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序幕:プロローグ3

 朝日が登り始める午前5時。自室の毛布に包まり7時間ほど経過した。

「眠い……。」

 一日あった出来事を思い返しつつ、頭の中を整理しながら一人反省会を行い眠りにつくのがアツシの日課であった。しかし今日は様々な出来事がアツシの身に降りかかった。その結果頭の中が整理されることはなく、一人反省会を延々と行い、アツシは一睡もできず朝を迎えるのであった。

 いっそ寝れないのであれば起きて一日の活動を開始するのも手ではあるが冬の時代がアツシを外界への進出を阻んでいる。

「寒ッ……」

 寒さに体勢を変えつつ毛布に包まり続ける。ここ数日でさらに冷え込んできたようで、雪でも降るのではないかと考えてしまう。

 眠気・寒さ連合軍とアツシの意識の戦いは、連合軍の圧倒的な強さを前に意識が敗走寸前であった。しかし午前7時を前にして眠気・寒さ連合軍の勢いに陰りが見え始めた。あまりの寒さに眠気が無くなり始める――連合軍の連携が取れなくなっていたのだ。

 この連携の乱れをアツシの意識は見逃さなかった。

 今日は鈴木商店への見学の日、約束の時間に間に合わせるためにギリギリまで寝られる時刻が――7時――

 連合軍による最終防衛ライン『7時』への攻勢は能わず、遂には尽く敗れ、アツシは身を起こすのであった。

 家を出て巡回していた自動配送車に乗り集合場所であるハイヒャー・バーグの公園へと向かう。

 

 桜が有名な公園だったが今は緑が生い茂っている。日本から四季の概念が無くなり200年近くにならしい。俺自身は四季という概念を深く経験したことはないが昔は桜が同時に咲き、同時に散っていったそうだ。古典では一斉に花が咲く様子から春の訪れや季語などと呼ばれていたそうだが、この桜たちも年間を通してまばらに咲く姿を見ることができるだけで一斉に咲いた姿を見たことはない。現代は月日に依らず急に寒くなる日や急に暑くなる日があり、日本の太平洋側は年間を通して平均気温約30℃で落ち着いている。季節という物も暦に小さくに記載されているのみである。そんなハイヒャー・バーグ公園入口にある桜の木の下で、宇治京・愛奈さんが待っていた。

「お待たせしてしまい申し訳ありません。」

「いえ、私も今来たところですので。早速ですが弊社の方、ご案内させていただきます。それではあちらの自動車の方へ、」

 そう言って宇治京さんは右手を公園の奥にある自動車に向け歩き出した。

 歩いている途中に俺は気になっていることを聞くことにした。

「鈴木商店さんはこの傍にあるんですか。」

 地元に長く済んでいるが、この近辺の大きな工場で鈴木商店なんて聞いたことないし、そのほとんどが第二次世界大戦前からある歴史ある会社の持ち物だ。

「そうですね。20分、長くても30分程度で到着しますよ。」

 そう言って宇治京さんは俺に微笑みかけたが、俺の内心は不安でいっぱいだった。

 とんでもないボロ小屋が待ち構えているか、家族経営の潰れかけた中小企業が待っているのではないか不安を抱いていた。

「それでは助手席の方へどうぞ。」

 自分で言い出した事のため、今更逃げ出すわけにはいかない。自分の今後を考えるのは一通り見学し終わった後でも良いだろう。

「失礼いたします。」

 そう言い自動車に乗り込むもドアが閉まる気配がない。

「あ、ドア自動じゃないので申し訳ありませんが自分の手で閉めてください。」

 なるほど、現代で自動ドアではないのは珍しい。古い自動車を導入しなければならないほど経営が苦しいか、故障しても直せないのか。

 アツシの鈴木商店への心証はますます悪くなる一方であった。

「まずは20分程自動運転しますので、ゆっくりくつろいでいてください。」

 自動運転はできるようでそこだけは安心した。現代における当たり前の技術があることに安心していることに気づき、アツシの中の鈴木商店への期待が目一杯下がっていることに内心苦笑しながら、全然寝ていないことを思い出し、少しばかり目を瞑ることにした。


