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恋ってなんて厄介なのかしら


 目の前に広がるキラキラと光る水面。

 湖のほとりは緑に覆われて、とても爽やかな風に凪いでいる。


 とっても素敵な場所だわ……。

 見ているだけで心が洗われるみたい。


 チラリと隣を横目で見てみれば、レイモンドも湖と同じくらい目をキラキラさせて、目の前の美しい景色を堪能していた。

 レイモンドは今何を考えているのかしら。

 仕事のこと?

 やっぱり聖女のこと?

 それとも……。


 私のことを……少しでも考えてくれているのかしら?


 一応、い・ち・お・う、新婚旅行なのよね。

 昨夜も仕事の話をして、同じベッドで寝て、眠っていつも通りだったけれど。

 本当ならきっと、甘いひとときの一つや二つあるのよね。

 【普通の】結婚ならば……。


 そう考えると、少し胸がチクリと傷んだ。


「ロザリア」

「何?」

「綺麗だな」

「え!?」


 穏やかな瞳で私を見つめながら発せられた突然の一言に、思わず思考が停止する。

 綺麗って……そんな……それって──!!

 だんだんと顔に熱が集まってくる。

 な、何か、何か返さないと。

 そう思った矢先──。


「さすが聖女様が水浴びをなさった湖だ!!」

「……」

「見てみろこの透き通った水!! きっと聖女様の肌もこのように透き通った肌をされていたんだ!! それは美しかったに違いない!! その上、ただの湖の水を聖水にまで変えられるなんて……やはり聖女様は素晴らしい!!」

「……」


 期待って、なんだっけ。

 そんなことすら忘れそうになって、私は遠くを見つめる。


「なぁロザリア、一緒に水浴びでも──」

「しません!!」


 私をいくつだと思ってるのかしら!?

 同性で歳の大きく離れた友達か何かと勘違いしてるんじゃない!?

 第一、昔ここでやらかしたこと忘れたのかしら?

 いや、忘れたと言うよりは、大して大ごとには考えていなかったんでしょうね。

 被害者はいつまでも悲しかったことって忘れないけど、加害者は自分がしたことが悪いこととは思わなくてすぐ忘れるって言うものね。

 はぁ……初っ端からこれで大丈夫なのかしら……。


「私、少し疲れたから、先に木陰で休んでるわね」

「ん? あぁ、大丈夫か?」

「平気よ。少し頭痛がするだけだから」

 それも原因はあなただけどね!!

 とは言わない私。偉い。

 きっと今までの私なら、もう少しツンツン言い返して喧嘩になっていたでしょうけど。

 あの初夜から、もうそれすら無駄なんじゃないかって思えてきたのよね。

 極力心乱されることなく、離縁の時までレイモンドの仕事のパートナーとして過ごしたい。

 まぁそれでも私だって人間だし、悲しかったり辛かったりイライラしたりはするのは許して欲しいわ。


「そうか? なら俺は少し足を浸してからいくから、休んでいろ。ゼル、頼む」

「はい。いきましょう、王太子妃殿下」

「えぇ」

 私は膝丈の旅行用ワンピースを翻して、すぐそこの木の下にセッティングされたシートの上へと移動する。


「……ふぅ……」

 あぁ、思わず息が漏れてしまったわ。

 ふと視線をさっきまでいた湖のほとりへと移すと、湖の水に嬉しそうに足をつけるレイモンドの姿が……。

 その姿はさながら尻尾をブンブン振って喜ぶ子犬のようね。

 聖女が浸かった水に浸かれてさぞ満足でしょうよ。

 私はなんだか一気に疲れたわ。


「……大丈夫ですか?」

 低く落ち着いた声が背後から遠慮がちにかけられる。


 珍しい。

 真面目なゼルが職務中に自分から話しかけてくるなんて。

 私、そんなにひどい顔してたのかしら。


「大丈夫よ。……いつものことだもの」

「……」

「……うそ。少し、胸が痛いわ。だって、私、あんなふうに綺麗だとか美しいとか、言われたことないもの」


 結婚式の日だって、私の姿を見てすぐにレイモンドは目をそらした。

 「綺麗だ」って、「美しい」って言って欲しかった。

 ただ何も言われることなく始まり終わった結婚式。

 所詮私は、そんなものなのよね。


「でも、気にしちゃダメよね。私がすべきことは、来るべき時まで、立派にレイモンドを支え、国を良くすることだもの。だから……大丈夫よ」

 そう言って私はゼルに精一杯笑ってみせる。


 視線の先のレイモンドが私に気づいてニカッと笑って手をあげる。

 私もそれに応えるように、小さく手を上げ返す。


 こんな少しのコンタクトでも嬉しくなってしまうなんて。


 恋ってなんて──厄介なのかしら────?


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