第一幕:戦いの始まり
人類が宇宙に進出して500年、宇宙は広大であり人類はその全てを把握することも掌握することもできず、地球を中心にした僅かな領域を『銀河共和国』として統治していた。銀河共和国の建国当初は民主共和制の統治が人類が住む星々――銀河共和国建国時に民主共和制の精神に賛同し銀河共和国へと加盟した惑星は『イストーシニック14』と呼ばれている――に広く浸透し安定した統治を行なっていた。
しかし500年という時は人類をイストーシニック14の外へ生息圏を広げるには十分な時間であったが、銀河共和国の領域が拡がるには短すぎる時間であった。
銀河共和国が自国の統治に精力的であっても、幾多もの人々が銀河共和国の外へと旅立っていった。
ある者は職を失い家を失い万策尽きた果ての借金からの逃亡。
ある者は資源を求めて一攫千金を狙った欲望。
ある者は星地図に未だ載らない無い惑星を求める好奇心。
皆が己の中に希望、夢、野心を抱き共和国の外へと旅立っていった。
銀河共和国軍第13艦隊所属分遣艦隊司令ヌール・アル=アスカリー少将もまた、銀河共和国の外の広大な未知なる世界に旅立とうとしていた。無論アル=アスカリー少将は過去の夢追人とは異なり、銀河共和国軍少将としての旅立ちである。2605年5月18日、銀河共和国軍は史上初となる軍艦を銀河共和国領域外に派遣することを決定した。共和国議会では反戦運動軍縮に熱心な政党から「民主共和制の精神の基、軍艦を派遣すべきではない。」「共和国の領域を拡大する事は植民地支配の再来となる。」と抗議、懸念の声が上がる一方「共和国から数多くの人が移民しているのが現実であり、これを保護するのが共和国としての役割である。」と議会内で意見が大きく二分された。しかし現実問題としてかなりの数の人が共和国外に出ていること。共和国外での統治機構が存在しないこと、治安、環境に対する懸念から共和国民の保護を名目として可決されたのである。
そこから5ヶ月が経過した10月23日、ヌール・アル=アスカリー分遣艦隊は銀河共和国の外縁へと到達した。
首都惑星地球からの旅立ちは盛大に行われた。銀河共和国政府の船舶が銀河共和国の外へと出たことは軍艦はおろか調査船ですら一度もなく、今回のアル=アスカリー艦隊の派遣が初めてであった。
出発前に記念式典が行われ、艦隊司令長官からの訓示、共和国防衛大臣や内務大臣といった挨拶は2時間にもおよび、屋外の壇上で2時間も紫外線に晒されたのは記憶に新しく、これには中東生れのアル=アスカリーであっても堪えていた。政府要人の大変有り難いスピーチ――もっともアル=アスカリーは一切聞いていないが――を耐えるという、どのような訓練よりも過酷な緒戦を乗り越えたアル=アスカリー分艦隊は銀河共和国内での最後の補給を終え銀河共和国の外へと出ようとしていた。
分艦隊の編成は
大型空母:5隻
戦艦:20隻
重巡洋艦:100隻
軽巡洋艦:500隻
補助空母:25隻
バランス良く戦闘艦艇が配備され、分遣艦隊であるにも関わらず主力艦も惜しみなく投入されている。偵察任務や宇宙海賊への対処、ある程度の力を持った勢力を殲滅できるほどの、それこそ惑星1つが反乱を興しても鎮圧できるほどの戦力をアル=アスカリー少将に与えた。
銀河共和国としてあらゆる任務、突発的な出来事に対応し、初となる外征をなんとしても成功させるという表れであろう。
しかし特筆すべきなのは支援艦艇であろう。
銀河共和国政府から惜しみない協力を約束させたアル=アスカリーは膨大な数の支援艦艇を要求した。
病院調査船:20隻
大型輸送艦:40隻
工作艦:3隻
支援艦艇は4〜5個艦隊規模の戦力となり、軍事評論家だけでなく、政府役人からも、そして艦隊司令長官もその意図をアル=アスカリーに訪ねた程であった。
政府としては未知の領域を探索する以上、犠牲は最小限にとどめたい。そのため『分遣艦隊として』最大限の戦力を供出したが、それが銀河共和国にとって『見捨てることのできる』最大限であり、食糧はどこかの星で見つけて欲しい。宇宙海賊がいるならその拠点から物資を調達すれば良い、そう考えていた。
だがアル=アスカリーは物資の現地調達は不可能だと考えていた。かつてフォークランド紛争にて行われたブラック・バック作戦を参考にし、大型輸送艦を用いた連続補給を行い、艦隊の航続距離を飛躍的に延ばし、艦隊への補給を終えた補給艦は単独で銀河共和国へ返そうとした。最終的に共和国政府が折れる形で要望通りの支援艦艇が揃えられた。
「アル=アスカリー提督、まもなく銀河共和国の国境に差し掛かります。」
