永遠の愛を
ロザリア視点での最終話!!
「あの……サリー?」
「はい? 何でしょう」
「これ、ウェディングドレス……じゃないかしら?」
「はい。そうでございますね。お美しゅうございますわ、妃殿下」
「え、あ、うん、ありがとう」
部屋に戻った私を待ち受けていたのは、綺麗な純白のドレスだった。
「さぁ、行きましょう。ゼル様、お入りくださいませ」
サリーが外で待っているゼルに声をかけると、きっちりとしたお辞儀をしてからゼルが入ってきた。
「妃殿下、そのお姿を見るのは二度目ですが、とてもお美しい」
「あ、ありがとう。でもなんでこのドレス?」
もしかして結婚式を羨ましそうに見てたからって、ゼルとサリーに気を遣わせちゃった!?
「あ、あの、大丈夫よ? 私、気を遣ってもらわなくても!! 色々あったけど、レイモンドともきちんと話ができて、夫婦としてやっていけそうだし」
今日から寝る前の地獄の朗読も無いし、二人で落ち着いて寝ることができるわ。
そうしたらまた、一から関係を築いていけばいいだけだもの。
「わかっていますよ。でも、これはけじめ、らしいので」
「けじめ?」
首を傾げる私に、ゼルは優しく微笑んで私にベル義姉様からのブーケを手渡す。
「行きましょう。あなたの幸せな未来のために」
私は訳のわからぬまま、ゼルのエスコートで部屋を後にした。
──城から出て、敷地内の一本道を奥の方に進んでいく。
右手にランタンを掲げたゼルが私をチラリと見て声をかける。
「妃殿下。殿下とのこと、もう大丈夫ですか?」
「レイモンドとの? そうね……うん。卑屈な気持ちになることはあるわ。でも、レイモンド、鬱陶しいほどに毎日好きだと言ってくれるの。真っ赤な顔してね。それを見ていると、その好きだって言葉が本物だって信じられるの。それにね──」
「それに……?」
「時々ものすごく泣きそうになりながら自分の言動を振り返るレイモンドを見てるのも、意外と面白いのよ?」
それはもうものすごく。
【聖女系遺恨日誌】を読んでいる間ダメージを受け続けるレイモンドも、ふとした時に自分のしたことに向き合って落ち込むレイモンドも。
見ているのが意外と楽しいのだ。
……私、性格歪んだのかしら?
「妃殿下がお楽しそうで何よりです」
いつもの無表情を苦笑いに変えるゼルに、私は足を止めて彼を見上げた。
「ゼル、あなたにもたくさん迷惑かけてごめんなさいね。色々ありがとう」
ゼルにはたくさん心配や迷惑かけちゃったものね。
なんてお礼を言ったらいいのかわからないくらい。
「いいえ。これからもたくさんかけてください。私も、そしてランガルも、そのためにあるのですから」
そんな話をしているうちにたどり着いたのは、城の敷地内にある小さな礼拝堂。
扉の前に立っていたランガルが私を見て満足げに笑うと、「中で、殿下がお待ちです」と言って、珍しく恭しくお辞儀をした。
「レイモンドが?」
まさか……懺悔タイム?
「わ、わかったわ。私もしっかり懺悔に付き合ってくる」
けじめ、って言ってたものね。
お仕置きの1週間を終えて、改めて懺悔の祈りを捧げようとしているんだわきっと。
「ブハッ!! 殿下哀れ……!!」
前から思ってたけどランガルってゼルと足して2で割ればいいのにね。
「コホンッ。……まぁ、行けばわかります。──妃殿下」
「ん?」
扉に手をかけたところでゼルに呼ばれて振り返ると、月明かりに照らされた優しい笑顔が私を見ていた。
「これだけは、ずっと覚えていてください。私にとって、レイモンドも、ロザリア、あなたも、とても大切な存在です。お二人の幸せを、心から願っております」
「ゼル……ありがとう」
私はゼルに微笑み返すと、扉をゆっくりと引きあけた──。
薄暗い礼拝堂の中。
月明かりだけがぼんやりと照らし出す先に、彼はいた──白の正装を着て……。
白く長いドレスの裾を赤い絨毯に這わせながら、私はゆっくりと彼に近づく。
私に気づいたレイモンドは振り返って私を見た瞬間に、目を大きく見開き、固まってしまった。
「レイモンド?」
彼の元までたどり着いて、顔を覗き込み声をかけると、彼はすぐにはっと意識を戻す。
「ろ、ロザリア。……来てくれて、ありがとう」
「え、えぇ」
「その姿──すごく……すごく綺麗だ……」
「あ……ありがとう……」
言葉を詰まらせながら綺麗だと言ってくれた彼の顔は、これ以上ないほどに真っ赤に染まっていて、それが彼の本心であると嫌でも理解させられる。
あの日、言ってくれなかった言葉、逸らされた瞳が、今全て私に向けられている。
「……」
「……」
まいったわ。
これじゃまるで──結婚式、みたいじゃない。
「……あの日……。結婚式の日も、本当はずっと言いたかった。でもお前が綺麗すぎて、好きすぎて、言葉が出ないままになってしまった」
レイモンドの大きな手が頬に触れ、親指が私の唇をなぞる。
見上げればすぐそこに彼の穏やかで優しい顔。
「誓いのキスも。目の前で震えるお前を見てると、お前に嫌われている俺がこれを塞いではいけないって、我慢した」
「!? ち、ちがっ!! 私、まさかあのまま結婚するなんて思ってなくて──」
これからどうしようとか、話が違う、とか、ずっと考えていたのよね、私。
自分の結婚式なのに。
自分の生きている世界なのに。
どこか一線を引いた場所から見ていた。
「あぁ。今はわかるよ、お前に嫌われてたわけではないって。でも俺は、この間気持ちを聞くまで、ずっとお前に嫌われてると思ってた。お前を前にしたら素直な気持ちを伝えられなくなってた俺の、自業自得だけどな。たとえ嫌われていても、お前と結婚したいって俺のわがままで結婚させてしまった。だから、キスや初夜は、絶対にしないって、我慢し続けてみせるって、あの日決意したんだ」
「レイモンド……」
私のことを考えて……?
