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第一幕:戦いの始まり3

 アーバイスクラブはアル=アスカリー分遣艦隊を捕捉すると、暗礁宙域で小惑星を回避するように長く伸びた陣形の中心付近の艦へ、脇から2本伸びる無反動砲による砲撃を開始した。――無誘導実弾による攻撃――前時代的とも言える36機72門の無誘導投射火力は近代的な戦闘教練しか受けていない、実戦経験に乏しい共和国軍に混乱をもたらした。

「機関部被弾!!推力低下、航行できません!!」

「落ち着け、暗礁宙域でデブリに当たっただけだ。隔壁の閉鎖と機関部の修復急げ!!」

「艦長!!前から隕石が――」

 共和国軍において事態を把握できた者は少ない。特に下士官以下は現場戦闘指揮、ダメージコントロールに追われている、ただでさえ多量な業務追加して恐怖と混乱に対する人心掌握が必要となる。慣れない銀河共和国の外(リザーブ・エリア)での航行の精神的ストレス、生きて銀河共和国に帰れるのかという不安、次に死ぬのは自分かもしれないという恐怖と戦っていた。

 士官もまた同様であった。普段から偉そうに気に入らない事があれば怒鳴り散らしているだけの――兵からはそのように思われていた――階級だけ高く、下士官よりも実戦経験のない士官達は自らの職務を忘れ右往左往し、何ら指示を出せず被害を抑えることができなかった。

 幸いな事に艦隊のブレインであるアル=アスカリー少将は事態を把握していた。小規模ながら増え続ける艦隊の損害は暗礁宙域での小惑星との衝突だけじゃない。一瞬だけレーダーに反応した所属不明の機影が敵であり、その敵から攻撃を受けていると。

 アル=アスカリー少将は艦隊の陣形を前面の大モニタに映させると損害を被った艦を陣形図に重ね合わさせた。増え続ける損害は長く伸びた艦隊の中央に集中していた。『中央から前方の艦集団と後方の艦集団で対応を分けねばならない……』アル=アスカリー少将は思案していた。分遣艦隊の最高司令官はアル=アスカリー少将だがその下の階級(ナンバー・ツー)を適切に配置できているとは言い難かった。分遣艦隊からごく一部を分ける場合は各艦の艦長から1人を司令官とする予定であったが、大きく2つに分けた場合の――正規艦隊の四分ノ一の大きさの――艦隊運用が出来るほどの能力と、その責務に足るだけの階級、2つを備えた人材をアル=アスカリー艦隊では用意できなかった。

 

「『命令』とは発する者と受ける者、そしてその内容が明確に示され、双方が納得し合意した場合にのみ、初めてその効力を発揮するものである。」――後世紀の戦史研究者の言葉――


 アル=アスカリー少将は彼の幕僚5名と通信を取った。

「聞こえているかね。どうやら我々はここで死ぬことになるならしい。」

 回線が繋がるとアル=アスカリーは一言目にそう述べた。

「不吉なことは言わないでください提督。私達はまだ大きな損害を受けておりません。」後方集団の前方に位置する第2艦集団司令官:ブライアン・シュライヒャーがアル=アスカリーに反発する。

「いたずらに進軍するのもいかがなものかと思うぞ。我々は共和国の外について探索するのが任務だったはず。生きて情報を持ち帰ってこそ、任務も達成されよう。」老将である第5艦集団司令官:ンゴスマ・ドミグンは暗に撤退を示唆するも具体的にどうするかを示すことはなかった。あくまで司令官であるアル=アスカリーの指示に従うということであろう。

「しかし今我々が判断に手間取っている間にも被害は増すばかりです。このまま放置していては取り返しのつかないことになりますよ。」最前にて進軍し後方で何が起きたか詳しく把握できていない第3艦集団司令官:ABC(アブシー)・アブレイユは次の一手と指示を求めていた。

