無茶振り【ドロドロ溺愛大作戦】
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新婚旅行から帰ってすぐに、私は実家のクレンヒルド公爵家へと手紙を書いた。
総合治療院の精神科医の件で、だ。
『ラインハルト兄様に話があるので至急登城を』
という短い内容の短い手紙。
本当は公爵家に直接お願いにあがりたいけれど、立場的にそれは難しいから、手紙での他人行儀なお願いのみになってしまう。
お父様とお母様、ミハイル兄様にも会いたいのだけれど……仕方ないわね。
手紙の返事はすぐに返ってきた。
見慣れたお父様の几帳面に揃った字で、私の身を案ずる言葉とともに、明日ライン兄様が登城するということが書かれていた。
そして……。
『王太子妃殿下に申し上げるのは大変失礼になるかと存じますが、いつでも、いつでも!! 帰っていらしてください』
そう括られた手紙を思い出して、思わず苦笑いが溢れる。
お父様の圧がすごいわ……。
結婚式の時も1人号泣して、お母様に慰められていたお父様。
三人兄弟の末っ子で一人娘だったから、お父様もお兄様達も私を溺愛してくれていたものね。
レイモンドとの婚約が決まった時も、お父様とミハイル兄様は「大事なロザリアに婚約者ができてしまった」って泣いていたけれど、とても喜んでくれた。
でもライン兄様だけはずっと難しい顔をしていたのよね。
やっぱり、今も反対なのかしら?
だから私とレイモンドの結婚式にも姿を現さなかったの?
ライン兄様は私と3個しか歳が違わないから、私もよくレイモンドのことで話を聞いてもらっていたのよね。
私の気持ちも、レイモンドのやらかしもよく知っているから、もともとレイモンドにあまり良い感情は持っていないだろうし……。
……助けて……くれるかしら?
……一応最終兵器【レイモンド】に協力を仰ぎましょう。
題して【ドロドロ溺愛大作戦】よ!!
そうと決まれば急がなきゃ。
私は本棚から5冊の分厚いピンクの表紙の本を抜き取ると、執務室のドアを蹴り開けた。
お行儀が悪いけれど、仕方ない。
手が塞がってるから。
「お、王太子妃殿下……!! 私も執務室にいるのですから、そういう時は声をおかけください」
ゼルが呆れたように言いながらもさりげなく私が抱えている本を奪う。
こういうさりげない気遣い、レイモンドも見習ってくれないかしら?
「ありがとうゼル。レイモンドの執務室に行くから、それお願いできる?」
「言われずとも」
今日もうちの護衛騎士は優秀だ。
私はゼルを引き連れて、2部屋隣のレイモンドの執務室へと押しかけた。
「──というわけで、協力して欲しいの」
「いやどういうわけだよ」
私がかいつまんで事情を説明すると、困ったような顔で机に肘をついて彼は言った。
「だから、ライン兄様が明日来るから、兄様が安心できるように、兄様の前でだけでも私が大切にされているように見せてもらいたいの」
「いやだからそこが意味わからないんだよ。それじゃ普段大切にしてないみたいだろうが」
「してるの?」
「してるだろ!! こ、この間だって、新婚旅行で花贈ったろ!? い、一緒に毎晩寝てるし……」
そこ?
一緒に寝てるけど寝る直前まで仕事の話しかしてないわよね、私たち。
確かにお花は嬉しかったけど……。
「新婚旅行……あの聖女聖地巡礼ツアーのことよね?」
「ちげーわ!! れっきとした新婚旅行だ!!」
そのつもりはあったのね。
無意識なる聖地巡礼……。
まぁいいわ。
「新婚旅行でもなんでも良いから、明日ライン兄様が来た際には、夫婦らしくして欲しいの。普通の新婚さんみたいに、溺愛気味で。これ、そのための資料よ」
私がいうとゼルがすかさず持っていた本の山をどさりと執務机に下ろす。
ゼルにはおおよそ似合わないピンクの表紙の本ばかりが目の前に積まれ、レイモンドが「こ……これは?」とゼルと本を交互に見ながら尋ねた。
「恋愛小説よ。これを読んで明日までにラブラブ新婚夫婦というものを学んでおいてね。今日分のあなたの仕事は、私が代わりにやれるものはやっておくから」
何もなしにレイモンドに女性の気持ちを理解して、ラブラブ新婚夫婦を装ってもらうだなんて、絶対無理だ。
だから私の方で5冊、恋愛小説をピックアップして女性への扱いを極めてもらおうと思い至ったのだ。
これらは私の所持している恋愛小説の中でも一軍だから、きっとレイモンドも新婚夫婦とはなんたるかを理解することができるはず。
前世恋愛小説オタクだった私が言うんだから間違いないわ。
「え、いやこの量を1日でとか……結構えぐいぞ」
「やれるわよね、レイモンド」
ていうかやってもらわないと困る。
ライン兄様のことだ。
結婚してもなお私が大切にされていない様子だったら、多分無理にでも公爵家に連れ戻しにかかるだろう。
それは嫌だ。
「うぐっ……わ、わかった。わかったからそのぬるんとした表情やめろ。怖いわ」
失礼ね。
普通の顔よ。
「じゃ、そういうことだから、よろしくね。いきましょう、ゼル」
「はい」
そして私たちは、項垂れるレイモンドに背を向け、彼の執務室を出た。
「私、そんなにひどい顔していたかしら?」
ぬるんとした表情ってなによ。
「…………私はなんとも。ただ圧は感じましたが」
表情は一切動かないけれど、今の間で何が言いたいかは悟ったわ。
「だって……。お兄様に、私は大切にされてるって見せて安心させたいんだもの。結婚を反対されたまま、お兄様と疎遠になってしまうなんて、絶対に嫌だわ」
レイモンドも、ライン兄様も、私にとって大切だから。
「──なら、私たちも王太子殿下の仕事の肩代わり、がんばらねばなりませんね」
そう言って僅かに眉を下げたゼルに、私も「えぇ。レイモンドを信じて、頑張らなきゃね」と笑顔を返すのだった。