守りたいもの~sideレイモンド~
なぁ、誰か教えてくれ。
俺はなんでこの行きたくもない茶会に、ロザリア以外の女と出席しなきゃならんのだ──?
いやわかってる。
全部俺が決めたことだ。
決めたことだが……でもなぁ……そろそろロザリア不足で死すぞ!?
せっっっかく俺の超絶可愛いロザリアとの仲が進展しそうだったのに、今やその良かった雰囲気も、もしかしたら幻だったんじゃないかってくらい、俺たちの仲は最悪な状態にある。
原因は俺の隣でニコニコと笑いながら御令嬢たちと茶会を楽しんでいるこの女──ゴホンッ、いや、聖女様である、アリサ殿。
あの日。
舞踏会の途中で突然現れたアリサ殿。
心細そうにしていた彼女に、
「大丈夫だ、聖女様。あなたには、俺たちがついている。必ず悪いようにはしないし、あなたを何人からも守ると誓おう」
そう言ったのは、彼女に惚れたからとか、憧れの聖女様だからとかじゃない。
似ていたように思ったんだ。
昔の俺と。
連日茶会に呼ばれ、側近や婚約者の座を得ようとする猛獣達の中、心細くて一人逃げ出したあの日の俺に。
そりゃ不安だよな。
いきなり別の世界に来て。
俺はロザリアが見つけてくれて、そばにいてくれたから大丈夫だったが、この子にはそんな人がいないんだよな、って思ったら、そう言ってしまっていた。
後になってランガルに「あんな恋人に言うようなセリフを他の女に吐くなんて!!」と叱られてから、あらためて自分が言った言葉にダメージを受けた俺。
違う。
そんなつもりじゃないんだ。
だけどあれから俺を気に入ったらしい聖女様は、しきりに俺に依存するようになった。
『食事は一緒に広間へ行ってくれないと怖い』だとか、『ずっと一緒にいてほしい』だとか。
もちろん俺はロザリアと結婚していることも伝えているが、お構いなしだ。
それでも彼女の頼みを基本断ることなく共に過ごすのは、訳がある。
アリサ殿を召喚したのは、【誰か】の、何らかの思惑があるという可能性が浮上したからだ。
それは下手に刺激すれば俺の1番大切なものの立場を危うくしてしまう可能性があった。
俺とロザリアの婚約は、もちろん俺が強く望んでの婚約だったが、そうは思っていない者も多い。
頻りに自分の娘を押し売りしてくる者達や、どこからか見目のいい女を連れてきては一夜を共にいかがかと勧めてくる者達も、未だにいる。
もちろん全て断っているがな。
俺はロザリア以外はいらんし、ロザリアが夜を共にしたくないと言うなら、死ぬまで夜を共にしない覚悟はある!!
……いや覚悟はあるがもちろんロザリアとイチャイチャしたい。
他の女とか無理。
とまぁ、そんな奴らが、聖女様を俺の側妃にし、自分がその後見に収まり、俺を良いように操って実権を握ろうと考えている可能性が最も有力だった。
俺が聖女様に憧れを持っているのは周知されているからな。
聖女にならば王太子を籠絡させることができると考えたんだろう。
まぁ実際は俺はロザリア一筋だから、籠絡とか絶対無理だけどな。
だから俺は、父上との話し合いの末、ロザリアを守るためにも内密に事を進めることになった。
誰が頻繁に彼女の元を訪れるかを知るため、極力アリサ殿の部屋に様子を伺いに行き、部屋も内密に隣の部屋を使い、監視をするのが俺の役目だ。
そして……ロザリアと距離を置いた。
俺がロザリアと一緒にいなければ、おそらく相手は『愛されない王太子妃は聖女の敵ではない』と侮って手を出さない。
父上との計画は、母上にもロザリアにも知らされていない。
俺の護衛騎士であるランガルにのみ、今朝になってその計画が父上から伝えられた。
あまり多くの人間に知られて炙り出しが失敗してはいけないが、早急に終わらせねばならない、という父上の判断だった。
