人生初の二度寝は彼の腕の中で
「……」
朝。
恐ろしいほどの綺麗な顔のアップにも慣れてきた気がする今日この頃。
長いまつ毛。
キリッとした眉。
艶のある金髪サラサラヘアー。
起きている時のレイモンドは(黙っていれば)完璧な王子様だ。
そんな彼が、綺麗な顔をだらしなく緩ませて、抱き枕を抱きしめて無防備な姿を晒して眠っている。
レイモンドのそんな姿を見ることができるのは、私だけ、なのよね。
そう思うと言いようもない優越感が湧き上がってくる。
レイモンドが今抱きしめて眠っているクッションは、この間私が気まぐれに刺繍して贈りつけたものだ。
王家の紋章のモチーフでもあるペガサスのシルエットを刺繍したそれを受け取った時の彼の顔は忘れられない。
だって、この上なく幸せそうな顔で「ありがとう。大切にする」って笑ったんだもの。
“明日は雨だ”
誰もがそう思ったその翌日から3日間、大雨が降り続き嵐となったのだけれど、最近日照り続きで貯水率も下がっていたから、ちょうどよかった。
レイモンド様様だわ。
「……」
「くー……」
起きないわね。
やっぱり相当疲れてるのかしら?
同じベッドで寝ていても、色っぽいことなんて何もない。
ルーティーンのように寝る前まで仕事のことや1日の出来事を話し合ったり、時々晩酌をして眠るだけ。
だけど隣で好きな人が眠って、隣が暖かいっていう毎日が、愛おしくてたまらない。
……それにしても……。
綺麗な肌ね。
羨ましい、いや、妬ましいほどに。
こんなに眠ってるんだもの、少しぐらいならバレないわよね?
つん。
人差し指で、寝ているレイモンドのすべすべ柔らかほっぺをつつく。
つんつん。
「ん〜……」
身じろぎするものの起きる気配がないレイモンドに、私の中にいたずら心が湧き上がる。
むにっ。
人差し指と親指で軽く摘んでみると、流石に綺麗な顔がくしゃりと歪められた。
起きちゃったかしら?
……大丈夫そうね。
今度は手のひらで、そのすべすべなお肌を撫でてみる。
「んっ……」
さっきまでの寝ぼけた声ではなく、若干色気が孕んだ声が漏れる。
「……んん……? もっとして欲しいのか?」
何を!?
「昨日の晩あれだけしてやったのに。仕方のないやつだな」
とろけるように甘い声。
一体誰と何をしてきたのかしら?
まさか早速浮気!?
いや、でも待って。
夜は毎晩私とずっと2人で話しているし、昼は最近は同じ部屋でレイモンドの仕事を手伝っているけど、そんな浮気しているような暇はなかっただろうし……。
最近、陛下の仕事のほとんどを受け継ぐようになったレイモンド。
王妃様と2人でゆっくり過ごしたいから退位したいというのが一つだけど、最も大きな理由は陛下の目だ。
数年前から陛下の身体を蝕んでいった病は、少しずつ右目の視力を失わせた。
命に別状はないけれど、ほどんど見えない状態での公務はなかなかハードだ。
だからレイモンドが次期国王として、仕事を引き継いで行っている。
大変だけれど、2人で助け合いながら仕事に励む時間が、私は嫌いじゃない。
「レイモンド?」
彼の頬に手を当てて名前を呼ぶ。
「んんっ……」
「そろそろ起きて?」
「ん〜……。嫌だ。もっと堪能したい」
いったいあなたは何を堪能しているの?
でも本当に、そろそろ起きてもらわないと朝食の時間になっちゃうわ。
「レイモンド、本当、起きて? 朝食遅れちゃうわよ」
いつもは私が起こさなくてもすぐに起きるのに……。
相当疲れているのね。
「ん……うるさい」
「へ? キャァッ!!」
寝ぼけたレイモンドはあろうことか私の腕を引いて、布団の中へと引き摺り込んでしまった──!!
ぎゅっと私を抱きしめるレイモンドの筋肉質な腕。
レ、レレレ、レイモンドの匂い……!!
ち、近い……!!
吐息が耳にかかって、そこから熱が広がっていくみたい。
「ッ〜〜〜〜〜ッ!! レイモンド!! 起きなさい!!」
「!? ロ……ザリ……ア……?」
私の大声に目をぱっちりと見開いて自分の腕の中の私を見下ろすレイモンド。
しばらく私を見てから、私にまわした自分の腕を見て、そして──。
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
叫び飛び上がるレイモンド。
「ロ、ロザ、ロザリア……!? ほ、本物か!?」
「偽物なんているの?」
「いない!! いてたまるか!! いたとしてもすぐわかる!!」
すごい剣幕だけど、なぜか顔が真っ赤。
「寝ぼけるのもほどほどにして、早く起きて。朝食、遅れるわよ?」
私はできるだけ平静を装って言うけれど、私の心臓はいまだにうるさいほどにバクバクと音を立てている。
「ん……。あぁでも……もうちょっと……」
そう言って再び私を抱きすくめるレイモンド。
「ッ!!」
な……な……っ!!
「くー……」
ね、寝た!?
さっき完全に覚醒してたわよね!?
……はぁ……もう、そんな穏やかな顔で二度寝されたら、私まで眠くなってくるじゃない。
そうして私は、レイモンドの腕の中で人生初の二度寝をした。
その後、いつまで経っても起きてこない王太子夫妻の身を案じたゼルとランガルの声によって覚醒した私たち。
清々しいほどの朝の光が差し込む部屋に、互いの状況を見た私たちの絶叫が木霊するまで、あと数十分──。