2>>確証のない事など無意味だ!
学園も卒業を間近に控え、ロメロ18歳、アメリア21歳の、本来ならば婚姻式に向けて動き出していなければならない時に。
ロメロはシンシアを連れて両親とアメリアの前に居た。
ロメロの父、ギルディエル侯爵当主が青くなった顔のこめかみ部分を手で押さえながらあり得ない言葉を吐いた息子に聞き返した。
「……婚約解消と、聞こえたが……聞き間違いではないな?」
「はい。聞き間違いではありません。
私はアメリアとの婚約を解消し、真に愛するこのシンシアと結婚します」
ロメロは真剣な目を父に向けて、自分の隣に座っているシンシアの手を握った。
ロメロの手を握り返してシンシアも真剣な表情で自分たちの前に座るギルディエル侯爵夫妻とその横の一人掛けソファーに座るアメリアを見た。
何も間違った事などしていないといった顔で真剣に訴えてくるロメロとシンシアにギルディエル侯爵夫妻は青褪め、アメリアは不安げな…心配げな表情を浮かべていた。
「お前は……」
絞り出す様な声を出しながらギルディエル侯爵がロメロを睨んだ。
「お前は今まで私達の言葉を何一つ聞いていなかったのか?!」
ダンッ! とギルディエル侯爵がソファーの間に置かれていたローテーブルを叩いた。
ビクリとロメロとシンシアの肩が揺れる。
「お前はアメリア嬢に助けられていると言い聞かせてきただろう!!
今のお前があるのは彼女のお陰なんだ!! そんな彼女を捨ててそこの令嬢と一緒になるだと?!
何を考えているんだ!?!」
大声で叱られた言葉にロメロはただただ眉間にシワを寄せ、シンシアは自分が新しい婚約者になったら喜ばれる事はあれど怒られる事などある訳がないと思っていたのでこれでもかと言う程に目を見開いて驚いた。
「……何が彼女のお陰だ……」
「何?」
父親を睨みながら呟かれた言葉にギルディエル侯爵は聞き返した。そんな父にロメロは反撃とばかりに立ち上がって叫んだ。
「アメリアが私に何をしてくれてたと言うんだ!?! 私は彼女に何かされた覚えはない!!
何かにつけて彼女のお陰だ彼女が助けてくれたと言うが、それは昔の事じゃないのか!! そんな記憶にも無い事を恩着せがましく言われ続けてもううんざりなんだよ!!
私の身体は私が一番分かっている!! 健康そのものだ!! 私が小さな風邪すら引いた事が無いことぐらい父上たちだって知ってるだろ?!」
「それはアメリア嬢の力がっ」
「それをどう証明するんだよ!? いつアメリアが助けてくれた?!
アメリアと四六時中一緒に居た訳でもないのに、私が今健康な事が、何故アメリアのお陰になるんだ!! それこそアメリアが勝手に恩を着せてきているだけじゃないのか!!!」
ロメロは親の敵かの様にアメリアを睨んだ。
その剣幕にアメリアが怯えて怯む。それを見たロメロが嫌悪感を顕にした顔で口元に小さな笑みを作った。
「その反応……やはり“嘘”なんだろうアメリア。
お前は何もしていない。
私の両親が勝手に勘違いしただけ……そうなんだろう?」
そう言われてアメリアは少しだけ悲しげに眉を下げた。
「わたくしはずっと昔からこのネックレスを通してロメロ様に力を注いでおりました。ロメロ様も常に着けているそのネックレスと同じ物です」
そう言ってアメリアは首に下げていたネックレスを外から見える様に取り出し、ロメロたちに見せた。
それを見た瞬間、ロメロは嫌そうに顔を顰めて自分が着けていたネックレスを引きちぎって捨てた。
「あ……」
と、小さな声がアメリアから漏れる。
ロメロの両親は驚愕して一瞬息を止めた。
そんな事などお構いなしにロメロはアメリアを睨みつける。
「お前とお揃いなのだと知っていたら、こんな物もっと早くに捨てていたのに」
毒づいたロメロにアメリアは困った様に微笑んだ。
その顔が“大人が子供をたしなめる時の表情”の様でロメロの怒りを誘う。
「その顔だ! そういう人を馬鹿にした表情が嫌いだった!!