1人の士官が銀河共和国との別れが近いことを告げる。アル=アスカリーは共和国政府に通信を送ることを命令し、自らの前にあるマイクを手に取り全艦に向けて一般回線を旗艦:バビロンに繋ぐように伝達した。
「全将兵、そのまま聞いてくれ。――かつて中世の時代、スペインやポルトガルは広大な植民地を有していた。地球生まれの諸君らは知っていると思うが南北アメリカ大陸だ。当時の新大陸を発見したスペインやポルトガルの王族、諸侯は歓喜したことだろう、なにせフランスやドイツと争うことなく広大な土地が、利益を生む珍しい作物が大量に手に入ったのだからな。諸君らも給料が倍になったらどうするか、何をしたいか考えてもらいたい。大切な人に感謝を告げるも良し、新しい家を買うも良し、豪華な食事をするも良し、退役して読書に耽るのも良いだろう。今日では我々がコロンブスやヴァスコ・ダ・ガマとなり新天地を探すのである。我々が目指す先にはアメリカ大陸も無ければインドもない。どのような土地が、生物が、困難が待ち受けているのか知る由もない。故に進むのだ。我々の見たもの触れたもの感じたもの、艦隊の歩みが後の世に街道となり銀河共和国の一部となり、我々の行い全てが歴史へと刻まれる。我々の前にあるのは未知の世界でも困難でもない、偉業である。未知なる道を建設し、全ての道をローマに通すことが我々の使命である。共和国の未来は諸君らにかかっている。日々の訓練を活かし銀河共和国のさらなる発展に貢献するのだ。共和国万歳。」
アル=アスカリー少将の訓示が終わり全ての艦艇で万歳三唱が行われていた。そして陣形を組み終わった分遣艦隊は銀河共和国の外へと進発した。
――分遣艦隊、共和国の外へと進発――その報は地球に直ちに届けられ銀河共和国中に積極的に報道された。
銀河共和国建国以来の探索とあり、国民からの注目は高く、記念式典は各自の情報端末にリアルタイムで――地球以外は録画映像を――強制的に配信される程であった。おかげでナイトウ・アツシはコンピュータの画面がジャックされ設計の仕事もできず、残業する憂き目にあった。だがそれも過去の話。分遣艦隊が銀河共和国の外に来る前にアツシはやるべき仕事を間に合わせ、分遣艦隊の来訪に備えていた。
アツシはGI-004:アーバイスクラブに乗り小惑星の陰に身を潜めていた。
分遣艦隊がアツシの潜んでいるあたりを通り過ぎる予定時間まで残り1時間、今回がアツシにとっては初めての実戦である。
GI-004の後継機開発を始めて早5年、GI-005がGI社から3年前にリリースされ、GI-004:アーバイスクラブの過剰在庫は鈴木商店にとって大きな重荷となっていた。それでも長年の経験と実績から『鈴木商店の』GI-004の後継機、【SMM-001:SUZUKI】をGI社に遅れながらも昨年リリースした。だが長年の技術も経験も大企業の名前の前には無力であった。過剰在庫のアーバイスクラブを抱える鈴木商店は遅かれ早かれGI社に敗れ破綻する。社長のリヒターはそれをアツシを雇う前から分かっており、起死回生の一手をどのタイミングで打つか。有効にして最大の成果を得る方法は何か、この5年間考え続け、今まさにその時が来たのであった。
――鈴木商店の命運は君たちにかかっている。
アツシはこの言葉を胸に刻み5年間戦っていた、ここから新しい世界を作るのは俺たちだ。という気概に満ちていた。
複数の小惑星にアツシを含めて40機のアーバイスクラブが潜んでおり、その時を待っていた。
いつ始まるのかとアツシ強く操縦桿を握りしめていた。不意にアツシのコックピットのナビゲーションウィンドウが拡大される。
「よぉ兄ちゃん。実戦は始めてか?」
画面の奥では海藻のように増殖した髪の毛を蓄えた――残念ながら今は宇宙用バイザーに収納されて見えないが――色黒のおじさんが現れた。
「フランコさん、今は無線封鎖中ですよ。実戦なんて……銃も扱ったことすらないです。」
アツシは技術者であるが今回はテストパイロットとして、問題点のフィードバックをするため、責任者としてぶっつけ本番の実戦に挑む決意をしていた。
「そう緊張なさるな、銃を撃ったことがないどころか握ったこともないなんざ立派なもんさ。兄ちゃんは綺麗な手のまま後ろで待っていればいいさ。」
そう言ってフランコは通信を切った。『好きなことばかり言って』とアツシは軽く怒っていたが、心に残っていた霧は晴れたような清々しい気分だった。
フランコからの通信が終わったすぐ後、アツシの後方に閃光が走った。――移動中の分遣艦隊である。
目標を視認した36機のアーバイスクラブは行動を開始した。