新婚旅行のお誘い
「──新婚旅行?」
ベッドの背もたれにもたれかかりながら本を読んでいた私は、先ほど繰り出された話に言葉を返す。
いつの間にか毎晩寝るまでの間、一日の出来事や仕事のこと、他愛のない話をしてから眠るという習慣が出来上がっていた私たち。
今日も今日とて、私は背もたれにもたれて本をめくりながら、そしてレイモンドはサイドテーブルのレモン水を飲みながら、私に背を向けて話をしていた。
そんな彼から出た、絶対に彼の口から出ることがないと思っていた【新婚旅行】という言葉に、私は驚き、思わず読んでいた本をパタンと閉じた。
「あぁ。ゼルの実家……スチュリアス公爵家の領地にな」
「ゼルの?」
スチュリアス公爵領には、小さなころはよく行っていた。
同じ公爵家同士で、ゼルとも仲が良かったから。
それに、同じく幼馴染でもあったレイモンドが、やたらと私をスチュリアス公爵領へと連れていったから。
「今度あそこに、総合治療院を建設することにしてたろ? その視察も兼ねてになるが、王太子夫妻の新婚旅行はどうなっているのか、と、国民からも問い合わせが来ているみたいだったからな。せっかくだから、視察を兼ねて新婚旅行でも、って思ったんだ」
あぁ、ついでか。
なるほど。
スチュリアス公爵領は普通の新婚夫婦には大人気の新婚旅行先だ。
緑豊かで空気が美味しい。
それに何より──。
「それになんと言ってもあそこは昔、聖女様が現れた神聖な場所だからな。縁起も良さそうだ」
「……」
そう。
ゼルの実家スチュリアス公爵領は、その昔、聖女が現れたと言われる神聖な場所だ。
初めて聖女が異世界から現れ、当時争いが絶えず混沌としていたこの世界に祝福の祈りを送り、平和をもたらした。
そしてその聖女は、そのままこの国の王族と結婚し、国に安寧をもたらしたと伝えられている。
レイモンドはその子孫。
彼が聖女に憧れるのは、偉大な先祖の英雄譚をきいて育ったからこそでもあるんだろうと思う。
「小さい頃お前とよく行ったろ?」
「えぇ、そうね」
聖地巡礼の如くあなたに連れまわされ、嫌と言うほど聖女話を聞かされたわね。
あまり思い出したくないわ。
なんならゼルと一緒に遊んでた方がよほど有意義だったわよ。
そんな言葉が喉まで出かかったのをすんでのところで押し留めると、レイモンドは突然私の方を見てから、照れ臭そうに続けた。
「お前と、また二人で行きたかったんだ。ずっと……」
私と……二人で……?
そんな風に思ってくれてたんだ……。
少しだけ、荒んだ心が暖かくなる。
そうね、場所はどうであれ、二人で行きたかったって思ってくれてる。
あのレイモンドが、他でもない私と。
その気持ちがなんだかとても嬉しい。
「レイモンド……嬉しいわ。ありがとう」
私が心に溢れた気持ちを素直に言葉にすると、レイモンドは一瞬にしてその端正な顔を真っ赤に染め上げた。
そして──。
「ま、まぁ、優しくて穏やかで清楚な聖女様のご利益があれば、お前のその強い性格も直って、ちょっとは可愛らしく大人しい可憐な女になるだろうからな!! はは、はは……」
なんて言いやがった。
……失礼。
おっしゃりやがった。
「……そう……そうね」
私は低く呟くと、本を置いて私側のローテーブルにあるライトを消してベッドに沈んだ。
「お、おい!? 暗い!! おいロザリア!? おーい!!」
何か叫んでいるけれど、私の知ったことじゃない。
レイモンドの馬鹿!!
やっぱりヘタモンドでした(^◇^;)