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すれ違う仮初夫婦


 聖女が来て2週間。


 アリサのドレスや生活必需品を揃えるのに商人が頻繁に出入りし、聴取や騎士達の聖女召喚に関わる調査などで、城内では慌ただしく人が動き回っていた。

 レイモンドはアリサに付きっきりになって、アリサはレイモンドに依存した。


 毎朝レイモンドのエスコートで朝食を摂りに広間にやってきては、レイモンドに笑みを浮かべ楽しそうに話を振る。

 だけど私が挨拶をしても、泣きそうな顔をして震えるだけ。

 レイモンドは「まだこの世界の人間に慣れていないだけだから、優しくしてやってくれ」って申し訳なさそうに言うけれど、私は知っている。

 ランガルやゼルには普通に挨拶をしたり談笑したりしていること。


 多分。

 いや絶対に

 私──嫌われてる──!!!!


 私、何かしたのかしら?

 いや、何かするほど一緒にいたことはないし話したこともない。

 はっ……!!

 もしやこの私の風貌のせいなの?

 愛らしさも愛想もないうえに、無駄にダダ漏れる高圧感のせいなの!?


「うあぁぁぁぁぁ!!」

 ゴンッ!!

 頭を抱えて執務机に突っ伏す。

 ……痛いわ。


「……王太子妃殿下。大丈夫ですか?」

 カチャリと目の前に置かれるカップ。

 ふわりと紅茶のいい匂いが漂ってくる。

「うぅっ……ありがとうゼル」

 やっぱりあなただけだわ、私の癒しは。

 置いてくれた紅茶を一口飲んで、口内を潤す。


「……ふぅ……。ねぇゼル、今もやっぱりレイモンドは……」

「……聖女様の部屋です」

「よね……」


 この世界のことを少しずつ教えていっているんだろうけれど、あまりにも入り浸りすぎじゃない!?

 書類整理はほとんど私にまわってきてるし!!

 私は書類係じゃないんだけど!?


「ゼルはランガルと話す機会あるのよね? ランガルは何か言ってる?」

 執務で会う日が無くなっても、勤務時間外なら騎士団宿舎で会うことも多いであろうゼルのランガル情報に頼るしかない。


「……時々アホを殴りたくなる、と」


 ──はい?

 き、聞き間違えかしら?


「えっと……誰を?」

「だからアホ……あぁ失礼。『レイモンド』を、ですね」

 普段ならランガルの失言を咎めるゼルが、ランガルが言っていたであろう言葉をそのまま使うなんて……。

 しかも『レイモンド』呼び……!!

 ゼル、何か怒ってる?

 レイモンドと喧嘩でもしたのかしら?


「ぜ、ゼル? レイモンドと何かあった? とっても怒っているみたいだけど……」

「いいえ? 私と【アレ】とは何も。そもそも最近お会いしてすらおりませんし」


 【アレ】!?

 ゼルが主君を……【アレ】って!!

「ほ、本当に?」

「はい。私が怒っている、と思われるならば、強いて言えば……あなたです」

「私?」


 え、私に怒ってるの?

 何で!?

 心当たり皆無よ?


「あの、私、何かゼルにしてしまったのかしら? もしも何かしてしまっていたなら、ごめんなさい。あの、悪いところは直すから、嫌いにならないで?」


 あなたまで離れていったら多分私、魂抜けるわ。

 どうかいなくならないでゼル!!

 私の心のオアシス!!


「い、いいえ!! 決してあなたに怒っているとかでは……!! 私があなたを嫌いになるなど、天地がひっくり返るくらいには有り得ないことですので……!!」


 首をぶんぶんとふって力一杯否定するゼル。

 よかった。

 嫌われたんじゃなくて。


「よかった……。でも、私じゃないなら何にそんなに怒っているの? 私が関係してるってこと?」

 滅多に怒らないし、表情を変えないゼルがこんなに怒ってるんだもの。

 気にならない方がおかしい。


「……心を乱してしまい、申し訳ありません。ここのところレイ──殿下の動きによって傷ついていくあなたを見ているとどうしても抑えられませんでした」

「!!」


 ……私の……ため?

 私がレイモンドのことで傷ついているから……だからそんなに怒っていたの?

 私なんかのために……?


「ゼル。あなたって……あなたって……」

「……」

 私は力強くゼルの両手を自身の両手で握りしめて声を上げた。


「なんて主人思いの護衛騎士なの!?」

「────は?」


「あなたが忠誠心に溢れているのは知っていたけれど、まさかこんなにだなんて……!! 私、ゼルが護衛騎士で本当に良かったわ……!! これからもよろしくね、ゼル!! 私の癒しはあなただけよぉぉっ!!」


 本当、ゼルがいてくれて良かった……!!

 1人じゃ絶対心が砕けてたもの。

 闇落ち決定だったわ……!!


「は、はぁ……。それは……何より……。コホンッ、それより妃殿下これからいかがいたしますか?」

「どうするも何も、調査の方はまだ進んでいないのよね?」


 誰が召喚したのか……。

 まだ判明したとは聞かない。

 帰る方法も模索しているみたいだけれど、それもまだみたいだし。

 実質、私にできることは何もない。


「えぇ。……妃殿下、明日の夜会の事、殿下は何と?」


 明日は聖女の紹介を兼ねた舞踏会が開かれる。

 この間も陛下の退位の発表のために開かれたばかりだけれど、今回は釘を刺す意味もある。


 登城した御令嬢に、すれ違いざまに嫌味を言われたり、足を引っ掛けられたり何かとされていたらしい聖女のために、『この人は聖女だから、いらんことするなよ。何かやらかしたら王家が黙ってないぞ』って釘を刺しちゃおうということだ。


 私の胸にズキンとした痛みが広がっていく。


 流石に短いスパンでの舞踏会になる分、今回新しいドレスは作らずに以前からあるものに刺繍をつけてアレンジしたものを着る予定だけれど、ドレスの仕立て屋が今日も来ていたってことは、あちら様は仕立てて今日届いたんでしょうね、新しいドレス。


「レイモンドは何も。ていうか、会ってないもの」

「夜は同じ部屋なのでは?」

「……アリサが来てから、夜も部屋に帰ってきてないわ。食事も、この間まではアリサをエスコートして広間で一緒に食べてたけど、最近は広間で食べずに彼女の部屋で一緒に食べてるみたいだしね」


『ロザリア様が怖いから』

『ロザリア様が睨んでくるから』

 確か理由は風の噂でそう聞いた。


「──は?」


 ゼルのドスの利いた低い声が鼓膜に響く。

「あのクソヘタレがそんなことを?」

「ぜ、ゼルさん!?」


 いつものゼルじゃない!!


「……わかりました。では明日の舞踏会については、私の方で少し聞き込みをして、対策を練っておきましょう」

 眉間に皺を寄せて、ゼルは「はぁ……」と息を吐いた。


「あ、あの、ごめんね? 私のせいで……」


「いいえ。あなたのせいではないです。それに、あなたのためならば、私は何も苦ではない。──あなたは明日に備えて、今日はもうお休みになってください。私は少し出てきますので、代わりの者を配置します」


「え、えぇ。……ありがとう、ゼル」

 私が言うと、ゼルはふわりと頬を緩めてから、執務室を後にした。


「はぁ……。……レイモンドの……バカ……」


 誰もいない執務室には私のため息だけが音を立て、静かに消えた。



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