レイモンド劇場!?
翌朝、ソファにレイモンドと2人並んで座って、ライン兄様の訪れを待つ。
あぁ……胃が痛い。
ものっすごく痛い。
もうそろそろライン兄様が登城する時間だわ。
レイモンド、朝からずっと何かを1人でぶつぶつ呟いてるけど、大丈夫かしら?
…………不安すぎるわ。
そんな私の胃の痛みがピークに達しそうになった時だった。
コンコン──。
応接室に小さなノック音が響く。
来た……!!
「ラインハルト・クレンヒルド様、ご到着です」
「あぁ。入れ」
レイモンドがしゃべった……!!
「きゃ!?」
入室許可を出すと同時に、レイモンドによって強く引き寄せ抱かれる私の肩。
は!?
え、レイモンド!?
エスコート以外で触れ合うことのないあのレイモンドが……私を抱き寄せた……!?
私、奇跡を見ているのかしら?
いや、まさか熱でもあるのかしら?
「失礼します。 ──っ!?」
ほら!!
入ってきたライン兄様も私たちを見るなり固まっちゃったじゃないの!!
「ら、ライン兄様、お久しぶりです。レイモンド、ちょっと離れて」
「ん? なぜだ? 俺は1秒たりともお前を離していたくないんだが?」
はい!?
本当、どうしちゃったのレイモンド!?
そんな……そんな新婚ラブラブ夫婦みたいなこと……!!
はっ!!
まさかあの本の影響!?
もしかしてレイモンド、総合治療院のために頑張ってくれているの?
なら私も、動揺していてはダメよね……。
「わ、私もそうですが……、まずはご挨拶を」
「あぁ、そうだな。ラインハルト、急に来てもらってすまないな」
「……いえ、可愛い妹のため、ですので。ロザリア、変わったことはない?」
私とレイモンドへの扱いの差が激しい……!!
「えぇ、夫のおかげで毎日楽しく暮らしております」
「俺も、妻のおかげで毎日が輝いている」
「殿下には聞いてない」
辛辣!!
レイモンドへの当たりの強さは変わっていないのね、ライン兄様。
「で、話って何だい? 何か大変なことでもあった? いつでも家に帰ってもいいんだよ? 無理してここにいなくても……」
まずい。
私を連れ戻しにかかる気だ……!!
早いところ本題に入らないと。
「あ、いえ。実はライン兄様に折り入ってお願いがありまして……。あの、ライン兄様、スチュリアス公爵領のことなのです」
「ん? ゼルの?」
「えぇ。今そこの総合治療院を新しく建設中なのですが、もうすぐ完成なのに、精神科医だけが見つからなくて……。お兄様、資格がお有りでしょう? だからお兄様にお願いできないかと思いまして……」
お願いしている間もずっと肩にはレイモンドの左手が回り、私の右手はずっとレイモンドの右手が撫でているこの状況。
新婚ラブラブ夫婦をしてほしいと言ったのは私だけれど、とっても恥ずかしい……!!
「あぁ、仕事の相談ね。俺、ゼルの家は好きだけど、聖女は大嫌いなんだよね。あの地で働くなんて、あまりやりたくはないなぁ」
そうだ。
ライン兄様はこの国では珍しく聖女嫌いだ。
聖女の聖地で働くのは厳しいかもしれない。
「大体、ロザリアはそれでいいの? 聖女大好き人間の殿下のために頑張るなんて。メリット、ある?」
「それは……。……でも、総合治療院が機能すれば、国民の暮らしが良い方向に変わってくれます。平均寿命だって伸びるでしょうし、何より長く苦しまねばならない人が減るんです!! 私は、レイモンドと一緒に国を良くすると決めました。だからどうか、私にお兄様の力をお貸しください!!」
私はしっかりとライン兄様に向かって頭を下げる。
「ロザリア……」
お兄様には何が何でも総合治療院で医者をやって貰いたい。
そうしたらきっと、総合治療院はもっともっと素晴らしい場所になるわ。
「ラインハルト。私はまだまだ頼りない王太子だ。だが、あなたが大切に愛し守り通してきた彼女とともに、この国を良くしていきたいと思っている。そして彼女のことも……一生守り抜きたいと思っている。頼む。どうか力を貸してくれ!!」
レイモンド……。
思いがけない言葉に、私はレイモンドを見上げる。
真剣なサファイア色の瞳は真っ直ぐにライン兄様へと向かって、堂々たる態度。
その姿はまさに次期国王の風格が漂っている。
一瞬の静寂が室内を支配して、時計の秒針の音だけが近く感じられ、やがてライン兄様が口を開いた。
「はぁ……仕方ない。わかった、引き受けるよ」
「兄様!!」
「ラインハルト……!! ありがとう!!」
これで総合治療院も何とかなりそうね。
よかった……!!
「ところで殿下。そろそろ俺の可愛い妹から離れていただけますかね? ロザリアが減る」
「お兄様!!」
私は減りません。
「嫌だな。俺が俺の妻と何をしようと、義兄上には関係のないことだ」
「れ、レイモンド!?」
な、何をそんな恥ずかしいこと……!!
さっきからレイモンド、なんか変だわ。
「義弟になったんなら義兄のいうことぐらい聞いておいていただきたいですがね。年長者の言うことを真摯に受け止めるのも、王太子として大切なスキルですよ?」
「年長者にしては随分余裕のないことだな、義兄上?」
ちょ、2人とも!?
さっきから言葉が尖りすぎてない!?
「俺は一時も離れたくないほどに妻のことを愛しているんでね。これくらいは見逃してくれ、義兄上殿?」
「っ〜〜〜〜〜っ!?」
さらに強く抱き寄せられて、私から言葉がなくなっていく。
レイモンドにこんなことされたの、初めて……。
恋愛小説の効果ってすごい……。
どれだけレイモンドにこうされたいと願ったか。
少し恥ずかしいけれどこんな日が来るなんて夢みたい。
「……はぁ……。まぁ、大切にしてくれているならいいか。じゃぁロザリア、俺はそろそろ帰るよ。残しているアドバイザーの仕事もキリがいいところまで終わらせるから、詳細がわかったらまた連絡して。これ、俺の今いる場所の住所」
サラサラとメモ帳に書いたものを破って、私に手渡すお兄様。
「ありがとうございます、お兄様。よろしくお願いしますわ」
「ん。殿下が嫌になったら、いつでもおいでね。妹1人養うぐらいわけないからさ」
「そんな日は来ないから安心して結婚でも何でもしろ」
もう、本当にこの人は……。
「殿下。これだけは覚えていてください。“また”俺の可愛い妹を泣かせるようなことをしたら……その時は誰が何と言おうと、ロザリアは俺が連れて帰りますんで、そのつもりで」
真剣にレイモンドを見つめてそう言葉を紡いだライン兄様に、胸が熱くなる。
昔から、レイモンドと何かあるとライン兄様は泣きながら話す私の話をいつも真剣に聞いてくれていた。
いつからか私は泣かなくなって、無になって──諦めた。
「あぁ。俺はこいつを悲しませるようなことだけはしない」
レイモンドもまた、ライン兄様を真剣に見つめ返してそう答えると、兄様はふっと笑ってから、
「だってさ。よかったな、ロザリア。あらためて、結婚おめでとう。幸せになれ」
と笑顔で私の頭をひと撫でしてから、そのまま応接室から出て行った。
久しぶりに撫でられた頭がほのかに温かい。
ありがとう、お兄様──。
お兄様の思う幸せとは違うかもしれないけれど、私は好きな人といられて、幸せよ。