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私にとっての現実世界


 夕食はとても賑やかなものだった。

 久しぶりの、一人じゃない食事。

 陛下と王妃様は普段奥の住居にいらっしゃるから、いつも私とレイモンド二人での食事だった。

 でもレイモンドと食べなくなってからはずっと一人で食べていたから……誰かと一緒に食べる食事って、やっぱり美味しいものね。

 ひとりぼっちで冷たいご飯を食べるのは、なかなかにつらいもの。



 ボフンッ──。


 数ヶ月前まで使っていた、使い慣れたベッドに仰向けで沈む。

 あー……お日様の匂い。

 きちんと手入れしてくれてありがとう、皆。


 明日の午後には城へ帰る、か……。

 あ、そういえば……!!


 ふとあることを思い出した私は、ベッド脇のチェストへと手を伸ばす。

 カチャカチャ──。

 引いてみても開かない引き出し。

 よかった。

 鍵はかかったままね。


「えーっと、確かここに…………あった!!」

 ベッドの裏に手を這わせて、手探りで見つけたそれをベリベリと引き剥がす。

 それはチェストの小さな鍵──。

 大切なものを保管するために作らせたその鍵は、いつもここに隠している。


 鍵穴に差し込むと、カチャリと音がして、私は引き出しを引きあけた──。


「あった……」


 一冊の本と、小さな貝のネックレス。

 アクセルの通りの聖女専門店で、レイモンドが私に買ってくれたものだ。

 まぁ、(のち)の一言によって一度も取り出すことなく封印していたけれど。


 そして本は、レイモンドのやらかしを記録した【聖女系遺恨日記】。

 お嫁に行く際に封印したのよね。

 ここにいつまでもあっても邪魔だし、持っていこう。


 服やぬいぐるみも、全部一度持って帰って、孤児院にでも寄付しましょう。

 ここは明け渡さないと。

 お兄様たち家族のためにも。


 私がトランクに本やネックレス、宝石類を詰めていると──。


 コンコンコン──。

「ロザリア? 私よ」

 お母様?

 どうしたんだろう、こんな時間に。

「どうぞ、開いてますから」

 私が返事をすると、ゆっくりと扉が開かれ、寝る支度を整えたお母様が顔をのぞかせた。


「あら、もう荷造り? 早いわね。帰るのは午後でしょう? 明日でも良いでしょうに」

 お母様が明け開かれたトランクを見て、せっかちねぇ、と呆れたようにこぼした。

「ははは……。眠れなかったので……。それよりお母様、どうしたんですか? 何か緊急のご要件でも?」

「あなたねぇ……」

 再び呆れたように頭を抱え、ため息をつくお母様。


「今日は皆して代わるがわるロザリアを独り占めにしていたんですもの。夕食の後はお父様がずっとあなたを取っていたし。私だってあなたとおしゃべりしたかったのよ?」

 腕を組みぷりぷりしながら私のベッドへとドスンと腰掛ける。

 そういえばお母様とゆっくり話す時間、なかったわね。

 私が苦笑いを返すと、お母様は私をみて何かを考える素振りをしてから、眉を顰めた。


「……あなた、少し痩せたわね」

 心配そうに私の顔を覗き込む。

「少し……。でも、さっきは楽しくてつい食べ過ぎてしまったから、きっと明日には元に戻ってしまいます」

 食事が楽しいと食が進む、というのは本当だったようで、久しぶりにたくさん食べてしまった。


「そう? なら良いんだけど……。朝食も、ロザリアの好物ばかりを頼んでおいたからね?」

「まぁ、楽しみ!! ありがとうございます、お母様」

 また食べ過ぎちゃうわね、きっと。


「ねぇロザリア? あなた──何か、話したいことはない?」

「え?」

 話たいこと……?


「あなた、ずっと楽しそうにしていたけれど、合間ではとても思い詰めているように見えたから」

 あ……。

 さすがお母様、か……。

 なるべく悟られないようにしていたつもりなんだけど、やっぱりお母様には敵わない。


「……お母様?」

「ん?」


「……私が──……レイモンドと離縁しようとしたら、どう思われますか?」


 思い切って尋ねると、お母様はこれでもかというほどに目を丸くして私を見つめた。

 うん、そうなるわよね。

「ごめんなさい。今のはなかったことに──」

「良いんじゃない?」

「──は?」

 飛び出した言葉は予想外の言葉で、今度は私が目を丸くする羽目になってしまった。


「あなたがたくさん考えて出した答えなら、私も、お父様も、お兄様たちも止めないわ。舞踏会での一件もあるしねぇ。むしろ喜ぶ子たちもいると思うわよ?」

 あぁ……兄たちを筆頭に……。想像がつくわ。


「でもね、どんな決断をするにしても、思いはきちんと伝えなさい。あなたは昔から、黙って溜め込むから……。ちゃんと爆発させてきなさい。大丈夫。それで揺らぐようなクレンヒルドじゃないわ」

「お母様……。……はい。そのつもりです。レイモンドと、きちんとお話をします」


 後悔しないためにも。

 お母様は私の答えに満足したように微笑むと、私の腕を引いて私をぎゅっと抱きしめた。

「どこへお嫁に行っても、何があっても、皆あなたの味方よ。それに、私の大切な娘でもあるの。だから、いつでも帰っていらっしゃい、“ここへ”」

 まるで私がここに帰らないと決めていることを察しているかのような言い方に、鼓動が跳ねる。


「……ありがとう、お母様」

 私はそれに「はい」とはいえずに、ただ母の腕の中で言葉を紡いだ。


「……じゃ、私はそろそろ行くわね」

 そう言ってベッドから立ち上がったお母様に「はい。おやすみなさい、お母様」と微笑みかけるとお母様もそれに応えるように「おやすみなさい、ロザリア」とにっこりと微笑んだ。


 扉が閉められてすぐ、私は再びベッドへと仰向けに倒れ込んだ。



『夫婦や恋人って、色々あり方があって、どれが正解とかじゃないと思うの。時には言葉が足りなくてすれ違うときもあるし、喧嘩だってするし、泣いてしまう時だってある。でもね、少し落ち着いて、ゆっくりと考えて、お互いに話をするの私達だって、思いをぶつけてスッキリさせることだって、何度もあるわ』


『でもね、どんな決断をするにしても、思いはきちんと伝えなさい。あなたは昔から、黙って溜め込むから……。ちゃんと爆発させてきなさい。大丈夫。それで揺らぐようなクレンヒルドじゃないわ』



 私、レイモンドに伝えたことあったかしら?

 “聖女のところになんて行かないで”

 “私のそばにいて”

 “愛してる”


 本の内容を知っているのだからと話すことを放棄してきたのは私だ。

 初夜の時だって、今思えばレイモンドは何かを言おうとしていたのに、私は聞いても無駄と勝手に判断して聞かなかった。


 落ち着いて考えてみると、自分のいけなかったところも見えてくる。


 私の知っている物語に結局はなってしまうのだとしても、ここは“(ロザリア)”にとって現実で、父母や兄たちの元で生まれ育ってきた、私の世界だ。

 私が今、生きている現実の世界。


 ……話をしよう。

 ずっとためてきたものを爆発させよう。


 それで──。


 レイモンドを、解放してあげましょう。



物語を知っているからとレイモンドに対して後ろ向きになってきたロザリアと、知っているからこそ自信を持って物語を修正しようとするアリサ。

相対的な二人ですよねぇ……。


次回、解決へ──!!

あと残り少し!!

応援いただけると嬉しいです!!

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