 ゴトゴトゴトゴト……

 砂利道を走るかのような音と車体の揺れに違和感を感じアツシは目を覚ました。

 自動運転中は車輪は宙に浮いていて路面からの振動は伝わらない。しかし振動が伝わるということは自動運転をしていないということ。すなわち田舎道ッ――

 そう考えたアツシは身を起こし外の景色を確認したが、その考えは外れていた。

「トンネル……?」

「お目覚めになられましたか。」

 自分がどこにいるか見当もつかないアツシに宇治京さんは語りかける。

「今鈴木商店の工場の前まで来てますよ。」

 工場の前?どう見てもトンネルじゃないか。そう言葉が喉から出てくる前に宇治京さんが先手をとった。

「ここは地下40メートルにある鈴木商店地下工場です。」

 宇治京さんの言葉にアツシは何と答えて良いかわからなかった。

 地下に工場を持っている企業なんて宇宙広しと言えども両手で数えるほどしか存在しないはずだ。しかも鉱山関係の会社や地表が大規模に放射能で汚染されている地域ならともかく、ここは人類が平穏無事に暮らせる地球なのだ。地球でこんな地下深くに工場を有する意味も、そんな財力を持つ企業が無名である理由もわからない。

 アツシは地上にいたころとは全く異質な不安と不気味さを感じていた。

「どうして自動運転じゃないんですか。」

 自分自身の抱える不安に負けそうになり、アツシはなんでもない質問を投げかける。

 人が運転する時の長距離のトンネルでの事故率は大きく増加することから、自動運転の導入時に4kmを超える超大トンネルは真っ先に自動運転の対象となった。にもかかわらずここでは自動運転が導入されていないのはなぜなのか。

「自動運転ができないのはここが登録された場所じゃなく限られた人たちしか走れないからです。」

 そうだ、自動運転は銀河共和国ができる前に各国家が個々に導入した技術だ。世界中で様々な規格があり、のちの統一規格への移行時にひと悶着合ったらしいが、国家が主体となり道路を調査する、設計した道路に自動運転のシステムを設置していった点は万国共通の事項だ。つまり自動運転可能な道は国に知られた道ということ。裏を返せば自動運転が不可能な道というのは、自動運転システムを設置できないほど狭隘いな道か廃道、あるいは――

「ここは銀河共和国も知らない秘密の道、世間から隔絶された工場、そして誰も知らない企業。」

「ナイトウ・アツシさん。ようこそ鈴木商店へ」

 停車しハンドルを握ったままにこやかに話しかける。アツシは状況の理解が追い付かないまま薄ら笑いで対応し、周囲を確認したいというはやる気持ちを抑えつつ下車する。

 トンネルの中は高さ40mはあるであろう巨大な空間が広がり壁はコンクリートで一面塗り固められている。空間の中に9階建てのビルや窓が見当たらない巨大な箱――おそらく生産工場であろうと考えられる建物があり、配管等で各建物が繋がれた様子はまさに地上で見る大規模工場そのものである。

「どうですか。びっくりされましたか。」

 宇治京さんが地上の頃と一切変わらない微笑んだ様子で俺に話しかけてくる。

「とても驚きました。まさか地下にこんな工場が広がっているなんて思ってもみなかったです。」

 お世辞でも何でもなくこんなに驚かされたのは何年ぶりだろうか。そして気になっている中で最大の疑問をぶつけてみることにした。 

「こちらでは一体何をされているのでしょうか。」

「それはまだ秘密です。すぐにわかりますよ。」

 いたずらっぽく微笑み語尾にハートマークが浮かぶ話し方をする宇治京さんを可愛いなと思いつつも、目の前に広がる建屋群が気になって仕方なかった。

「それじゃあこちらから案内しますのでついてきてくださいね。」

 目の前の窓のない無機質な箱に案内される、が2、3歩歩いたところで唐突に宇治京さんが振り返った。

「いけない。忘れてたぁ。」

 社会人らしさのかけらもない少女のような発言をすると慌てて自動車に戻ると、荷物をもって出てきた。

「はい、ここに入るためにはこれを付けてなきゃいけないんだった。」

 そういて手渡されたのはオレンジ色で額に緑の十字が書かれた帽子であった。

「安全第一ね。」

 昨日までの宇治京さんのイメージは脆くも崩れ去り、この人が一番事故を起こすのではないだろうかという不安に駆られつつ、水先案内人に自己の運命を託すのであった。

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