3>>[解放]の時
ロメロは父を、そしてアメリアを睨んだ。
「私が健康になった?
それがアメリアのお陰だとどう証明するんだ!? もしかしたら成長した事で体が変化したからかもしれないじゃないか?! 他の要因かもしれない!?
アメリアの力がネックレスを通して私に流れる? それを本当にしていたのかを、どうやって証明するんだ!? それがアメリアの妄言じゃないとどうして言えるんだ!?
現に当人である私がネックレスから何かが流れ込んで来たなんて感覚を覚えた事が無い! それなのに、どうやってアメリアの言い分が正しいと言えるんだ!!
父上も母様も騙されているんだ!!
アメリアには回復魔法の力があるのかもしれない。だが、だからと言って俺を婚約者になってからずっとその力で助けていたなんてどう証明する!? 俺は何も感じた事が無い! それなのにアメリアが力を注いでいたなんて信じられる訳がない!!!」
憎悪を浮べた目で睨まれてアメリアはただただ悲しげに瞳を揺らした。
恩人であるアメリアを睨みつける息子を苦しげに見つめたギルディエル侯爵はどうすれば息子を説得出来るのかもう分からなくなっていた。自然に浅くなる息を隠して息子に問いかける。
「…では……逆に聞くが、アメリア嬢の力のお陰では無いと、お前はどう証明するんだ……」
そんな父の問いかけにロメロは口元を皮肉げに歪めて笑う。
「それこそ、当人の私自身がその証拠だ。私はアメリアの力なんて感じた事が無い。私は私自身で生きている。
もし万が一、……アメリアの回復の力が私に何か作用していたとしても……もう私が子供だった時とは違う。時は流れ、回復魔法の種類も増え、医学の進歩も期待できると聞いている。
……昔とは違うんですよ、父上。
アメリアの“証明出来ない力”などに縋って、家格の釣り合わない者を侯爵家に入れようなどと酔狂な事は、終わりにしましょう」
きっぱりと言うロメロにギルディエル侯爵は目眩がした。
ロメロとアメリアの婚約は侯爵家が無理矢理頼み込んで結んだものだ。それを『家格が釣り合わない』などと言うなど……
ギルディエル侯爵はアメリアに申し訳なくなった。
妻は既に泣いていた。息子の為に奔走し、息子の為を思ってしてきた事を当の本人から否定される。あまつさえ『両親は詐欺師に騙されている』かの様な言い草だ。
アメリアに感謝して生きてくれと願った事が逆にロメロには重荷になり、その事がロメロのアメリアへの不信感を募らせる結果になってしまったのかと一気に後悔が押し寄せる。
「……すまない……
すまない、アメリア嬢……」
謝罪の言葉がギルディエル侯爵の口から自然に漏れてしまう。
それを聞いたロメロは不快感を顕にし、アメリアは悲しそうに微笑んだ。
「父上はどうしてそんなにアメリアを信じているのですか……
それじゃぁもう、ある種の信仰だ……
洗脳でもされているのですか?」
「お前っ!?」
嫌悪感に歪んだ顔でそう言ったロメロにギルディエル侯爵は怒りに顔を歪めてロメロを睨んだ。
ギルディエル侯爵が息子をまた殴りそうになった時、それまで黙っていたアメリアが口を開いた。
「……わたくしは随分とロメロ様に嫌われていたのですね……」
そう言って悲しそうに微笑んだアメリアがロメロに向き合う様に姿勢を正した。
「力の証明をするのは簡単ですが、ロメロ様が求める“長期に渡ってネックレスからロメロ様へ向けて力を使っていた”事を証明する事は出来ません。
一度止めて様子を見る事は可能ですが……そんな手間を掛けたくもないのですよね?」
アメリアはそう言いながらシンシアに視線を向けた。
その視線にシンシアはビクリと怯えた様に肩をすくめ。ロメロはそんなシンシアを守る様にその肩を抱いた。
目の前に婚約者がいるのにそんな堂々と不貞行為をして見せるロメロにアメリアは困った様に眉尻を下げ、ギルディエル侯爵は眉間にシワを寄せた。
「当然だ。
そんな無駄な事をする必要は無い。
お前はそう言いながらズルズルと私との婚約関係を引き延ばそうと考えているのだろうが、その手には乗らない。
お前は自分の婚期を心配しているのかもしれないが、それは侯爵家を騙したお前のせい」
「まだ言うかお前はっ!!」
ギルディエル侯爵が怒鳴ってロメロの話を遮ったが、アメリアはもう今更という感じで困った様に笑った。
「侯爵様、わたくしは気にしておりませんわ。
ロメロ様の信頼を掴む事の出来なかったわたくしの落ち度です」
「アメリア嬢……」
「ここまで不信感を持たれてしまっては、今更わたくしが信じて欲しいと伝えたところで逆効果でしょう」
「しかし……っ!」
「侯爵様……
わたくし思いましたの。先程ロメロ様がおっしゃった様に昔と違って回復魔法や医術も変化しております。当時はわたくしの力しかロメロ様を癒せなかったかもしれませんが、今探せば違うかもしれません。
どうやらロメロ様は想い人が居られる様ですし、わたくしが無理にロメロ様のお側にいるのも、ロメロ様の心の平穏には障害でしかないのかもしれません……
わたくしも憎まれている相手の側に居たいとは思いません。
侯爵様……申し訳ありませんが
わたくしを解放してくださいませんか?」
頭を下げたアメリアにギルディエル侯爵よりも先にロメロが口を開いた。
「フンッ、何を被害者の様な言い方をしている。解放されたいのはこちらの方だ。
お前を詐欺罪で訴えてもいいんだぞ」
そんな事を言うロメロにギルディエル侯爵はテーブルを叩いて黙らせる。
「お前はもう黙れっ!! お前とアメリア嬢の婚約は、お前がどう思おうとこちらからお願いして結んだものだ!
こちらが頭を下げる事はあれど、詐欺などと冤罪をでっち上げる立場になど無い!!」
「っ……」
息子を怒鳴りつけた侯爵が歯を食いしばって涙を流している事に気付いたロメロは流石に口を閉ざした。
シンシアも青褪めてただロメロの手を両手で握り締める。
そんなロメロとシンシアを悲しげに見つめてアメリアはソファーから立ち上がった。
「……それでは、わたくしとロメロ様の婚約は解消という事で話を進めましょう。わたくしは直ぐに帰り、父に報告しに参ります。後の事は当主同士で話し合いをお願い致します」
そう言ってアメリアはギルディエル侯爵夫妻に向かってカーテシーをした。
部屋から出る間際、アメリアは一度立ち止まり、ロメロを振り返る。
アメリアを最後までずっと睨んでいたロメロと視線を合わせた。
「……婚約を解消しましたら、もう二度と同じ様には出来ません。
わたくしにも人生がございますので……
ロメロ様も後悔、御座いませんね?」
そう言ったアメリアをロメロは鼻で笑う。
「なぜ私が後悔などしなければいけないんだ。このシンシアと一緒になれる。それだけでお前に長年支配されていた苦痛から解き放たれるんだ。
喜びしかないさ」
ロメロの言葉にアメリアは悲しげに微笑んだ。
「そうですか……
それは、良う御座いました……」
そしてその日の内に、ロメロとアメリアの婚約は解消となった。