ロザリアと一緒にいられないのは辛いし、あいつに誤解を与えるようなことばかりしているのは心苦しいが……あいつが無事でいられるためなら……。
俺の1番大切で、守りたいものだから。
一人部屋で寝るようになって感じる。
一人で寝るのってこんなに冷たかったっけ? って。
いつの間にか、眠る時に隣にロザリアがいることが当たり前になってたんだな。
今のところ怪しいのはラングレス宰相とドーリー侯爵。
聖女の後見になるにはそれなりに地位が必要だ。
地位の高い者で聖女の元を頻繁に訪れ、贈り物を贈ってくるのはこの二人しかいない。
二人とも、ロザリアの父親である有能なクレンヒルド公爵を毛嫌いしているからな。
ロザリアの地位を失墜させたい理由も十分にある。
あぁ……早く終わらせてロザリアのところに戻りたい。
朝のロザリア……怒ってたよなぁ……。
俺の仕事の量も増えて、漏れた分はロザリアのところにいってしまっているようだし。
舞踏会だって、アリサ殿の機嫌を損なうことなく敵の目を欺くためとはいえ、ロザリアを放って置いてエスコートをしたうえ二回も続けて踊ってしまったし。
思い出されるのはゼルと踊るロザリアの姿──。
くそ……このままじゃまずい。
どんどんロザリアとの仲が悪い方へと行ってしまう。
早急に事を片付けねば……。
俺が頭を悩ませていると、
「──ねぇレイモンド様、そうは思いませんか?」
突然アリサ殿から話を振られて我にかえった。
俺はなんのことかさっぱりわからず、「へ?」と間抜けな声をあげて聞き返した。
「すまない、ぼーっとしていた」
「もぉー。だからぁ、ロザリア“さん”はちょっとお堅いんですよね、って」
はぁ?
ロザリアのこと?
「もう少し柔軟に物事を考えてほしいものです」
「その通りですわ。美しい方ですが、融通が聞きませんのよねぇ」
アリサ殿が頬を膨らませながら文句を言って、ドーリー侯爵夫人が同調する。
このお茶会の女性陣の中で1番位の高いドーリー侯爵夫人が同意したことにより、はっきり否定することができなくなった他の令嬢達が気まずそうに、曖昧に笑う。
それを夫である俺の前で言うか。
……いや、だからこそ……か。
「さっきもレイモンド様や私に厳しく色々言ってきて、私とっても怖かったです。人の心ってものがないんで──」
「ロザリアが言っていたことは正しい」
「え?」
無理。
大人しく聞いとくとか無理。
いいよな、少しぐらい。
侯爵や宰相はいないんだ。
「ロザリアは俺の唯一の妻だ。そのロザリアの敬称だけ“さん”付けなのは不敬に当たるし、ご婦人方の苦言だってその通り。ダンスを二度続けて踊るのは本来妻や婚約者とのみだ。ロザリアはお堅いんじゃない。立派な王太子妃であり、俺の【唯一】であり、大切な妻だ」
まさか俺に反論されると思っていなかったんだろう。
アリサが驚きの表情を浮かべ、膝の上に置かれた両手をふるふると震わせる。
それはドーリー侯爵夫人も、他の令嬢達も同じで、王太子である俺の言葉にやっと自分たちの出過ぎた発言に気づいたのか青い顔して俯いた。
「不快だ。茶会はこれまで。アリサ殿、帰るぞ」
俺は女性達をジロリと睨むと、席を立ち、戸惑うアリサ殿を連れて城へと帰っていった。
ドーリー侯爵邸から城へ帰る間も、アリサ殿が何か言っていたが、俺はそれに言葉を返すことはなかった。
もう少し。
もう少しで誰がアリサ殿を召喚したのかわかりそうなんだ。
元の世界へ戻すための複雑な魔法陣も、表向きにはまだ方法が見つかっていないと言いながら、奴らにはバレないよう今大急ぎで神官たちが必死で描いてくれている。
もう少しの辛抱だ。
全部終わったら……。
その時は、全てを話して、誠心誠意謝罪して、それで……。
思いを伝えよう。
今度こそ、俺の本当の気持ちを──。