そうだ。
あの初夜の日、彼は私を見て言ったんだ。
『“安心しろ”。俺がお前と初夜を行うことはない』
あれは、緊張と不安で強張っていた私のため──……。
「この間、お前と気持ちは同じだってわかってから、ずっとやらなければと思っていたんだ。結婚式のやり直し」
「結婚式の……やり直し……?」
それでこの服……。
ん? じゃぁこのベル義姉様からのブーケも?
「俺だけでクレンヒルド公爵家に行ってご両親とミハイル達に会って、二人きりでだがけじめとしても結婚式をしようと思っていることを告げたら、ラング伯爵令嬢──あぁ、今は夫人か。彼女が、ぜひ自分にブーケを贈らせて欲しい、と言ってくれてな」
「ベル義姉様が……?」
結婚に関して、辛い経験をしたベル義姉様だからこそ、今回の件、思うことは多かっただろうに。
これはそんな彼女からの、祝福と激励なのだろう。
色々あるのが夫婦。
その度にたくさん話をして、長い時を共に生きていくのよね。
「あらためて──。俺、レイモンド・フォン・セントグリアは、ロザリア・フォン・セントグリアただ一人を、命終わるその時まで愛し続けると誓います」
私の右手を取って、それに口付けるレイモンド。
それはさながら本当に絵本の中の王子様のようで──。
「……私も。ロザリア・フォン・セントグリアは、レイモンド・フォン・セントグリアただ一人を、命終わるその時まで愛し続けると誓います」
私たちは微笑みあって、そして二つの影が重なった──。
こんな未来があるだなんて。
あの時の私は想像もしていなかった。
暖かくて幸せな涙が、静かに一筋頬を伝う。
そうしてゆっくりと離れた唇の温もり。
目の前には真っ赤に茹で上げられた夫の美しいお顔。
それがなんだかおかしくて、私は声に出して笑った。
「む、笑うな、馬鹿」
「ふふ、ごめんなさい。でもあなたが可愛らしくてっ……ふふふっ」
「お前なぁ……そんなに笑ってる奴には──」
「へ? ひゃぁっ!?」
笑い続ける私を、レイモンドが軽々と抱き上げる。
ナニコレ恥ずかしい!!
すぐ至近距離でニヤリと笑って私を見下ろすレイモンドの顔。
「部屋行くぞ」
「え!? このまま!?」
「結婚式の後は──」
「まさかこのままあっちもやり直すの!?」
SYO・YA!?
「当たり前だ。こっちはもう何年もずっと我慢してたんだ。……もう、待ってはやれん」
思わぬ真剣な表情で返されたその言葉の意味を理解した私は、顔を赤く染め上げて、レイモンドの胸元に埋めると、そのまま二人の寝室へと連行され、幸せな夜を過ごすのだった──。
こうして、これまで犬猿の仲と言われるほど顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた少年少女は、今では理想の夫婦とまで言われるほど仲睦まじい夫婦となった。
国王であるレイモンドは何事も自分の耳で聞き、自分の目で見て行動する賢王と呼ばれるようになり、私たちは互いを支え合いながら国を少しずつ豊かにしていった。
私たちは時に喧嘩もしながらも、たくさんの子どもに恵まれ、いつまでも幸せに暮らしたのだった──。
今私の生きる世界。
私にとっての現実。
どんな世界でも、どこの誰であっても、時には試練が訪れるし、その度に迷ったり、落ち込んだり、怒ったり、どうにもならなくなって立ち止まるんだろう。
それでも、明けない夜なんてない。
だから、きっと大丈夫──。
〜Fin〜
最後はレイモンド視点の最終話です。