あなただけを守り抜く──
私が帰ってすぐに、レイモンドもスチュリアス公爵家に帰ってきた。
何か色々言っていた気がするけれど、さっきのタルタの丘での事が頭から離れず、私の耳には一つも入ってはこなかった。
そのまま夕食をいただき、私たちはいつも通り一緒にベッドへと入った。
「……なぁ、何か怒ってるのか?」
流石にそう聞いてきたレイモンドだけれど、今日の私にはもう彼と話をする余裕がない。
今口を開いたらきっと、チクチクネチネチ言ってしまいそうだもの。
「別に、何でもないわ。ただ少し……疲れただけよ。おやすみなさい、レイモンド」
遠回しに拒絶するように無理矢理会話を終わらせると、私はレイモンドに背を向けたまま目を閉じた。
──しばらくしてレイモンドの規則正しい寝息が聞こえてきても、私は眠る事ができないでいた。
胸が痛い。
辛い。
気持ちが落ち着かない私は、屋敷の庭園で夜風に当たりながら頭を冷やそうと、1人部屋を抜け出した。
「!! 王太子妃殿下?」
「ゼル……」
夜間の護衛は別の騎士のはずだったけれど……なぜか近衛騎士と一緒にゼルが扉の前で待機していた。
一体いつ休んでいるのかしら、ゼルって。
仕事で来ているとはいえ一応自分の実家なのに、朝から晩まで私に付きっきりって……なんだか申し訳ないわ。
「ゼル、ちゃんと休んでる? 朝も護衛をしてくれていたし、夜ぐらいしっかり休まなきゃ」
私が心配になってそう言うと、ゼルは表情を変える事なく首を横に振った。
「いついかなる時も、あなたをお守りするのは、私の務めです」
「っ……!!」
甘い言葉に飢えている私には、今の言葉は刺激的すぎた。
鼻血出るかと思ったわ。
だめよ、ロザリア。
あなた一応王太子妃なんだから、そんなビジュアル崩壊は絶対に許されないわ。
「……眠れないの……ですか?」
「え、えぇ。……気分がすぐれないから、庭園で散歩でもしようと思って……」
下手に嘘をついてもゼルにはバレてしまうから、正直に白状する。
何を考えているかわからないような無表情を決め込んでいながら、昔から周りのことに関してすごく鋭いのよね、この人。
「……そう、ですか……。なら、私がお供します」
「え? いいわよ? レイモンドの護衛を──」
「私はあなたの護衛です。……あとは頼む。何かあれば知らせを」
「はっ!!」
「さ、いきましょうか」
「え、えぇ」
私はゼルに促されるまま、夜の庭園へと足を進めた。
スチュリアス公爵家の庭園は年中綺麗な薔薇が咲き乱れていて、いつ見てもとても彩り豊かだわ。
華やかな香りが時折夜風に紛れてとても気持ちが良い。
「相変わらず素敵ね、ここは」
「母の趣味ですから」
実はこの庭園、ゼルのお母様であるスチュリアス公爵夫人が自ら手入れしている、彼女のお気に入りの庭なのだ。
綺麗で優しくてお菓子作りも上手で、その上自分で薔薇まで育てられるって……理想すぎる。
「ふふっ。よくここで一緒にかくれんぼして遊んだわね」
「はい。ロザリアは──失礼、王太子妃殿下は、すぐに見つかっていましたね」
その当時のことを思い出したのか、僅かに頬を緩めるゼル。
なぜか私はゼルに勝てた事がないのよね。
私がどこに隠れてもすぐに見つけ出しちゃうし、隠れるのも上手いから、私はゼルを見つける事ができないまま、結局降参するパターンばかり。
意外と容赦ないゼルは手加減もしてくれなくて、私が「降参!!」って泣きつくまで隠れ続けてたわね。
「今ぐらいロザリアでいいのに」
昔は【ロザリア】って呼んでいたのが、私が婚約してからすぐに【クレンヒルド公爵令嬢】と呼ぶようになって、結婚したら【王太子妃殿下】になった。
距離が広がってしまった呼び名にどこか寂しさを覚えていながら、それは仕方がないということは、私はよくわかっている。
それでも、やっぱり寂しいものは寂しい。
「そういうわけには参りません。私はあなたの護衛騎士ですから」
全く、お堅いんだから。
でもそうね。
寂しいけれど、仕方がない。
私たちは、立場が変わってしまったのだから。
……もしも、私がレイモンドの婚約者にならなかったら、きっとゼルと結婚していただろう。
公爵家同士だし、幼馴染で気心も知った仲だし。
そうしたらもっと違ったのかしら。
こんなに苦しむことはなかった?
プロポーズもしてくれて。
「綺麗だ」って言ってくれて。
ちゃんとした夫婦に……なれたのかしら?
「……もしもゼルと婚約していたら、私、こんなに悩むことなく幸せになれたのかしら……」
出してはいけない言葉を口にしたと気づいた時にはもう手遅れだった。
目の前のゼルは驚きに満ちた表情のまま固まっている。
いつも何があっても顔には出さないあのゼルが。
「あ、ご、ごめんなさい!! 今のは──忘れてちょうだい」
慌てて取り繕う私だけど、それでも驚きの表情を1ミリも変えることなくゼルはその場に佇む。
「ぜ……ゼル?」
流石に動かないゼルに不安になって彼の名を呼ぶと、ゼルははっとしてすぐに表情をいつもの無表情に変えてから、眉にグッと力を入れて、ゆっくりと口を開いた。
「もしも──」
「え?」
「もしもそうであったなら──……私は命をかけて、あなただけを守り抜くでしょう」
真剣な赤い瞳が私を捉える。
夜風が髪をぬぐい、艶やかでサラサラの黒髪が闇に溶ける。
「そ……それ、今と同じじゃ……」
ゼルがあんまりにも真剣にそんな言葉を投げかけてくるものだから恥ずかしくなって、誤魔化すようにそう言うと、ゼルは少しだけ微笑んだ。
「そうですね。どちらにしても、大切なあなたをお守りする。それが昔から変わらぬ、私の生きる意味です。──ロザリア」
「っ……!!」
「さぁ、そろそろ部屋へ戻りましょう。夜風に当たりすぎては、風邪をひかれますよ」
再びキリッと表情を引き締めると、ゼルは私にその大きな手を差し出した。
「え……えぇ……」
私は差し出された手のひらに自分のそれを乗せると、ゼルはまた僅かに頬を緩め、私たちはお互いにそれ以上言葉を交わすことなく部屋へと戻った。
今が夜でよかった。
この顔にこもった熱が、誰にも気付かれずに済むから──。
ゼルは景華の推しだったりします(笑)
良いですよね、真面目で一途な護衛騎士( ´ ▽ ` )