今だけ、私の手を取っていただけませんか?
陛下と王妃様とともに先に会場に入って壇上からホールを見下ろす。
貴族たちが続々と会場入りし、だんだんと人で溢れていく。
私がレイモンドといないことに気づいた人たちからの視線が痛い。
──と、ラッパの音が高らかに鳴り響き、私たちから見て正面の扉がゆっくりと開いた。
「!!」
あぁ……心が……痛い。
入ってきたのは、完璧王子スタイルのレイモンドと、彼にエスコートされるアリサ。
レイモンドの金髪を思わせる黄色のドレスに、サファイアのアクセサリー。
ドレスの色こそ違えど、その色の組み合わせは私と丸かぶり。
誰もが気づいただろう。
それはレイモンドの色だと──。
まっすぐに陛下の──私たちの前へとやってくる2人。
するとレイモンドの目が私に向いた。
途端にギョッとした顔をしてから固まるレイモンド。
何なのこの男。
私がこの色で来るとは思わなかったってこと?
来るに決まってるでしょあなたの妻よ。
アリサが到着したのを見計らって、陛下が玉座から立ち上がった。
「皆、短い期間で再び集まってもらってすまない。今夜集まってもらったのは、先の舞踏会で現れた少女についてだ。彼女はアリサ。神官長に鑑定してもらった結果、彼女は聖女であることが判明した──!!」
陛下の言葉にざわめく会場。
それは退位の発表の時よりも大きなもので、聖女の人気が窺い知れる。
「しかしながらこの国は今平和そのもの。おそらく何らかの手違いでこちらの世界へと召喚されたのであろう。元の世界へと戻るまで、城にて保護することになった。皆、聖女は王家庇護下にあると思い、接するように」
『聖女に何かやらかしたら王家を敵に回すと思え』──ってことか。
これで不用意にアリサに手を出す輩はいなくなるでしょうね。
「皆、先日途中で終わってしまった舞踏会の分まで、今宵は存分に楽しんでくれ」
陛下の言葉を合図に音楽隊による演奏が始まった。
「ロザリア」
目の前に来て私の名を呼んだのは、私の夫。
久しぶりに聞いたわ。
レイモンドが私の名前を呼ぶ声。
よかった──やっぱりダンスは私と踊る気で──。
「すまない。ダンスも、今回はアリサ殿と踊ることになっている。1人で大丈夫か?」
「!!」
ダンスも……ですって?
ファーストダンスよ?
何を考えているの?
「あ、あの、ロザリアさん? お、怒ってらっしゃいますよね? でも私心細くて……」
おどおどと怯えるように私を見上げるアリサ。
ロザリア……“さん”?
苛立ちをそのままに言葉を返そうとすると、こっちの様子を見てひそひそと話し合う招待客たちが視界の端に映った。
あぁそう。
やっぱり私が……【悪役令嬢】ってわけね。
なら──落ち着きなさい、ロザリア。
あなたは王太子妃でしょう。
【悪役令嬢】いえ、【悪役王太子妃】なんかにならないわ。
「……大丈夫よ。いってらっしゃい」
私はグッと奥歯を噛み締めた後、にっこりと笑顔を貼り付けた。
その言葉を聞いて、ホッとしたようにレイモンドの肩の力が抜ける。
「ありがとう、ロザリア。──いこうか、アリサ殿」
「はい!! レイモンド様!!」
花が咲くかのような満面の笑み。
私に背を向け遠くなっていく背中を見ながら、私は拳を握り込む。
前を向いて。
泣いちゃダメよ。
私は王太子妃。
レイモンドの妻よ。
私が──。
侍女たちが準備してくれた女の装備でもあるドレスやアクセサリーが、途端にボロボロに崩れていくような気がした。
装備が崩れても、本体が倒れるわけにはいかない。
いかない、のに……。
思わず俯きそうになったその時だった──。
「王太子妃殿下」
低く落ち着いた声が、私の目の前で響いた。
俯きかけていた顔をふっとあげると──。
「!! ゼル……!!」
──正装姿のゼルが立っていた。
「どうしたのゼル? 今日も別の人が護衛になっていると思ったら、そんな格好で……」
昨日話した後からゼルは、代わりの騎士を寄越して休みを取っていた。
他にやることがあると聞いていたけれど、まさか出席者側だったなんて。
「今日は公爵家嫡男として出席いたしました。──妃殿下。不躾なのは承知ですが、今だけ、私の手を取ってただけませんか?」
ゼルの手がスッと差し出される。
ダンスの申し込み……ってこと?
でも私は──。
「行ってきなさい、ロザリア」
「王妃様!? で、でも……」
「私も陛下も許可するわ。ていうか、絶対に行ってきなさい」
「お、王妃様……」
笑顔の圧!!
ものすごい怒ってらっしゃる……!!
あぁっ、隣で陛下が怯えてらっしゃるわ……。
「あのバカに見せつけてやりなさい。ゼル、この舞踏会中、あなたがパートナーとして、ロザリアを守ってあげてちょうだい。これは王妃命令でもあるわ」
「はい。必ず」
は!?
何2人で話が進んでるの!?
「いきましょう」
訳のわからぬまま手を引かれ、私はゼルと一緒にホールの真ん中へと進み出た。