今日は良い子でいろよ、奥さん?
カーテンから淡い光が差し込んで、瞼に落ちる。
「ん……」
私は目を覚ますと、ゆっくりと起き上がった。
あぁ、そうか。
ここは夫婦の寝室。
私、レイモンドと結婚してしまったのよね。
それで……えっと……。
私は重い頭を押さえながら、昨夜の記憶を手繰り寄せる。
『初夜を行うことはない、が、結婚したからにはお前が俺の妻だ。お前を敬い、お前を思い、支え守ることを誓おう。だから、その……俺を夫として見なくてもいい。だがパートナーとして、共にこの国を良くしていってほしい』
真剣なレイモンドの声が脳裏に蘇る。
そうよ。
結婚してしまったからには、私はパートナー。
今日から夫(仮)であるレイモンドのことをしっかり支えていかないと。
私が気合を入れ直していると、モゾり、と隣で何かが動いて──。
ギュッ──。
「っ!?」
いきなり腰のあたりに伸びてきた腕に抱きつかれた。
硬い筋肉質な腕が私の腰に回る。
レイモンド!?
え、ちょ、なにこれ!? 寝ぼけてる!?
ガウンを肌けさせ胸元を曝け出した状態で、私の腰に抱きついている私の好きな人であり夫(仮)であるレイモンド。
何なのこの色気は……!?
こんなレイモンド、私知らない。
「ちょっ、ちょっとレイモンド!! 起きて!! 起きなさい!!」
このままではいけないと肩を掴んで揺らすけれど、一向に起きる気配がない。
しかもこの男の身体、細いくせに意外と頑丈で、びくともしない。
チラリと覗く胸元の筋肉に、普段鍛えている逞しい身体だということを思い知らされる。
「っ……!! レイモンド起きて」
あまり大声を出しては人が来てしまうので、声のボリューム落とす。
「ん〜……ロザリア……。もっと」
何が!?
何がもっとなの!?
「レイモンドってば!!」
「ん? ん〜ふふふふ。仕方ないな、もっとしてやるよ」
だからもっとって何!?
何をしてくれようとしているの!?
不気味に笑いながら寝言を放つレイモンドに若干引きつつ、私は意を決して彼の鼻と口を塞ぐという強硬手段に出ることにした。
「……」
「……」
塞ぐこと数秒。
「っ……っはぁぁぁぁぁっ!!」
勢いよく息を吐きながら起き上がったレイモンド。
「やっと起きたわね」
「お、おま、殺す気か!?」
ゼェゼェと肩で息をしながら、必死に息を整えようとするレイモンドに、私は涼しげな顔で「寝ぼけて人に抱きつくあなたが悪いのよ」と言ってやった。
するとレイモンドの顔が一瞬にしてこれ以上ないほど赤く染まった。
「お、お前に!? お、俺が!? 抱き……抱きついた!?」
何動揺してるのこの人。
抱きついたくらいで。
レイモンドはとても人気がある。
誰にでも分け隔てなく接する気さくなその性格。
サラサラの金髪にサファイア色の瞳。
勉強もできるし剣術も強い、文武両道タイプ。
それはもう(黙っていれば)完璧な王太子様だ。
私以外には気さくで優しいから、彼を好きになる令嬢も多かったのよね。
にもかかわらずこの反応。
うぶなの?
「あ……あのさ。……俺、他にお前に何か言ったり……やったりとかは……」
気まずそうに未だ顔を赤くしながらレイモンドがたずねる。
「仕方ないな、もっとしてやるよ、って言ってたわね。あなたいったい何をしようとしてたの?」
私が先ほどレイモンドが言っていた寝言を教えてやると、レイモンドの顔の赤みが耳まで広がった。
「んなぁっ!? ち、違っ!! 淑女がそんな……そんなこと知る必要はない!!」
明らかに動揺した様子のレイモンド。
いや知る必要はないって……。
あなたが言ったんでしょうに。
「まぁいいわ。そろそろ起きて、朝食に行かないと」
言いながら私がベッドから出ようとすると「ちょっと待った!!」とレイモンドの焦ったような声に引き止められた。
「そ、その格好で出るな!!」
「へ? その格好って……」
私は自分の姿を見る。
ぁ……。
私が今着ているのは、初夜用の薄い下着のような寝巻きのみ。
「っ!!」
慌てて私はベッドへ戻ると、勢いよく布団を被った。
み、見られた?
いや昨夜も見てはいただろうけど、暗かったし……。
あぁもうなんなの本当!!
羞恥に布団の中で震えていると、すぐそばでレイモンドの声が聞こえた。
「朝食は部屋に運ばせるから、今日はここで食べろ」
「え? でも」
お飾り妻は食卓に出るなってこと?
昨日はパートナーだとか妻として尊重するとか言っておきながら!!
なんてやつなのレイモンド!!
私が布団の中で怒り狂っていると、もう一度彼の声が降ってくる。
「初夜の翌日に王太子妃が朝っぱらから元気一杯ピンピンしてたら怪しまれるだろ……言わせんなバカ」
あ……。
そういう……。
私がひょっこりと顔だけ布団から出すと、レイモンドはすでに着替え終わっていた。
「じゃ、今日は良い子でいろよ、奥さん?」
そう言ってニヤリと笑うとレイモンドは部屋から出ていった。
「〜〜〜〜〜〜っ!!」