痛む胸
タルタの丘についた時には、空はすでにオレンジ色に染まり、目の前では大きな夕日が輝いていた。
こんなに夕日が大きく感じられる場所は他にはない。
夕日の輝きが辺り一面の草花を覆い尽くし、まるで黄金に輝く自然の絨毯のよう。
思わずため息が出るほどに美しい光景が目の前に広がっている。
「素晴らしい景色だ……」
「えぇ、本当に……素敵だわ」
2人並んで見るその美しい景色に、胸が詰まりそうになる。
こんな美しい光の中で、聖女は王族にプロポーズされたのか……。
少し、羨ましいわ。
私はプロポーズなんてされたことがなかったもの。
「婚約してください」
「結婚してください」
そんな2つの言葉だって、私に与えられたことなんかない。
婚約は儀礼的に「ロザリア嬢との婚約を望む」という書面だけが公爵家に届き、親たちの間で話が進み、教会で2人揃って婚約のサインをしただけ。
そのままズルズルと予定通りの年齢の時、予定通りの場所で結婚した。
結婚式もアレだし……。
はぁ……こんな素敵な場所で好きな人からプロポーズされたなら、どんなに幸せだろう。
つい、叶わない夢を見てしまいそうになる。
「……なぁ」
「何?」
「ここの伝説、お前知ってるか?」
「……えぇ。聖女が王族にプロポーズされた場所、でしょう?」
知らないはずないでしょうに。
だってこれ、聞きもしないのにレイモンドが勝手に話して聞かせた聖女伝説の一つだもの。
話した本人は忘れてるみたいだけれど。
「あぁそうだ。……プロポーズした王族は、どんな気持ちだっただろうな? 聖女様に受け入れてもらえてさ。聖女様と思いが通じ合って、言葉では言い表せないほどに幸せに満ちたんだろうなぁ……」
夕日を見上げながらレイモンドがしみじみと言葉を紡ぐ。
穏やかな表情ながら少しだけ影が堕ちた端正な顔に、私は思わず見入ってしまう。
「──俺も、そんな気持ち味わってみたかった。同じ王族なのにな……」
ぽつりと呟かれた言葉に、私の心がピシリと凍りついた。
それは──どういうこと?
同じ王族なのになんで自分には聖女と思いを通じ合う機会が与えられなかったんだ。
そう言っているように感じられて、金色だった一面が一瞬にして色を無くした。
「……そんなこと……私に聞かないでちょうだい……」
だめ。
泣きそう。
鼻の奥がツンとして、堰き止めているのがやっと。
「気分が悪いわ。私、先にスチュリアス公爵家に帰るわね」
「は!? お、おい!!」
「ゼル、あなたの馬に乗せてちょうだい」
私の背後で護衛をしていたゼルに声をかけると、ゼルは私を見た後、一瞬だけ眉を顰めてから無言で頷き、私を馬へと乗せ、手綱を握った。
「おいロザリア!?」
「レイモンド、あなたはもう少しここを堪能して帰るといいわ。ランガル、レイモンドをお願いね」
「は、はい!!」
私はレイモンドの護衛騎士ランガルに全てを任せてから、痛む胸を抑えながらゼルとともにスチュリアス公爵家へと帰還した。
レイモンドの──バカ……。
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