第一幕:戦いの始まり4
アツシは真っ当な人間である。幼いころから満点以外の点数を取ると両親に怒られ、小学校では一週間のうち友人と遊ぶことができるのは木曜日だけ。それ以外の日は塾や習い事が目白押し、学校が終われば友人と遊ぶことなく、即家に帰り習い事へと出かけて行った。習い事から帰ってきたら22時、後はその日の復習をして寝るだけの生活だったし、しばしば寝るのは0時を回ることもあった。おかげで学業の成績に関してはすこぶる優秀であったが、他の全ては劣等生であった。
中学校、高校になってもその傾向は変わらずアツシは友人と遊ぶことなく一日が、一週間が、一月が、一年が終わる生活が続いていた。相変わらずアツシの成績は優秀であり、行政州で一番の成績となった。そして学業以外の全てが全然ダメだった――もっとも学校成績のほとんどが勉学なのでそれをアツシが自覚することは不幸にもできなかったが――。
順調に『優等生』として歩み続け、大学も邦で一番頭の良い邦立大学に入学することになる。大学生となって習い事という概念はなくなったが、邦立大学は遊んでいられるほど甘い場所ではなかった。それでもアツシは幾人もの秀才が音を上げ、「一億積まれても大学時代には戻りたくない」といわれ、4年制であるにもかかわらず5.5年制と呼ばれるほど卒業が難しい大学を難なく通過した。
研究は――『惑星間の時間遅れが存在しない通信システムについて』――光が移動するのに1年かかる距離を1光年と呼ぶが、銀河共和国の果てから果ての一番遠い間で90光年ほど、仮に光通信という旧時代の惑星内ネットワークを使うと約90年計算だ。とてもではないが通信として使うこともままならない。人類が宇宙に出て地球以外の惑星に住み始めたときに行き着いたとても大きな問題だった。これを解決したのが太陽系の外で発見された薄虹色に輝く鉱石『テレキマイト』であった。この『テレキマイト』に光を入れると遠く0.5光年ほど離れた『テレキマイト』から時間遅れなく、わずかに光が出てくることが発見された。本来半年かかる距離を一瞬で光が移動したことで、人類は惑星間での通信手段を手に入れることに成功したのであった。そんな冒頭から始まる歴史ある学問『宇宙通信』での完全なる遅延0秒を目指した通信システムの要素技術開発がアツシの研究であった。
学生のうちは順調そのものであったが社会人になってもその傾向は変わらなかった。社会人になり最初のうちこそ仕事を覚えることが難しく気が付いた時には時が過ぎていたが、アツシにとって難しい仕事は次第になくなっていった。どんな案件も平凡無味なもので退屈した仕事であったが、それでも給料も良い一流企業で潰れる心配もなくGIグループの一員を満喫していた。そこでアツシは初めて人生に躓いた。
たとえ会社を解雇された過去があっても今の時代では当たり前のことであり、ましてや犯罪なんてしたこともない。それが当たり前の生活をしていた。だが銀河共和国はその繁栄の裏に帝国主義者、あらゆる宗教を犯罪とみなし、個人であれば民主共和制に仇なす帝国主義者として、団体や組合であれば人類を間違った方向へ導く宗教団体として厳しく弾圧し、時には数万人規模の死傷者が出るほどの暴動になっていた。
そんな弾圧も暴動もアツシにとっては無関係なことであった。だがそれも昔の話、今は弾圧されていた人々が重要なパートナーとして鈴木商店と共に銀河共和国に一撃を加えていた。
――アツシも鈴木商店の一員として勇敢に闘った。――この一節が今回の戦いにおいて記載されることはなかった。
アツシは真っ当な人間である。決して銃を握ったことも撃ったこともない。たとえ共闘するスワジ教団の人々のために自分も戦力になろうと決意したところで、簡単にできるものではなかった。リヒター社長は『決して撃たなくて良い、何なら後方でも良い、後のために必ず生きて帰ってきてくれ』と出撃前にアツシに伝えていたが、それで安心して後方で待機していられるアツシではなかった。自分が人を殺してしまうかもしれない罪悪感やこれから起こることの恐怖心とアツシは常に闘っていた。だがアーバイスクラブに乗ったスワジ教団の人々は違った。彼らが何世紀にも渡って銀河共和国に弾圧されていたこと、一人ひとりが戦士として鍛えられていることもある。だが一番の違いは『アーバイスクラブで銀河共和国を撤退させる』という作戦目標を心のどこかで無理だと思っていたことであろう。
