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レイモンドとの未来を


「それでね、変なのよ、最近のレイモンド」


 私は今、レイモンドの執務室でゼルと一緒に彼の仕事を手伝っている。

 そして当の本人は、護衛騎士のランガルを連れて陛下に書類の確認をしてもらいに出て行ったところだ。


「変、ですか?」

「えぇ。最近すごく、なんていうか……普通の夫っぽいの」

「普通の、夫っぽい、とは?」

「今までは何かあれば聖女を引き合いに出して私の神経逆撫でするようなことを言ってたでしょう? アレがないのよ。何より1番変なのはね、聖女の話をしないのよ!!」


 口を開けば1番に出てくる聖女の話を!!

 前は会話の合間合間で必ずと言っていいほど聖女のうんちくが語られていたけれど、最近それもない。

 おかげで最近は心が平和だわ。


「それは……あの恋愛小説が効いたのでは?」

「効きすぎじゃない!?」

 私が貸した恋愛小説の山を読破したレイモンドは、すぐにまた別のものを借りに私の執務室を訪ねた。

 それが数回続いて、もう彼に貸せる目新しい恋愛小説は所持していない。

 そんなに気に入ったのかしら、恋愛小説。


「……ですが、良かったのではないですか? お二人の仲が良好ならば、それに越したことはないのでは?」


「うっ……ま、まぁ、普通の夫婦ならそうなんでしょうけど……。でも、レイモンドの心が聖女にあるのに、あんな態度……。正直、困るわ。勘違いしそうになるもの。いつか離縁される時が辛くなるだけよ」


 ただでさえ離れ難いほどにずっと好きでいるのに、これ以上夢を見せないでほしい。

 いつかくるであろう『その時』を忘れそうになる。

 もしかしたら、レイモンドも私を思ってくれてるんじゃないかって、淡い期待を抱いてしまう。

 期待なんか、何度も裏切られてるっていうのに。


「そのことですが……王太子妃殿下」

 眉を顰めてためらいがちにゼルが口を開く。

「なぁに?」

「……私は、あなたが以前秘密を打ち明けてくださった内容に全く疑いを持ってはいません。ですが……、もしかしたらあなたの知る物語とは少し違いがあるのではないでしょうか?」

「違い?」

「はい。例えば──このまま聖女が現れないということも有り得るのではないでしょうか?」


 ──聖女が……現れない?


「はい。あなたの知る物語では、本来聖女が召喚されるのは婚約中でしたね? だけど現れなかった。ならばもしかしたら、聖女が召喚されないと言うこともあるのではないでしょうか?」


「聖女が……召喚されない物語、ってこと?」

「はい。それならば、あなたは我慢する必要はないと思います。自分の気持ちと向き合い、殿下との仲を進めていくことも、一つの選択肢にしては如何かと……」


 自分の気持ちと向き合って、レイモンドとの仲を進める──……。

 いいのかしら、そんなこと……。

 そんな、物語を変えるようなこと……。


「あなたは誰ですか?」

「え……?」

「あなたは、ロザリア・フォン・セントグリア。王太子殿下の妻であり、この国の王太子妃です。なら、物語など関係ない。あなたはあなたの好きなように、ご自分の人生を生きてください」

「っ……!!」


 私の……好きなように──……。


「……生きたい」

 私も、私の思うように。

「……諦めたく、ない……!! 私の好きなように生きたい!!」

 今まで心の奥底に沈んでいた思いが湧き上がってくる。

 それを見て頬を緩ませるゼル。

 何も言わないけれど、その笑みが彼の答えなんだと思う。


「ありがとうゼル!! 私、もう少し諦めずに、レイモンドに少しずつ歩み寄れるように頑張ってみるわ!!」


 今、レイモンドが変わったことが好機だ。

 聖女の話をしない。

 優しく紳士的に接してくれる。

 パートナーとして信頼し合っているであろう今。

 少しずつ、少しずつ、私からも歩み寄ってみよう。


 後ろ向きの未来ばかり見るのではなくて、レイモンドとの未来を──……。


「あなたの幸せが、私の幸せです。──さて、そろそろ陛下の部屋から殿下が帰って──……」


 バンッ──!!


「帰った……ぞ……!!」


 勢いよくドアを開けて入ってきたのは、なぜかヨレヨレにくたびれたレイモンド。

「ど、どうしたのレイモンド!? 疲れ切ってるみたいだけど……」

「疲れた。めちゃくちゃ疲れた。父上に確認を取るのはすぐに終わったんだが、帰り道にご婦人方の集団に出くわしてな。今日は母上にご婦人方が刺繍を添削してもらいに来る日だったらしくて、運悪く……」


 あぁ、餌食になったのね、レイモンド。

 令嬢だけでなく年配のご婦人方にも大人気だから、レイモンドは。

 顔はいいものね、顔は。

 押しのけて帰ってくることのできないレイモンドの中途半端な優しさが、そういうのを助長させる原因でもあるのだけれど。


「……お疲れ様」

 私がそう言って彼を見上げると、驚いたように目を大きく見開いて、レイモンドは「うぐっ」と唸った。

 何なのその反応は。


「あ……」

「あ?」

「……ありがとう、ロザリア」


 俯いてしまって表情は良く見えないながらも、その赤く染まった耳がレイモンドの今の感情を表しているようで、私の心にじんわりとした何かが広がっていったのだった──。



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