった。アーバイスクラブの射程に入る前からミサイルによる迎撃があると考えていたがそれもなく、レーザー対空砲による迎撃のみであった。『艦隊としての対応が後手に回っている』そう判断したフランコは対空砲火を機体を左右に振るジグザグの回避機動を取りながら軽巡洋艦の艦橋に無反動砲を叩き込んだ。
共和国軍の中型以下の艦艇は艦橋と戦闘指揮所が独立せず、艦長や副長は皆艦橋で指揮する構造であった。これは戦艦や要塞砲のような強力な砲火力の前では一撃で轟沈することも多いことから、生存性を高くする効果が薄く、艦橋と戦闘指揮所を分離することはコスト面で不利であったためである。この設計思想による戦闘艦艇は過去に幾つも建造されてきたが、人類唯一の国家による設計思想としては根本から間違っていたと言わざるを得ない欠陥品であった。
フランコの放った砲弾は軽巡洋艦:カシージャスの艦橋に突き刺さり炸裂した。
艦長席に座っていた艦長は対空砲火の指揮を取っていたその姿のまま、破片にその身は引き裂かれ絶命した。
対空レーダー監視員は背中に業火を受けるも即死することはなかった。自らはレーダーと倒れた機械に挟まれ動けない状態でありながら、艦橋に開いた穴から艦の破片や肉片が放り出される様子を見ているしかなかった。艦内通信では艦橋の様子を確認しようと機関室から応答を求める声がするが、誰も動かない。カシージャスの対空レーダー監視員が改めて艦橋を見渡すと生存者はどこにもいなかった。彼は眼前の光景に涙した。彼自身の置かれた状況や傷のことなどどうでも良かった。今目の前で起こっていること、『なぜこんなことになってしまったのか。』ただそれだけを考えていた。
フランコはカシージャスの艦橋の爆発を確認し対空砲火が沈黙したのを確認すると機体を翻し、次の攻撃目標となる艦を探そうとしていた。だが後方に只ならぬ気配を察知したフランコは振り返ると、そこには禍々しいオーラをその艦体に纏ったカシージャスの姿があった。フランコはスワジ教団の信徒であっても熱狂的な信徒でもなく、牧師のような神職でもなかった。しかし自らの眼前に佇むカシージャスの姿は神を信じない現代人ですらその姿が見えるほどの負のオーラを纏っていた。
スワジ教団は旅の安全を祈願する土着の宗教である。宇宙開発の時代と共和国の弾圧により宗教的な性格は変わってしまったが、地球しか知らぬ人類に宇宙の技術を授けた御宙様という神を信仰する教義に変わりはなかった。
フランコにとってカシージャスの姿は、スワジ教を信仰する自らが遠く旅をする船を傷つける自らの行いを反省するように促す御宙様の怒りであるように思えた。
フランコは揺れていた。自らの行動が果たしてスワジ教団にとって正しいことなのか。
銀河共和国はあらゆる宗教を弾圧し、その脅威からスワジ教団は逃れていた。銀河共和国が迫っている現在の状況は疑う余地がないほどスワジ教団にとって深刻な危機であった。
しかし銀河共和国の艦艇を攻撃することは旅の安全を祈願するスワジ教団の教義に反しており、ましてや共和国軍に対して先制攻撃を仕掛けたのはスワジ教団である。共和国を見過ごすことも、攻撃することもスワジ教にとって正しいことではない。フランコはこの戦いで自らの行いに対する正当性を見失っていた。
空間騎兵団が戦闘を始める前、直進していたアツシは共和国艦隊から流星と勘違いされ、共和国軍の眼前に迫る空間騎兵団に気を取られたことで一切の攻撃を受けることなく、艦集団の右後方に単独で到達していた。
彼の仕事はアーバイスクラブの戦闘データ収集とバックアップ、そして新型機の開発のための要素評価である。
アツシの機体には他の機体にはない装備が備わっていた。――核バーストレーザー砲――アツシのアーバイスクラブにのみ装備された長距離狙撃砲である。核融合を利用したエンジン実用化され、中でも艦艇のような大型構造物では標準装備であった。アツシの核バーストレーザー砲は核融合を異常促進させ、核融合機関を爆発させることに特化した長距離砲であり、核バーストレーザー砲から攻撃性の熱源は放出されることはなく、光の速度で攻撃されるため探知することも難しい兵器である。欠点は砲身が長く扱いづらいのと、核融合機関にのみ攻撃が可能であるという点である。
赤の試作塗装に身を包んだアツシのアーバイスクラブは核バーストレーザー砲と修正したロックオン機能のテストのため手ごろな攻撃目標を探していた。
ロックオン画面から敵を探していたアツシは艦集団の奥に巨大なオーラを纏た軽巡洋艦を発見した。
――カシージャスである――
その存在に危険な何かを感じたアツシは距離として正反対に位置するカシージャスにその照準を合わせ、一瞬その背中に悪寒が走るのを感じながら核バーストレーザー砲の引き金を引いた。
アツシのアーバイスクラブは最大望遠でカシージャスの姿をとらえていたが、実戦経験のないアツシはカシージャスのその後の姿を見ることができなかった。