終わった……
それからの舞踏会は大混乱。
急遽お開きになり不審者──聖女は騎士によって謁見の間へと連れて行かれた。
私とレイモンドも、それぞれ護衛騎士のゼルとランガルを連れて謁見の間で控える。
陛下と王妃様の目の前には、青ざめたように陛下を見上げる女の子。
肩までの黒髪に、同じ色のぱっちりとした大きな目。
服装はこの世界では見ないけど、どう見ても前世では馴染みのあるセーラー服ね。
そしてそれを私は幾度となく見たわ。
“あの本”のヒロイン。
聖女【加賀アリサ】のイラストそのものだもの。
「それで、そなた、名は?」
警戒しながらも穏やかに声をかける陛下。
聖女だということを確信しているんでしょうね。
伝承されている初代聖女ミレイと同じ目と髪の色、それに服装ですもの。
それぞれが緊張した面持ちで事の成り行きを見守る。
私はそんな様子を、比較的冷静に、そしてどこか覚めた目で見ている。
「あ……か、カガ・アリサ……です」
怯えたような表情で声を絞り出す少女。
線のようにか細い声。
不安げに揺れる潤んだ瞳。
あぁこれ、完璧にヒロインオーラ全開だわ。
「アリサ殿、か。ふぅむ……ここらでは聞かぬ名。やはりこれは……」
コンコン──。
「入れ」
「失礼します。陛下、神官長が参りました」
「あぁ、ご苦労」
使いに出されていたであろう騎士に続いて入ってきたのは、真っ白いローブに身を包んだ年老いた神官長。
聖女であるかその力を感じ取れるのは神官長だけだ。
だから陛下は、舞踏会をお開きにしてすぐに神官長に使いをやったのだ。
「神官長、突然にすまないな。鑑定を頼めるか?」
「はい、陛下」
しわがれた声で答えると、神官長はアリサの前までゆっくりと歩み寄り、彼女ににっこりと笑いかけた。
「私は神官長のアズル。貴女のお名前をお聞かせ願えますかの?」
「あ、アリサ、です」
「アリサ殿か。ではアリサ殿、私の両手の上にあなたの両手を乗せていただけますかな?」
穏やかな口調と優しい笑顔に緊張が少しほぐれたのか、アリサはおずおずと神官長の両手の上に自身のそれを乗せた。
すると──。
「!!」
アリサは現れた時と同じような眩い光が、謁見の間全体に広がり、私たちは目を強く瞑ってやり過ごす。
それはほんの一瞬で、すぐに光は収まっていった。
「おぉ……!! 陛下、この方はまさしく正真正銘、聖女様です!!」
「っ!!」
興奮気味にそう言った神官長の言葉に、隣のレイモンドの喉がごくりと鳴る。
「おぉやはり……!! しかしなぜ? 聖女は世界の混沌に際して現れるか、もしくは誰かが召喚するかで、それ以外で召喚されることはないはず。今この世界は平和そのものなのだが……」
考えられるのはそう──。
誰かが故意に召喚したっていること。
でも一体誰が……?
「ふむ……調査はこちらですぐに行おう。無論、元の世界に戻る方法についてもな。アリサ殿、あなたは元の世界に戻る目処が立つまで、ここで暮らすと良い」
あぁ、やっぱりそうなるわよね。
元の世界に送り返す術がない訳ではないけれど、準備が複雑でとても時間がかかる。
その間ここで暮らすというのは理にかなっているわ。
でも……なんだろう、この胸騒ぎ。
「あ……ありがとう、ございます……」
あー……子犬みたいな目をして……。
まぁでも無理もないわね。
私みたいに最初からここに生まれてたまたま前世の記憶を持ってたっていうんじゃなくて、この子の場合はある日突然知らない世界に来ちゃったんだもんね。
不安、よね。
私は前世のことは忘れていることも多いけれど、この子にとっては元の世界も今いる世界も並行したリアルだもの。
私が億劫になっていてはダメね。
歩み寄らなきゃ、彼女とも。
元は同じ日本人だものね!!
意を決して私が声をかけようと前に進み出たその時──。
「大丈夫だ、聖女様。あなたには、俺たちがついている。必ず悪いようにはしないし、あなたを何人からも守ると誓おう」
レイモンドがアリサに笑いかけて、彼女は少しだけ大きな目を見開いてから、やがてレイモンドに向けて、ふわりと笑った。
あ──これは……。
終わった────。