いつまで姉のつもりでいる!?
人をいつまで見下す気だ!!
侯爵家を騙して婚約者の座に居座っていたお前など本来ならば刑に処されるんだぞ!! それを恩情で婚約解消だけで終わらせてやると言っているんだ!! お前は逆らわずに婚約解消に同意しろ!!」
「ロメロっ!!!」
息子のあまりの言い分にギルディエル侯爵当主は我慢出来ずにソファーから立ち上がるとロメロを殴った。
「ぐっっ?!?」
「きゃぁ!?」
ロメロは呻き、シンシアは悲鳴を上げた。
アメリアは悲しげに目を伏せた。
「お前は自分が覚えていないだけで何故そうもアメリア嬢を責められるんだ!?
お前が彼女に救われたのは事実だ!! それは私たちや関わった者たちが知っている!
お前は生まれた時から身体が弱かった。回復魔法を掛けて貰っても医術に頼ってもずっと病弱で、二十歳までは生きられないとまで言われたのだ……
しかし領地が隣という事でアメリア嬢とお前が会う事になり、その時のお前を不憫に思ったアメリア嬢がその力を使ってくれたんだ。
あの時の喜びは今でも忘れない……
お前の生まれた時から青白かった肌に赤みが差し、お前は走り回れる程になった。
しかし半年もすればまたお前は体調を崩しだした。私達は直ぐ様アメリア嬢を頼った。
その時アメリア嬢には婚約話が持ち上がっていたんだ。弱ったお前を見たアメリア嬢の両親が『今はアメリアの力を頼っても構わないが、娘に婚約者が出来たらあまりそんな事も出来なくなる。娘はただの令嬢なのです』と言ったんだ。お前をずっとは助けられないと……
年下だろうと婚約者以外の令息と個人的に会わせるのはアメリア嬢の婚約者となる相手に悪いからとそれとなく釘を刺されてしまったのだ。
婚約が決まり、相手の家との関係が始まれば『回復士の真似事』は出来なくなるとな……
私達は焦った。
お前が生まれて初めて見つけた“お前を助けてくれる存在”だったのだ。他を当たれと言われても、もう頼れる場所は頼り尽くした後だったのだ……私達にはアメリア嬢の力しか頼れるものが無かったのだ……っ!
私は侯爵家としてアメリア嬢とお前の婚約を結んだ。持参金も何も要らないからロメロを助けて欲しいと頼み込んだっ!!
アメリア嬢の両親は最後まで不満そうではあったが、アメリア嬢は引き受けてくれた。そうして、お前の為に力を使ってくれた。
私達はお前の不調を軽くでも治してくれればと思っていたが、アメリア嬢は婚約者になるならばと、お前に常に自分の力を注いで身体を維持してくれる方法を考えてくれた。
お前に肌身離さず身に着けろとネックレスを持たせてからはお前は驚く程に元気になっていった。
そのネックレスはアメリア嬢から話を聞いて特別に作らせた物だ。共有する石から離れていてもお前にアメリア嬢の力が流れる。だからお前は健康を維持していたんだ。
私もお前の母も最初はお前が普通に生き、最低限の生活が出来ればいいと思っていた。
だが、実際はどうだ?
お前は走り回る事ができる様になり、剣を振り、馬を乗り回せるまでになった。
全てはアメリア嬢のお陰なんだ………」
侯爵の長い話をみんな真剣に聞いていた。ロメロとシンシアは初めて聞かされる話に驚愕し、時々口を開くもののギルディエル侯爵の苦悩を浮かべた表情に気圧されて口を挟む事が出来なかった。
侯爵が頭を抱えながら言葉を切った事でロメロはやっと声を出す事が出来る様になった。
父の話を聞いてもその顔に浮かべるのは忌々しげな表情で、ギリッと奥歯がなる程に一度歯を食いしばると、ロメロはシンシアに寄り添い、その手を握り締めて父を睨んだ。
「……そ、そんな事っ、分からないじゃないか!!」