 艦隊は前から第3、5、4、2、1艦集団の順番で前進し中間の第4艦集団が集中して被害を受けた形であった。各艦集団司令官が各々にとって一番有利になるような意見具申をする中、被害を受けた第4艦集団司令官:シュウ・リンチェーの発言に皆が注目していた。

「このまま前進しましょう。我々の被害は多くあれど数にして数パーセント、撤退するほどではありません。何より攻撃をしてきた相手がどのような兵器を用いているか計りかねますし、その背後にどのような組織、人物がいるのか、その目的も分からないまま撤退するのでは今後も共和国人民の平和を脅かし続けることになるでしょう。」

「諸司令官方の意見が出そろったところで私の意見だが……」

 アル=アスカリーはタイミングを見計らって、温めていた自らの策を提示した。

「3、4、5各艦集団は引き続き前進、2集団はその場で待機、我々の1艦集団は支援艦集団の防衛のため一時的に後退する。」

 アル=アスカリーの提示した案は驚きをもって迎え入れられた。既に伸びている艦隊を更に引き延ばすようなものであり、未だ暗礁宙域に補給艦が辿り着けていない現状からさらに補給艦が前進しないということは、前方の艦集団はしばらく補給を望めないことを意味する。

 アブレイユ、シュウ、ドミグンの3司令官はアル=アスカリーに強く抗議した。

 しかしアル=アスカリーは現実と戦術をよく見ていた。

「まず艦隊の中間である第4艦集団に敵は攻撃を仕掛けてきた。敵の狙いは第1に艦隊を前後で分断することだ。皆が知っているように我が軍の艦艇は前方火力に集中した設計となっている。分断することで前にいる艦艇は後ろからの攻撃に対処するために180度回頭する。ここが敵の第2の狙いどころだ。狭い中域で回頭すれば幾つものデブリに側面からぶつかり損害が増える。自滅と言っても良い。」

 アル=アスカリーの分析は敵がこの中域を戦場とした理由として4人の司令官を納得させるものであった。敵がどのような目的であろうと今のアル=アスカリー達には関係のない話である。まずはこの宙域を安全に抜ける方法が大事であった。

「この敵の策に対するには、『まずその場で回頭してはならない。』これは先程説明した理由と、どこに潜んでいるかわからない敵の餌食となるからだ。そこでこの宙域を脱出するために、第3〜5の各艦集団は『前進』しこの宙域を離脱し、抜けた場所で待機するのだ。その間第2艦隊は現宙域に留まり、第3〜5の前方艦集団の背後に近づく敵の撃墜と前方艦集団の囮としての働きを期待する。前方艦集団が離脱次第前進を開始せよ。我々第1艦集団は先程述べた通り、一度後方に下がり支援艦集団の護衛を行う。」

 アル=アスカリー艦隊の方針は宙域を前進して抜ける、即ち現時点で共和国に撤退しない事が示された。

 アル=アスカリーが示した方針はもっともであり敵に姿の見えない敵に対する艦隊の生き残り策としては最善のものであった。

 1つアル=アスカリーに誤算があるとすれば、従順な信頼の置ける幕僚達もまた人間であり、彼らも一兵卒同様恐怖と戦っていたことである。

 第3艦集団司令官:ABC(アブシー)・アブレイユは覚悟を決めていた。第3艦集団がアル=アスカリー分遣艦隊の窮地を脱するための糸口となると強く意気込んでいた。だがそれはアブレイユだけであり、その気合は空回りしていた――アブレイユにとって日常茶飯事である――。

