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夫婦の形


 うららかな昼下がり──。


 クレンヒルド公爵家のガゼボで、私はベル義姉様と久しぶりのお茶を楽しんでいる。

 艶やかな黒髪にすらりと長い手足。

 少し垂れ目の穏やかな緑色の瞳。

 美しい所作。

 ベル姉様は私の憧れだ。

 私はどっちかというと吊り目気味で、強そうな印象に取られがちだから、ベル義姉様みたいな容姿に憧れる。


「ごめんなさい、ベル義姉様。結婚式まであと少しの忙しい時に……」

 結婚式前でただでさえ花嫁はナイーブな時期でもあるのに。

 ベル義姉様には申し訳ないわ。

「良いのよ!! もう準備も終わっているし、私はもう一年もここで暮らしてるんだから、今更不安も無いわ。それより、ロザリアとこうしてまたお茶できるなんて幸せよ」


 そう言ってにっこりと微笑んでくれるベル義姉様に、私は心の中で合掌する。

 こんな素敵な天使のような人をお嫁にもらえるなんて……ミハイル兄様は幸せ者ね。


 爽やかに香るハーブティーを一口口に含むと、ずっとモヤモヤしていた頭が少しだけさっぱりしてきた。

「ベル義姉様がミハイル兄様のお嫁さんになってくれてよかった」

「あら、でも私がミハイルを好きになったのは、あなたのおかげなのよ? ロザリア」

 くすくすと綺麗な笑みを浮かべるベル義姉様に、私は驚いて首を傾げる。

「私の?」

 何かしたかしら?


「えぇ。……私、男の人って苦手だったのよ。ほら、ミハイルの前に、小さい頃から婚約していた人がいたの、あなたも知ってるでしょう?」

「え、えぇ……」


 それはもう何年も前。

 一時期、社交界の話の中心だった事件。

 ベル義姉様の前の婚約者が、結婚する直前になって他の女性と駆け落ちしてしまったのだ。


 もちろんラング伯爵家は、このまま逃してなるものかと総出でその元婚約者を探し出したけれど、すでに相手の女性は身篭っていて、婚約は相手の有責で解消された。


「あれから私、男の人を信じることができなくて……。もう良いやってこの年まで婚約者を決めることなくきたの。ミハイルから婚約の打診が来たときもね、最初は色々と理由をつけて断ろうとしてたのよ」

「え!?」

 お兄様、フラれるところだったの!?

 二人はとても仲が良くて、恋愛からの婚約だと思っていたから、少し驚いた。


「ふふっ。でも顔合わせの時にね、彼、すぐに帰っちゃったのよ。お義父様たちを置いて、一人でね」

「は!? 何やってんのお兄様!?」

 思わず言葉が漏れてしまったけれど仕方がない。

 お相手と両親を置いて帰っちゃうなんて……。


「びっくりよね? でもね、あの人言ったの。『妹が泊まり込みの王妃教育から帰ってくる時間が早まったようだ。家にいて迎えて、安心させてやりたい。あなたを愛しているけれど、私にとっての1番は家族だ。そしてできればあなたにその家族になってほしい。ゆっくりと考えて、答えを出してほしい』って」


 ぁ……。

 そうか、あの日。

 兄様が婚約をした二年前。

 王妃教育の総仕上げとして、1ヶ月の間城に泊まり込んでいたのよね。

 そしてそう、私が帰ってくる日。

 予定よりも早く帰ることになって、帰ったら兄様が笑顔で迎えてくれたのだ。

 あの時は何も考えずただ待っていてくれたのが嬉しくて、久しぶりの家族に会えた喜びでいっぱいだったけれど……そうか、途中で帰って来ていたなんて……。


「なんて誠実で、愛情深い人なんだろうって思ったわ。この人の家族になれたら、こんなふうに大切にしてくれるのか、ってね」

 そんな見方があったのか。

 私なら、私と家族どっちが大切なの!? ってモヤモヤしちゃいそうだけど。


「実際見てみたら、本当に仲がいい兄妹で微笑ましかったわ。彼があなたたちを大切にしているのがわかったし、あなたたちもそうだとわかったから。だからね、私、ミハイルに言ったの。『私もあなたの家族にして』って。そう思わせてくれたのは、ラインハルト様やロザリア、あなたでもあるのよ」


 知らなかった。

 そんな婚約秘話があったなんて。


「ここでロザリアを邪魔だなんて思う人なら、私、婚約してないわ。だから堂々としていて」

「ベル義姉様……」


 ここには私を邪魔だと思う人はいない。

 あそことは違う。

 そのことに、のし掛かっていたものがふわっとどこかへ飛んでいってしまったように、心が軽くなった。


「夫婦や恋人って、色々あり方があって、どれが正解とかじゃないと思うの。時には言葉が足りなくてすれ違うときもあるし、喧嘩だってするし、泣いてしまう時だってある。でもね、少し落ち着いて、ゆっくりと考えて、お互いに話をするの。私達だって、思いをぶつけてスッキリさせることだって、何度もあるわ」


「ミハイル兄様とベル義姉様が!?」

 驚きのあまり思わず前のめりになった私は、ガタン、とテーブルを揺らす。

 こんなに仲良しなのに!?


「えぇ。向こうが100%悪い時は、少しお仕置きだってするわよ?」

「おし……おき……」


 えぇー……こんな温厚な姉様が?

 想像つかない。


「ふふっ。だからね、何があっても、話はきちんとしないとね。それこそ、無理矢理場を作って。じゃないときっと、後になって後悔するわ」

「義姉様……」


 話を……。


 そういえば私、今までずっと待ってるだけだった。

 言われるままにゼルと舞踏会に出て。

 言われるままに毎日仕事もこなして。

 今日も帰ってこないとベッドで待ちぼうけて。


 首根っこひっ捕まえてでも、話をしないと……。

 一応、まだ夫婦だものね。


「ありがとうございます、ベル義姉様。 私……レイモンドとちゃんと話をつけます」

 私は真っ直ぐにベル義姉様を見ると、ベル義姉様は優しく笑って頷いて、ハーブティーを口に含んだ。


「スッキリ、ね?」

「はい!!」


 それから私は、お兄様たちが見つけ出すまで、ベル義姉様と二人でお茶を楽しんだのだった。


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