最高の護衛騎士
はぁ……ひんやりとした夜風が心地いいわ。
見上げるとキラキラと輝く満天の星。
何だろう。
やっと呼吸ができた……。
そんな気がするわ。
「大丈夫ですか? 妃殿下?」
「あ……えぇ、大丈夫よ。ありがとう、ゼル。……ごめんなさい。何も──できなくて……」
テラスの手すりに手を沿わせて、それに自分のおでこをコツンと押し当てる。
「謝る必要はありません」
「ううん。私が主なのに……。王太子妃で……私がしっかりしなきゃいけないのに……。結局ゼルに助けられたわ。それにあのままあそこにいたら私、無様な姿を見せてしまうところだった……」
そしてこれからずっと私は嘲笑われ続けたことでしょうね。
かわいそうなお飾り王太子妃って。
だけど今回はゼルのおかげで体裁が保たれた。
いくら感謝しても、し足りないわ。
「……妃殿下……。──よく、頑張りましたね」
「!!」
突然私に向けて発せられた優しい言葉。
やめて。
今そんなふうに言われたら私……甘えてしまいそうになる。
「ここでなら、泣いても大丈夫です。誰も来ないよう、テラスの外で見張っておきましょう」
「えぇっ!? い、いいわよ!! そんな……子どもじゃないんだから」
私が焦ったように手をパタパタさせて拒否すると、ゼルはくすりと笑っていたずらっぽい表情を見せた。
「あなたがまだ子どもであったなら、迷わず私に抱きついて大泣きしていたはずです。涙と鼻水をダダ漏れにして、私の服がぐしゃぐしゃになるのもお構いなしに。なので、これは子ども扱いではない。これは、大人のロザリアへの配慮、です」
「うあぁぁぁ!! なんてこと覚えてるのあなた!? それいつの話よ!?」
「そうですねぇ……確か、7歳の頃までこんなでしたね」
私の黒歴史……!!
特に5歳あたりは酷かったはず。
慣れないハードな王妃教育が辛くて、よくゼルに泣きついていたものね。
「わ……忘れて……」
顔から湯気出そう。
私は両手で自分の顔を覆う。
「忘れませんよ」
「ゼル?」
降ってきた突然の真剣な声に戸惑う。
「あなたとの記憶は、どれも私の宝物ですので。忘れることはできません」
「っ……!!」
天然タラシ!!
「あの頃のように、抱きしめてなだめて差し上げることは立場上できませんが、場所の提供ぐらいはできます」
……はぁ……。
何でこうもゼルはいつも私の欲しい言葉をくれるんだろう。
『……もしもゼルと婚約していたら、私、こんなに悩むことなく幸せになれたのかしら……』
あの時つぶやいた自分の言葉が蘇る。
……いいえ、違うわ。
レイモンドと関わらずに生きていく未来を捨てて、1人城の隅っこで膝を抱えていた彼に関わったのは、私だもの。
私が選択した未来を、【もしも】なんて不確かなもので他人に擦りつけてはいけないわ。
「えぇ。その時はお願いね。まだ私は──大丈夫だから」
レイモンドにはレイモンドの考えがあるのかもしれない。
アリサが来る前まで、レイモンドも私に歩み寄ろうとしてくれていたように感じられたもの。
信じなきゃ。
レイモンドを。
「王太子妃殿下の御心のままに──」
「ふふ。ありがとう、ゼル。あなたは最高の、私の護衛騎士よ。……あぁ、でも、もうしばらく──」
私は頭上で煌めく星を見上げる。
「──もうしばらくこの綺麗な星空を堪能してから戻りましょう。王太子妃は、“連日の仕事でお疲れだから…”。──これくらいは、許してもらえるわよね?」
「……はい。もちろんです」
私たちはしばらく星空と新鮮な空気を堪能してから、澱みの戦場へと戻るのだった。