13>>アメリア
父からの手紙を読み終えたアメリアは小さな溜め息を吐いて手紙をテーブルに置いた。
「……ロメロ様を助ける新しい回復魔法も医術も、見つからなかったのね……」
アメリアはロメロが言った言葉を思い出していた。
──もう私が子供だった時とは違う。時は流れ、回復魔法の種類も増え、医学の進歩も期待できると聞いている。……昔とは違うんですよ──
アメリアもそうであれば良いと思った。
それが自分の罪悪感を軽くする為のやましい気持ちからくる期待だと分かってはいても、だからと言って犯罪者を見る様な目で見てくる相手に気を使ってまでこちらが歩み寄る必要性を感じなかった……
ロメロが小さな子供であれば、手を噛まれていてもその手を離す事はなかっただろう……
でももうロメロは成人だった。
自分で考え、自分で選択する一人の男となっていた。
情だけで手を差し伸べる時間はもう終わったのだ……
目の前で愛する女性と抱き合う男の為だけにアメリアが人生を差し出す意味を、アメリアは見出す事はできなかった。
ロメロが先にアメリアを否定したのだ。ならもうアメリアに“ロメロの面倒をみる”責任はなくなったのではないだろうか。
そもそも“無かったはずの責任”だ。
邪険にされてまで、アメリアが我慢してまで、背負うものでは無いはずなのだ。
「……後悔は……しないわ……
わたくしだって……ずっとしたい事があったのだから…………」
──追い払ったのは貴方よ、ロメロ……──
アメリアはずっと自分にまとわりつく後悔と罪悪感を振り払う様に目を閉じた。
きっとこの気持ちは生涯消えないだろうとアメリアは思う。
時々夢に見る昔の思い出。
小さな、同い年の子よりも細く小さかったロメロ。
自分を姉の様に慕ってくるそのはにかんだ笑顔が好きだった。
婚約者になったからこそ自分の力を最大限に使ってロメロを助けたが、婚約者になってしまった所為で関係が拗れてしまったのかもしれない。
ロメロもアメリアも、互いに相手に恋愛感情を持てなかった。その差が亀裂となって、修復も出来ない程の溝となった……
──どんな関係だったのなら……みんな幸せになれたのかしら…………──
アメリアは答えの出ないそれをただ切れない糸の様に時々指に絡めては考える。
そしてその都度思うのだ。
──回復魔法を持って生まれただけのわたくしが、人の命をどうこうできると思うことこそが傲慢よね……──
アメリアは所詮『ただの人』なのだ。
ロメロの命の責任まで押し付けられても困るのだ。
アメリアは、
“目の前で求める人に対して最大限に力を使う”。
そんな事しかできない、ちっぽけな人間なんだと、アメリアは何度も自覚するのだった……
◇ ◇ ◇
教会所属の回復魔法士は、主に貧困層を相手にしている。
民間や国所属の回復魔法士がそれ相応の対価を求めるのに対して聖職者である回復魔法士は対価を求めない。
貴族を治した時にはそれ相応のお礼金を貰うが、基本は無料で奉仕して、教会からは少しばかりの給金を貰う。
民間の回復魔法士からすればそれは狂気の沙汰らしいが、その代わりに教会所属となれば国境が無くなる。願えばどこにでも行けるのだ。
アメリアは自ら率先して色んな国へ行く『国周り』の回復魔法士となった。
常に移動していて大変だが、その大変さが霞むくらいにたくさんの人と触れ合い感謝される。世界中の美しいものを見て、美味しいものを食べて、人々の笑顔を見て、たくさんの人を助ける事ができる。
アメリアがロメロから離れて経験できた事は想像以上に豊かでたくさんあった。
誰もアメリアを責めたりしなかったが、アメリア自身の中にはずっと『ロメロを見捨てた』という気持ちがあった。
あったからこそ……
アメリアは誰よりもたくさんの人をその力で助けた。
何年も離れていた母国にアメリアが帰った時、
ある人が言った。
「こんな事言っちゃ悪いけど、
元の婚約者様がアメリア様を手放してくれたお陰で私たちは助かったんだから、元婚約者の人には感謝してもしたりないよ」
そんな言葉にアメリアは、
困った様な、寂しそうな笑みで曖昧に笑って返した。
[完]
※おまけに、ざまぁが足りなかった人向けの話があります。




