レイモンド、迫る
「行ったな」
「行ったわね」
2人残された応接室。
ライン兄様が帰ったというのに一向に離れる気配がないレイモンド。
なに?
何なの?
何で離れないのレイモンド?
それどころか、どこか熱っぽい視線を私に向けているレイモンドに、私は戸惑いながらも声をかけた。
「れ、レイモンド? 兄様も帰ったことだし、そろそろ離れて──」
「嫌だ」
「い!?」
嫌だ……って……!!
「嫌、って、もう兄様も帰ったんだから、新婚ラブラブ大作戦は良いのよ?」
幼い子を諭すように声をかけるも、肩に回された手が離れることはない。
「お前は、俺にこうされるのは……嫌か?」
「は!? そ、それは……」
むしろ幸せだけど……とは口が裂けても言えない。
「いや、じゃないわ」
「っ……!!」
私が言うとなぜかクラリとよろけるレイモンド。
その隙に私は彼の手から逃れるように立ち上がる。
あんな密着されてたら、私、どうにかなっちゃいそうだもの。
寝室は一緒で同じベッドで寝ているとは言っても、私とレイモンドの距離は少し離れているしお互い外側を向いて寝ているから密着なんて慣れてない。
肩を抱かれたくらいでこうなんだから、初夜なんてとんでもないわね。
ある意味、初夜拒否されてよかったのかもしれない。
「れ、レイモンド、私、行くわね!! 今日はありがとう!! 助かったわ。総合治療院の施設長には、あなたから連絡しておいて。何かあればまた教えてちょうだい。兄様に手紙を書くから。それじゃ──!!」
「待て」
「っ!?」
彼に背を向けて扉へと歩こうとした私は、瞬時に彼に拘束されてしまった。
すぐ背中に硬くて温かいレイモンドの胸板。
お腹へ回された手がくすぐったい。
これが噂の……バックハグ!!
前世でもされたことがない高度なテクニックに、私は身体を硬直させる。
「レイモンド? ど、どうしたの? こんな……突然……」
「突然じゃない。ずっと──こうしたかった」
「!?」
ずっと……?
え、それって……レイモンドも私のこと……?
ドクン──……ドクン──……。
心臓が痛いくらいに波打つ。
「どんな時も、俺がお前を守ると誓う。だからあんなやつなんか忘れて、俺と一緒にいてくれ」
──ん?
あんなやつなんか忘れて?
誰のこと?
「許されるならばもう一度、その愛らしい唇に口付ける栄誉を、俺に──」
もう一度?
私達、一度も口付けなんてしたこと……いや、ちょっと待って。
このセリフ、どこかで……。
考えている間にも私の身体はレイモンドの方へと向かせられ、ゆっくりとその美しい顔が近づいてくる。
「ちょ、ちょっと!?」
唇が重なるまであと数センチ──……。
「愛している。俺の────ルクレツィア」
ん?
ルクレツィア?
はっ……!!
「ダメーーーーーーーーっ!!!!」
ゴンッ!!
「ぐあぁっ!?」
『あること』に気付いた私は、すんでのところで思いきりその恐ろしく端正な顔面目掛けて渾身の頭突きをかました。
「〜〜〜〜〜っ!!」
あまりの痛みに鼻を押さえて蹲るレイモンド。
私も痛い。
でもそれどころじゃないわ。
だってこのセリフ──。
『幼馴染の王子様と結婚しました〜私が他の人を好きだなんて誰が言ったの?〜』
の、125ページ!!
妻であるヒロインのルクレツィアが他の男を好きだと勘違いした王子の勘違い暴走キスシーンじゃない!!
この人まさか……あのシーンを再現してただけ!?
「レイモンドの……おバカぁぁーーーーっ!!」
私はそう叫ぶと、ドレスを翻し、応接室から飛び出して行った。
昼食時にレイモンドから「つい熱が入ってしまった、すまん」と申し訳なさそうに謝られたけれど、さっきのことが脳内でフラッシュバックして、私はなにも言えなかった。
あぁ言うのは演技なしにしてほしいわ。
……ちょっと身がもたないけれど。
彼の温もりを感じた背中が未だに熱を持って私を温め続けていたのは、レイモンドには絶対に言ってやらない。
やっぱりレイモンドはレイモンドでした( *˙ω˙*)و グッ!