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運命の鐘が鳴る


「とりあえず、小さな子どもたちへの基礎知識はこれまで通りシスターに教育をしてもらい、上の年齢への教育を誰か学のついた、貴族相手に家庭教師をするような者に任せようと思う」


 城内の執務室に戻ったレイモンドが、早速もう一度孤児院の資料に目を通しながら言った。


 貴族の家庭教師……となると、お茶会でいろんな令嬢と話をする機会のある私が適任ね。

 王太子妃としてお茶会を開いて家庭教師情報を聞き出せるだろうし。

 何より自分がいつかお世話になるかもしれない孤児院だもの。

 未来の私の家族のために、私だって役に立ちたい。


 そう思った私は、意を決してレイモンドに口を開いた。


「レイモンド、その先生の選定、私にさせて欲しいの」

 まさか私からそんな言葉が出るとは思わなかったであろうレイモンドは、目を丸くして私に視線を向けた。


「へ? い、いや、これは仕事で──」

「わかっているわ。でも、王太子の仕事の一端を(にな)うのも王太子妃の務めでしょう? だから私がやるって言ってるの。情報集めならば、お茶会が1番だもの」


 戸惑った様子のレイモンドに、私は淡々と続ける。


「それにレイモンド、あなたあの日私に言ったわよね? 『パートナーとして、共にこの国を良くしていってほしい』って。私だってそのつもりよ。あなたを助け、この国をより良いものにしていきたいと思ってるわ。それに、国民に寄り添うのも、未来の人材を育てるのも、王族の務め。王太子妃だってその中に含まれるでしょう?」


 私がつらつらと並べた言葉に「んぐっ……」と声を漏らしたまま何も反論できないレイモンド。

やがて深いため息をついてから、彼は重い口を開いた。

「……わかった。ロザリアに任せる。だがくれぐれも焦って無茶はするなよ。お前は一応……ほれ、あれだ、俺の……その……妻、なんだからな?」


少しだけ頬を赤くしてから気遣うように言ったレイモンドは、すぐに顔を隠すように書類を顔の前へと持ち上げ、再び目を通し始めた。


 一応は余計よ、一応は。

 まぁいいわ。

 その一応の妻は、いつか来る離縁の日に備えておくから。


 私はレイモンドの部屋を出ると、ドアの前に控えていたゼルと一緒に自室へと戻った。




 そして翌々日、急遽開かれた王太子妃主催のお茶会では、やれあの家庭教師はスパルタすぎる、だの、やれ私は最近家庭教師をクビにした、だの、どの人が良いかではなくただの家庭教師の愚痴がどんどん紡ぎ出された。


 全く。

 これだから貴族は。

 気に入らなければすぐにクビにしてしまうんだから……。


 お茶会を終えて少しゆっくりと本でも読もうと城の図書室へと足を運び、昼間のお茶会でのことを思い出しながら一人悪態をつく。

 そして先ほど本棚から持ってきたばかりの本を開く。

 この国の歴史の本だ。

 こんなことも、孤児院ではなかなか教えられないのよね……。

 私がそんなことを考えながら物思いに(ふけ)っていると──。


「おや、この文明ならば、こちらの本の方がもっと詳しくわかりやすく載っていますよ」


 穏やかなのんびりとした声がしんとした図書室に響いて、ふと見上げればライトブラウンの長髪を一つにまとめた、眼鏡の男性が私を見下ろしていた。


「え? あぁ、ありがとう」


 すごい。

 少し見ただけでどの本が良いかすぐにわかるのね。


 私が礼を言って立ち上がると同時に、男性の目が大きく見開かれる。


「っ!! お、王太子妃殿下とはつゆ知らず……!! お声をかけてしまい、申し訳ありません!!」


 勢いよく頭を下げるメガネの君。


「いえ、大丈夫よ。それよりあなた──随分と詳しいのね? お名前は?」

「ぁ、はい。ロサン伯爵家で先日まで家庭教師をしていた、ラウル・クレンスと申します」

 クレンス──確か子爵家にそんな名があったわね。

 もしかしてそこの?

「クレンス子爵家の方かしら?」

 私がたずねると、クレンス様は嬉しそうに表情を緩めてにこりと笑った。

「はい。クレンス子爵家の3男です」

 なるほど、だから家庭教師を……。

 貴族の嫡男以外は、どこかの家に婿養子に行ったり、自分で職を探して就職する者も多い。

 だから貴族相手の家庭教師は大体がその嫡男以外の人間だ。


「でもなぜ先日まで? 何か理由があってお辞めになったのかしら?」

 私が問いかけると、クレンス様は眉を緩く下げてから、「つまらないから、と、解雇されてしまいました」と答えた。


 つまらないからって解雇するなんて、横暴なことするわね。

 だけどさっきまでのお茶会での話を思い出せば、貴族女性には多いのかもしれない。


「本日は、ロサン伯爵令嬢のお父君であるロサン伯爵が、お詫びにと、ここの入室権利を一日くださったので伺った次第で……」


 城の図書室は伯爵位以上の限られた人間にしか使用許可が出されていない。

 それも確か、回数が指定されたチケット制だ。

 その一回分を彼に譲って、解雇の件を詫びようとしたのだろう。

 でもそれだけで納得して辞めさせられてしまうだなんて……。


「あなた、本が好きなのね」

 嬉しそうなクレンス様に、私は言葉をかける。


「学びは、喜びですから」


 そう返したクレンス様に、私の中の鐘が大きくなった気がした。


 ──この人だ──!!



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