スワジ教団からクジで選ばれたパイロット36人の誰もが心の中で無理だと思っていた。これはスワジ教団本部も同じことであり、ゲリラ戦を仕掛けるつもりで今回はその前哨戦の位置づけであった。
鈴木商店から派遣されたアツシはこの作戦で銀河共和国を撤退させることを、スワジ教団から派遣された戦士はこの戦いが後の戦いの布石となることを意識して臨んでいた。
小惑星から姿を現しても一切対空射撃が飛んでこないことにスワジ教団の空間騎兵団長:ガルシア・デ・フランコ
は驚いていた。『艦艇からの偵察機や空母からの航宙戦闘機が出てこないのは無数の小惑星や岩石が漂う暗礁宙域では当然のこととして、艦艇に迫る岩石や小惑星の対処として対空射撃の準備くらいしてもおかしくない。だが――』それでも撃ってこないのは共和国の余裕か、銀河共和国の外に来ることに気を取られ基本を忘れたのかと怒りと哀れみの入り混じった感情を抱きながら無反動砲のスイッチを押し続けていた。
「目標は各自の判断に任せる!!決して直撃させる必要はないぞ!!周りの石ころ気にせず、ロックオン機能を使わずに機関部を狙って叩き込んでいけ!!」
『ロックオンをすると敵を選べても細かい部位に攻撃ができなくなる。弱点を狙えなくなるからここは改善要望でも出しておくか――』
部隊長として、部下たちにも檄をとばしつつ、パイロットとしての要望をフィードバックすることも忘れないように考えながらフランコは次の作戦に移るタイミングを見計らっていた。
この戦いは敵の対空火力は潰さず、自分たちは動きながら艦の機関部を狙って火力を投射し、最終的に艦隊を分断させる作戦である。したがって敵がパニックに陥っている間は有効的に戦闘できるが、ひとたび落ち着きを取り戻されると対空砲を狙ってない分絶対数に勝る敵の方が圧倒的に有利となる。ましてや爆発と砲撃に巻き込まれた小惑星が砕け散ると小さな岩が敵にも味方にも脅威となる。それが避けきれなくなる前にここを離脱する必要がある。
フランコは足を動かしながら冷静に周囲を見渡していた。
敵の対空砲火も徐々にだが確実にその数を増やしていた。
次第に砲撃と爆発で周りの小惑星たちが僅かながらに動き始め、小さな岩石の数も増えていた。
「ここらが潮時だ!!撤退しないと俺たちまでやられるぞ!!次の作戦に移る!!」
無反動砲による砲撃を行いながら36機のアーバイスクラブは艦隊から距離を取り、対空砲火の射程外へと離脱後一気に加速し暗礁宙域からの離脱を開始した。
アツシが気が付いた時にはアーバイスクラブによる一斉射撃は終了していた。無論共和国の艦艇を殲滅したからではなく共和国艦隊を分断、かく乱するという作戦目標を達成したからだ。
「ボヤっとしてないで次行くよ!!」
威勢の良い女性の声で次の作戦内容を思い出したアツシは暗礁宙域の離脱に移っていた。
元々用意したアーバイスクラブ40機のうち2機は戦闘場所から離れたそのうち見つかるであろう箇所に放置し、1機は手ごろな大きさの小惑星に括りつけ、共和国艦隊へ向けて射出させた。
急ぎ出力を全開にしアツシはスワジ教団空間騎兵団と動きをともにする。
「フランコさん。戦果はどうですか。」
「わからんなぁ。最低でも8隻は動けなくしてやったが、ここから予定通り敵が分断されるかは敵さんの出方次第さ。そんなことよりロックオン機能改善してくれないか。」
「どうしてです。」
「ロックオンすると敵の中心にしか攻撃が行かなくなるんだ。誰がどの敵を狙っているのか把握するのは効果的だが、今回の弱点を狙う戦法じゃ役に立たねぇ。」
「帰ってからアップデートしますね。」
「今からはできねぇの?」
「それは無理です。機体のコンピュータの再起動が必要ですし書き換えにも格納庫においてあるコンピュータにつながないといけません。」
アーバイスクラブに乗る彼らには共和国軍の内情まで理解できなかったが当初の思惑通り共和国軍は分断されていた。それどころか第3艦集団の突出と第5艦集団の緩やかな前進を誘っていた。当初の艦隊の5分の1ずつを各個に攻撃する機会を創ることができ、この分断作戦が予想以上の成果が上がってしまったことを暗礁宙域を移動するアーバイスクラブに乗る彼らはまだ知らなかった。