実家に帰るわ
「ん……」
「!! 妃殿下!!」
「ぁ……サリー……?」
サイドテーブルのランプの灯だけという暗い部屋の中、目の前には泣きそうな顔をしたサリーの姿。
「ど……したの? こんなところで……」
ここ──私とレイモンドの寝室、よね?
私何でベッドに……?
身体を起こそうとする私を、サリーの白い手が制した。
「どうかそのままで。お倒れになったのですよ!? 王妃様とのお茶の途中で。お医者様は心労と過労による発熱だろうと……。でも、昼からずっと目を覚さないし……心配しました……!!」
「そう……心配かけてごめんなさいね? サリー」
涙を浮かべて私に縋り付くサリーの背を、トントンと宥めるように叩く。
過労と心労、か……。
確かに最近まともに休めていなかった。
眠れていなかったものね。
眠ろうとすればレイモンドとアリサのことが浮かんで、やっと眠ったとしてもまた二人の夢を見て飛び起きる。
そんな日が続いたら、そりゃ倒れもするわね。
「王妃様にも心配をかけてしまったわね……」
「私、妃殿下が目覚めたこと、王妃様や殿下にお知らせして参りますね。先ほどお水をもらいに行ってまいりましたので、まだ冷たいでしょう。こちらで喉を潤していてください」
そう言ってサリーはサイドテーブルに置いている水差しから、コップに水を注いでくれた。
「お食事はいかがなさいますか? もし何か食べられるようでしたら──」
「いいえ、いらないわ。お水で十分」
ごくごくと喉を鳴らして水を口の中へと流し込んでいく。
「かしこまりました。では、王妃様達に伝えて参りますね」
「えぇ、ありがとう、サリー」
弱々しく笑う私に、サリーはふんわりと微笑むと、私にお辞儀をして部屋から出て行った。
ふぅ……。
まだ身体が重い。
「平気なつもりだったのに……」
身体はそうは思っていなかったのね。
「……皆に、心配をかけてしまったわね」
誰がいるわけでもない一人の部屋でそう呟いて、ただただ真っ白い天井を見つめる。
レイモンドは……私が倒れたと聞いてどう思ったかしら?
……いいえ。
ここに今いないのが答えね。
でもあの暗闇の中で聞こえた苦しそうな声は?
あれは……私の都合の良い幻聴?
少し、疲れてしまったのかもしれない。
この状況に。
コンコンコン──。
「妃殿下」
この声……ゼル?
「どうぞ。入っていいわ」
私が許可を出すと、「失礼します」と言いながら無表情なうちの護衛騎士が入室した。
「ゼル、心配かけてごめんね?」
目の前で倒れたのだ。
それはもう心配をかけてしまったと思う。
「……はい。ご無事でよかった……」
心配そうに歪められた表情が、どれだけ心配をかけたかを物語っていて、とてつもなく申し訳なく感じる。
そういえばゼルは外で警護してくれてたのよね?
ならレイモンドが来たのかどうかわかるわよね?
私はゆっくりと身体を起こすと、ゼルに尋ねた。
「ねぇゼル、私が眠っている間、レイモンドがこなかった?」
「っ……いえ……」
ぴくりと眉を動かし否定の言葉を紡ぐゼルに、私はあぁやっぱり、と肩を落とす。
来るわけないわよね。
好きでもない私が倒れたところで、レイモンドには関係ないものね。
うん、決めたわ。
「ゼル。私、明日実家に帰るわ」
「──は?」
「うん、決定よ。そうと決まれば……、ゼル、馬車の手配をお願い。私は明日のためにももう寝るわ」
そう言って再びベッドに横になると私はもふっと布団をかぶった。
「わ……わかりました。では、そのように……。……おやすみなさいませ、王太子妃殿下」
ゼルの声が布団越しに聞こえ、扉が閉まる音がした。
実家に帰って、それで──。
考えるままに、私の思考は再び意識の奥深くへと沈んでいった。




