レイモンド劇場再び
「私は、今年の聖星の日を以って、退位することにした──!!」
陛下が高らかに宣言した途端、会場はざわめきに包まれた。
それもそうだ。
だって陛下はまだ40代と、退位するにはとても若いんだもの。
この発表をするだろうと予想していた私たちだって驚いている。
まさか聖星の日に退位だなんて、思ってもみなかったわ。
──聖星の日。
半年後にある年に一度の聖なる日だ。
初代聖女ミレイと王族が結婚したその日。
空から幾千もの星が流れたという。
それは後に【奇跡の日】と呼ばれ、やがて聖星の日と制定された。
その日は特別な日で、皆、愛する人に感謝を伝え、プレゼントを送りあったりする。
半年後……まさかそんな早くに退位することになるだなんて……。
「退位と同時に、我が息子レイモンドが国王に即位し、王太子妃であるロザリアが王妃となり、この国を導いていくことになる。──レイモンド、ロザリア、ここへ」
突然に呼ばれた私たちは互いに顔を見合わせてから、動揺を隠し切って背筋を伸ばし、レイモンドのエスコートで前へと進み出ると、壇上の陛下の元へと向かう。
私たち2人を見ると、陛下は一瞬だけ頬を緩め、また会場へと視線を向けた。
「レイモンドもロザリアも、結婚して3ヶ月。私の仕事をほどんど担ってくれ、すでにたくさんの問題も解決し良い方向へと導いてくれている。きっと、良き王と王妃になることだろう。皆、若い2人をよく支えてくれると嬉しい」
陛下の言葉に、さっきまでのざわめきは大きな拍手へと変わり、会場は拍手の渦に包まれた。
そして華やかな音楽とともに再び舞踏会は再開される。
にこやかに談笑しつつ皆半年後には王と王妃になる私たちを祝ってくれた。
ついに王妃に──。
今まで以上にしっかりと支えていかないと、
それに【あの問題】も……どうにか考えないといけない。
「ところで妃殿下はお世継ぎの懐妊の兆しなどはまだないのでしょうかな?」
「うちのセレナなど、安産型で丈夫な身体だと評判でして、この通り美しい娘です、もしお困りでしたら──」
あぁ、始まったわ。
【あの問題】──【お世継ぎ問題】についての言及。
王太子妃に満足していないのならば自分の娘を、っていう人たち。
どうせまたレイモンドも否定することなくにこやかに終わらせるんだわ。
あぁ本当、胃が痛い。
後でゼルに胃薬をもらわなきゃ。
「うちのアリシアだって負けてはおりませんぞ? 愛らしく男を立てる最高の女に仕上がっております。殿下、いかがで──」
「そうだな。どの御令嬢も愛らしい」
ほらやっぱり。
いつもと同じだわ。
「だが──」
「!?」
突然に私の方をレイモンドがぐっと引き寄せた。
「俺はこいつがいい。他はいらん。こいつは俺の唯一だ」
「レイモンド──……」
「それに、俺にはこいつ以上に愛らしい女がいるようには思えんからな。お前たちが知らぬだけで、誰よりも魅力的だ──俺の妻は」
そう言ってどこか色気を纏ったとろけるような笑みを浮かべ、私を見下ろすレイモンド。
レイモンド……。
それ──それって──……。
「そ、そうですか、いやはや要らぬ気遣いだったようですな!!」
「は、はは、失礼しました。では私たちはこれで……!!」
レイモンドの色気にやられたのか、赤い顔をしてそそくさと去っていく貴族たち。
「……」
「……」
「レイモンド」
「……」
「『初対面の王太子の妃になりましたがなぜか溺愛されて困ってます!!』の182ページ、よね? それ」
「うぐっ……」
この男……。
やっぱりセリフでしかこんなセリフは言ってくれないのね。
「はぁー……」
まぁいいわ。
セリフでもなんでも。
今までよりはマシだったもの。
「いきましょう。まだ挨拶、残ってるわよ」
「……あぁ」
気まずげに返事をして、レイモンドは再び私の手を取って歩き出す。
いつか、物語のセリフなんかじゃなくて、本当にそんなふうに言ってくれたら。
そんな淡い期待を寄せながら。
この後すぐに、その期待も、未来すらも粉々に崩れ去ることも知らずに──。
次回、遂に恐れていた事態に───!!