ロザリア、口説き落とす
「クレンス様、よろしければ……これから少し時間をいただけませんこと?」
「へ?」
早まってはいけない。
とりあえず、候補として話がしたいし、この出会いをみすみす逃す手はないわ。
じっくりしっかりと見極めて、口説き落とさなくては……。
私の、離縁後の家族のために……!!
「あぁもちろん異性と二人きりというのはあまり褒められたことではないから、私の護衛騎士であるゼルも一緒に同席してもらいます。少し、あなたの知識をお貸し願いたいの。ダメかしら?」
チラリと私の背後に控えるゼルを見てから私がたずねると、クレンス様は両手を顔の前でぶんぶんと振ってから、
「いえ!! 私でよろしければ、喜んで!!」
とメガネの奥の瞳をキラキラとさせて答えてくれた。
「ありがとう。そうと決まれば、私の執務室へ行きましょう」
「は、はい!!」
私はクレンス様を連れて、王太子妃に与えられた執務室へと向かった。
「──なるほど……ならばこれからはやはり、国民一人一人の学力向上が大切になってくる──か。確かに、今は高齢者が多く、中間層が少ない。加えて子供は増えていってる……となると、やはり時代の働き手として、さまざまな分野で活躍できるよう、ベースを作ることが大切ね」
クレンス様と執務室でお茶を交えて話していると、時間が経つのはあっという間だった。
この方は常に、過去を見て、そしてその上で未来を見据えている。
加えて国民の学力向上を重視しているという、私やレイモンドの意見とも一致……。
うん。
────ほしい。
「クレンス様」
私は彼をまっすぐに見つめて、はやる気持ちを抑えながらゆっくりと口を開いた。
「私に、あなたの力をお貸しいただけないかしら?」
「え……えっと……それはどういう……?」
私の突然の言葉に、クレンス様がメガネをクイッとあげて、戸惑ったように首をかしげた。
「実は今、孤児院の子ども達の先生を探しているの」
「孤児院の子ども達の……?」
「えぇ。今孤児院では、基礎知識より上の知識を満足に教えられる人がいないの。でもそれでは、子ども達の未来を閉ざすことになってしまう……。だから、貴族へ勉強を教えられるくらい学のある先生を探していて……。今話をさせてもらって、私は是非あなたにお願いしたいって思ったの。あなたの学力、考え方、人柄、全て私が求める理想通りだわ。ぜひあなたのその知識を、子ども達に授けて欲しいの」
私は膝の上で腕をピンと突っ張り、緊張しながら今の状況、自分の考えを話した上で、彼に頭を下げた。
「お、王太子妃殿下!!」
王太子妃が子爵の三男に頭を下げるなんて、普通はありえない。
でもここには、私と彼、そしてゼルしかいない。
私の誠意を伝えるためにも、私は目の前でオロオロしている彼に、頭を下げ続けた。
「あ、あの、頭を上げてください!!」
慌てたようにクレンス様が言って、私はゆっくりと顔をあげる。
「王太子妃殿下、お気持ちはよくわかりました。私も王太子妃殿下とお話をさせていただいて、同じ想いをお持ちだと、そう感じておりました。殿下、是非私に、その孤児院の子ども達の未来を切り開くお手伝いをさせてください」
クレンス様はそう言って、メガネの奥の瞳を三日月型に細め私に微笑みかけてくれた。
「!! 本当……!? ありがとう!!」
やった!!
こんなにすぐに、とっても素敵な先生が決まるなんて、思ってもみなかった。
三男とはいえ生粋の貴族が孤児院の子ども達に勉強を教える。
プライドの高い人も多いから、断られることも覚悟していたけれど、クレンス様に出会えてよかった……!!
リンゴーン──リンゴーン──。
城の庭にある時計塔の鐘の音が響く。
「あぁ、もうこんな時間……。じゃぁ、レイモンドに報告後、今後のことを決めてから子爵家へ正式に依頼をさせていただくわね」
「はい。お待ちしております」
穏やかに微笑んで「失礼いたします」と私へと一礼すると、クレンス様は私の執務室から去って行った。
「あぁ、こんなに早くに決まるなんて!! 今日はツイてるわね!! さて、早速レイモンドに報告して、今後のことを色々と決めていかないと!! ゼル、レイモンドの執務室に行くわよ」
「その必要はなさそうです」
私がゼルを連れてレイモンドの執務室に行こうとすると、彼はその鋭い瞳で扉の方をじっとりと見やった。
「──へ?」
私もその視線を辿って扉の方を見ると、ゆっくりと扉が開き、そこからムスッと眉間に皺を寄せたレイモンドが顔を出した──。