ロザリアの花
翌日、朝食を済ませた私たちは荷造りを終えると、玄関ホールでお世話になったスチュリアス公爵家の方々へ別れの挨拶と感謝を述べた。
私たちは二日間の新婚旅行を終え、今日城へと帰る。
本当はもう少しゆっくりしたいのだけれど、仕事もたくさんあるし、そうは言ってられないのよね。
「王太子殿下、王太子妃殿下。またいつでもおいでください」
「ありがとう、公爵。世話になった。また折りを見て寄らせてくれ」
「ゼル、王太子妃殿下をしっかりとお守りしなさいね」
「はい、母上。命に代えても──」
「っ……!?」
昨日のゼルの言葉がよみがえって、また顔が熱くなるのを感じる。
落ち着いて私。
ゼルは下心なしで言ってるのよ!!
純粋無垢なゼルの言葉をそんな風に受け取っちゃダメよ!!
「では、また」
「お元気で」
すぐに気持ちを落ち着けて、私は微笑む。
そうして私たちは、スチュリアス公爵家を後にした。
『城に帰る前に、寄りたい場所がある』
出発前に突然真剣な表情でそう言われたけれど、どこにいくのかは全く見当もつかない。
さっきからレイモンドも黙ったままだし。
この領地に来てから隙あらば聖女のうんちくを披露しまくっていたくせに、何やら難しそうな顔をして外の景色を見ているだけ。
……気まずい。
いや、そもそも聖女の話以外で会話の進まない夫婦って何?
しばらくそんな気まずい雰囲気のまま馬車に揺られ、公爵家で持たせてもらったサンドウィッチを途中の平野でシートを敷いて食べ、それからまたしばらくいくと、馬車は王都の門の少し手前で停車した。
「ついたぞ」
そう言って私に手を差し出すレイモンド。
訳もわからないまま私は戸惑いながらその手を取った。
これは……塔?
大きな古びた塔が目の前にそびえ立っている。
「お前達はここで待っていてくれ」
「……わかりました」
ゼルとランガルを塔の出入り口に配置させると、レイモンドは私の手を取ったまま、暗い塔の中へと入っていった。
所々に開いたくり抜き窓から漏れ入る光を頼りに、薄暗い螺旋階段を2人で登っていく。
「足元、気をつけろよ」
「えぇ……」
時々気遣うように私を見るレイモンドに困惑しつつ、私は足を前へと進めていく。
1番上へとたどり着いて突き当たりの扉を開けると、暗かった塔内とは正反対のまぶしい光が迎えて、私は反動で目をぎゅっと瞑った。
薄目を開いてから徐々に光に慣れてきたところでゆっくりと目を開くと、目の前に広がる景色に私は言葉を失った。
空に囲まれた世界。
前の方に出て見下ろせば王都の門の内側がよく見える。
小さく動く人の群れ。
王都の市場かしら?
すごい賑わい……!!
「ロザリア」
背後でレイモンドの硬い声が私を呼んで振り返ると──。
──ふわり──。
私の視界は白で埋め尽くされた──。
「──ロザリアの花……?」
差し出されたのは私と同じ名前の花で作られた花束。
戸惑いながらもそれを受け取る。
とても綺麗……。
私の名前の由来になった花。
でも意図がわからない。
私がじっとレイモンドの言葉を待っていると、彼は少しだけ顔を赤らめてから口を開いた。
「この景色は──俺の守るものの一部だ。俺はあと数年もしないうちに王になる。父上の目のこともあるからな。……だが、1人では俺に全てを守るのは難しいだろう。だから……お前にも一緒に、同じ景色を見て、同じものを守っていってほしい。その……大変なことも多いのだろうと思うが……。改めて王太子妃として、未来の王妃として、そして俺の妻として、この国を一緒に守っていってくれ」
プロポーズと取るにはあまりに色気のない言葉。
だけど同志としてはこれ以上の言葉はない。
思い出すのは初夜の言葉。
私に、パートナーとして支えてほしいと言った言葉。
あぁそうか。
それがあなたの望む、私の役割なのね。
彼が私を信頼して国を一緒に守ってほしいと思ってくれるのなら、私はやって見せよう。
「もちろん、そのつもりよ。王太子妃として──次期王妃として、あなたを支えていくわ」
「む……妻としても、だ」
そこ重要なのかしら?
「……わかったわ」
いつかその肩書きが別の人のものになっても、国をよくすることには協力していきたい。
それが私とレイモンドを繋いでいてくれる気がするから。
彼の心が別にあったとしても、私が彼を思うことは、許されるわよね?
私たちはしばらく守るべきものを2人で見つめていた。
左手には花束を。
右手にはいつの間にか繋がれたレイモンドの手の温もりを感じながら、私は決意を新たにするのだった。