 第4艦集団が攻撃された時点で各艦に分配された物資は十分にあり、救援や整備を求める艦はあれど輸送艦を必要とする艦は存在していなかった。しかしABC(アブシー)・アブレイユによって補給艦との合流がしばらくできないと第3艦集団全将兵に伝えてしまった。余計な心配は各将兵の士気に十二分のダメージを与えてしまった。そんな将兵のやる気など意に介さず、艦橋ではABC(アブシー)・アブレイユとその幕僚達による戦術の議論が行われていた。とある幕僚から『今後も正体不明の敵に備えつつ暗礁宙域を抜けた開けた場所にて待機するアル=アスカリー提督の方針は、敵に無防備な姿を晒してしまうのではないか。』意見があがっていたが、アブレイユは上官の命令には忠実であった。アブレイユの頭ではアル=アスカリーの予測は穴がないように思っていた。一方で部下の意見ももっともであるように思えた。このような2つ『どちらも正しいと思える』意見に挟まれた場合、アブレイユには明確な意思決定パターンが存在した。それは上の立場の人の意見を採用するというものである。これはアブレイユが30年に渡って造り出した出世の最適解、『どちらも正しいと思えて神頼みをするくらいなら偉い人に媚を売ろう。』という打算的思考法である。上官の指示を絶対遵守し推進していく、これこそがABC(アブシー)・アブレイユの出世の秘訣であった。

 第3艦集団は各艦一斉に進軍を再開した。

 第5艦集団司令官:ンゴスマ・ドミグンは迷っていた。第3艦集団は艦集団を率いる司令官の性格から進軍を再開することは容易に想定していた。しかしアル=アスカリーの指示を部下に伝えるべきか大きく揺れていた。――輸送艦からの補給はしばらく受けられない――これを伝えれば軍がどうなるか分からないドミグンではなかった。だがアル=アスカリーの『撤退』命令の『建前』を用意することができていなかったのである。彼は自らの職務の範囲内において味方の犠牲を最小限にすることを常に心がけていた。そして今回も――。そしてアル=アスカリーは期待を裏切らず『前進(てったい)』を指示した。これはドミグン自身の考えた最善の戦術と同じであり一切の疑問を抱かなかった。しかしドミグンの部下たちは異なる。一兵卒は艦隊の全容、戦場の全体像、各司令官の人間像を把握できておらず従軍経験もドミグン程多いものは存在しない。故に『前進』するに足る理由が必要だが、『自分達の艦集団の後ろが攻撃されたのであればなぜ反転して援護しないのか』という意見も、ドミグンの座乗艦である戦艦:キシュ艦内で兵たちから盛んに聞こえてきた。手っ取り早い方法は先ほどの会議内容をありのまま話すことだがドミグンはそれができずにいた。そして目的を告げず各艦に『前進』を指示した。だがその足取りは第3艦集団と比べるまでもなく重かった。

 第4艦集団司令官:シュウ・リンチェーは焦っていた。いつどこから敵の襲撃を受けるか分からない。もちろんそのために第2艦集団が第4艦集団の後ろから援護してくれる手筈である。しかし第4艦集団の中間部が攻撃を受けたことで、その周囲にあった静止していた小惑星群はいくつか動きだし、ビリアードのように別の小惑星を弾き、シュウ・リンチェーの見える範囲でも1つ、2つと動いている小惑星の数が増えていた。小惑星が動けば時間が経つにつれて射線が通らなくなる、すなわち援護射撃が正確に行えなくなる危険性を孕んでいた。また小惑星が動くことは別の問題をシュウに投げかけていた。――機関が停止した艦の救援を早期に行わなければ小惑星によってつぶされてしまう――艦船の質量に対して小惑星は同じかそれ以下の物が圧倒的に多い、だがその速度と質量は艦船より大きいものも多く、衝突すれば艦船が大破沈没の恐れがあった、そのため機関が停止した艦とその乗員の救助は必ず行うことが条約で定められていたが、暗礁宙域にて救援活動を行えばその分正常な艦の待機時間が増え、別の艦が小惑星によってつぶされてしまう2次災害の恐れもあった。一刻も早く第4艦集団はこの場から抜けなければならない、一体どうすれば良いのか……。アル=アスカリーが艦隊全体を2つにわけることができなかったように、第4艦集団も『前後2つ』に分割できずにいた。

 シュウは救援を打ち切る判断ができず、そのまま乗員の移送状況を見守り、自らの不甲斐なさを噛締めることしかできなかった。

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