虚しい結婚式と迎えなかった初夜
皆様の応援のおかげでNovelスピラ様より書籍発売しました!!
Webからかなり変わり、かなり加筆し、バトルも組み込まれ、カッコイイロザリアとレイモンドになっておりますし、アリサについても掘り下げて加筆しております。よろしければお手に取っていただけるとうれしいです!!
「聖女不在による仮初め婚なのに、不器用な王太子に溺愛されています」
アマゾン↓(紙書籍、電子書籍)
https://www.amazon.co.jp/dp/4910617132
「なんで……何で……何で結婚しちゃったのよぉーーっっ!!」
だだっ広く薄暗い部屋に、私の声が木霊する。
私、ロザリア・クレンヒルドは今日、この国の王太子であり、幼馴染でもあるレイモンド・フォン・セントグリアと結婚式を挙げた。
荘厳な歴史ある大教会で。
レースをふんだんに使い煌びやかな宝石が散りばめられた美しいドレスを纏い。
代々王太子妃が受け継いできたという小ぶりのティアラを頭上に飾り。
結婚式であるにもかかわらず眉間に皺を寄せ難しそうな表情を浮かべた自分の旦那となる男へと、【一方的な】永遠の愛を誓った。
誓いのキスをするとなった時、彼は言った。
「王太子妃は恥ずかしがり屋なんだ。ここでは勘弁してやってくれ」
まるで私を気遣うような言葉に、祭司も、そして国王陛下、王妃様も「可愛らしい夫婦の誕生だ」と微笑ましく頷いた。
が、騙されてはいけない。
この男はただ私とキスしたくないだけなんだから。
その後も結婚式はつつがなく執り行われた。
そして今、私たちの初夜を行うために、私は侍女たちに身体を磨きあげられ、薄い寝巻きに着替え、両手で自分の腕を抱えながら一人、彼の訪れを待っている。
「まさかこのまま結婚するまでに至ってしまうなんて……」
私は、自分がレイモンドと結婚する運命にないことを知っていた。
私には幼い頃から前世の記憶がある。
日本という島国で、普通の家庭に生まれ、普通に育ち、就職し、ある日突然事故で死んだ。
──ような気がする。
もうあまり覚えていないけれど、一つだけはっきりと覚えている。
前世の私が好きだった本。
その本に出てくるヒーローこそが、今日夫となったレイモンドだ。
そして、ヒロインは私──ロザリアではなく、後に聖女として異世界から転移してくる少女アリサ。
もともと聖女伝説を崇拝し、聖女に憧れを抱いていたレイモンドは、突然現れた聖女アリサに心を移してしまう。
ロザリアはレイモンドの婚約者で、性格はキツく傲慢な悪役令嬢。
レイモンドと仲良くなっていくアリサを見て、アリサにかなり辛く当たる役どころだ。
そんな彼女は、最後は身に覚えのない罪まで着せられて断罪され、婚約を破棄され追放されてしまうのだ。
これ、ヒロイン側からは素敵な王子様に見初められたうえ、傲慢な悪役令嬢も追放してくれてハッピーなんだけど、ロザリア側からしたらとんでもない話よね。
まぁ、あの本のロザリアにはやり過ぎた部分はあったけれど……。
紅茶の味が薄いからと侍女に体罰を行ったり、レイモンドが令嬢の落としたハンカチを拾ってあげただけでも、その令嬢を敵視し裏でこそこそと陰湿ないじめを行った。
もちろん私はそんなことはしていない。
そんなことをしても自分の立場が悪くなるだけだということはわかっているもの。みすみす破滅への道を進もうとは思わない。
初めは私がそんなロザリアだなんて、そして婚約者があのレイモンドだなんて信じられなかった。
だけど実際、レイモンドは幼い頃からよく聖女の話を私に聞かせた。
きっと聖女は透き通るように白い肌をしている。
きっと聖女は小鳥のさえずりのように愛らしい声をしている。
きっと聖女は──。
物語を知ってはいても、レイモンドのことを好きになってしまっていた私には、ただただそれが苦痛で仕方がなかった。
「そんなに聖女が良いのでしたら、聖女と婚約したらいかが?」
一度、どうしても我慢ができなくて、そんなことを言ってしまったことがあった。
すると彼はあろうことかこう言ったのだ。
「あぁ……。もし聖女がいたならな」と。
完全に崩れ去ったレイモンドへの恋心。
それ以来、顔を合わせるたびに喧嘩腰で話をしてしまう。
周囲の人間は皆、喧嘩するほど仲がいいのだと微笑ましそうに言っているけれど、そんな簡単な問題ではなかった。
これでいい。
このまま不仲でいられたならば、縋ることなく円満に婚約破棄に至ることができるだろうと、そう思っていたのに。
──とうとう結婚式のその日まで、聖女が現れることはなかった。
かちゃり、と小さく無機質な扉が開く音が響いて、上質そうな黒のガウンを羽織ったレイモンドが入ってきた。
薄暗い部屋に彼のサラサラの金髪が揺れる。
「待たせた。ロザリア」
「い、いいえ……」
「……はぁ……。……安心しろ。俺がお前と初夜を行うことはない。形式だけだ」
ふいっと顔を背けてからぶっきらぼうにレイモンドが言って、その言葉に私の心が大きく軋む。
初夜を行わない?
形式……だけ?
私がどんな思いでここで待っていたのか、この人はわかっているのかしら。
──あぁ。
お飾りの妻、ということね。
きっと今後聖女が現れた時に、その聖女を娶り、世継ぎを作るつもりなのね。
私はそれまでのつなぎ、か。
「そうね。あなたは聖女を待ってるんだものね」
レイモンドの顔を見ることなくそう言うと、レイモンドは勢いよく私の方を向き、声を上げた。
「はぁ? 何でそうなるんだよ」
「もういいわ。寝ましょ」
レイモンドの言葉を一蹴して、私は大きなベッドの右端に転がった。
ずっと考えてるのも疲れるもの。
早く寝てしまったほうがいいわ。
「おいロザリア」
言いながら私を追うようにベッドに侵入するレイモンド。
そしてあろうことか私の方へと肩が触れそうなほどに近づいてきた。
はぁっ!?
なんで寄ってくるの!?
さっき初夜しないって宣言したばかりでしょこの男!!
「ちょ、ちょっと、近寄らないで!!」
「いや、いいから人の話を聞け」
レイモンドが真剣な表情で、転がったまま私の手を掴む。
「初夜を行うことはない、が、結婚したからにはお前が俺の妻だ。お前を敬い、お前を思い、支え守ることを誓おう。だから、その……俺を夫として見なくてもいい。だがパートナーとして、共にこの国を良くしていってほしい」
嘘偽りのないようなレイモンドの真剣な瞳を見て、私は再び視線を逸らす。
なんなのよ、この男……。
思いが捨てきれていない私にその言い方は……ずるいわ。
「わかってるわ……、そんなこと──」
小さく詰まりそうな声で返した私に、彼ははぁ、とため息だけついて、少し身体を離してから私とは反対の方向を向いて、私たちは互いに眠りについた。