1>>幼少期からの婚約者と新しい出会い
『お前は彼女の力で助けられている。
だから絶対に彼女を蔑ろにするな。必ず愛し、幸せにしなきゃいけない。
それがお前の為なんだ』
そう言われてロメロは育った。
ロメロ・ギルディエル侯爵令息。
侯爵家の嫡男で3歳年上の婚約者が居る。
昔は良かった。
5歳の頃から婚約していた『年上の女の子』はロメロにとっては『優しい姉』で、純粋に甘えられて、甘やかしてくれる存在だった。
そんな婚約者にロメロは満たされ幸せを感じていた。
だが思春期を迎えると世界の見え方が変わる。
ロメロは同い年の友人たちが、同い年の婚約者や、差はあっても上か下に1歳ほどしか違わない婚約者を持っている事に気付いた。そしてその事に気付いた途端に、自分の“年上の婚約者”がなんだか気になってきた。
ロメロの3歳年上の婚約者は子爵令嬢のアメリア・グライド。
薄茶色の髪は柔らかく常にふんわりと風に揺れ、明るい緑色の瞳は少し垂れ目で優しく常に細められている。可愛らしいと言うより綺麗で凛としているアメリアは、ロメロにとってはずっと『頼りになる姉』の様な存在だった。
ロメロは黒色の髪に金色の瞳で優しい顔の美形に育った。10歳を超えた頃から周りからは「可愛い」ではなく「格好良い」と言われ始め、同い年のまだ幼さの残る令嬢たちはロメロと目が合うと頬を染めて目を逸らした。
その所為だろうか……
ロメロは10歳を超えた頃からアメリアに甘える事もなくなり、どこかよそよそしくなっていった。
最初の頃はそんな態度も『年頃の少年にはよくある事』として周りも気にしなかったし、当のアメリアも笑って受け流していた。
だがロメロの両親は違った。
ロメロが鬱陶しくなる程に、
「アメリアを大切にしなさい!
お前はアメリアのお陰で今があるんだぞ!
アメリアに助けてもらっているんだ。婚約者だからと、アメリアが年上だからと甘えずに、ちゃんと誠意をもって接しろ!
アメリアの力が無かったら今のお前は無いんだぞ!
分かっているのか!?」
父からそんな説教を何度かされたがロメロは聞き流した。
意味が分からない。
何が「アメリアの力」だ。
何が「アメリアのお陰」だ。
──アメリアが俺に何をしてくれたって言うんだ──
ロメロは意味不明な事を言って政略結婚に自分を縛りつけようとする父に嫌気がさしていた。
アメリアはただそこに居るだけ。
側にいて笑っているだけ。
何をしてくれてるって言うんだ。
可能性として、自分がまだ小さい頃にアメリアに助けられた事があったかもしれないが……
そんな理由があったとしても、それを理由に自分とアメリアの婚約が決まったのだとしたら、そんな昔の恩を押し付けて自分を婚約者として縛り、侯爵夫人の座を得ようとしているアメリアに、ロメロは卑しさを覚えた。
自分は侯爵家の嫡男なのに、年上の、しかも子爵家の令嬢が婚約者なのには訳が必ずあると思っていた。
それがもし、アメリアが侯爵家に恩を売って得たものだったら?
姉の様な顔で、いつまでも自分を子供の様に扱う相手が、もし将来もそのままに『侯爵家でも年上風を吹かせて牛耳る気』でいたら?
そんな事を考えてしまったロメロの気持ちは、15歳の貴族学園入学を前にした頃には既にアメリアの事を『自分を縛る年上の卑しい女』と思う様になってしまっていた。
アメリアは何も言ってはいないのに…………
◇ ◇ ◇
15歳で王都にある貴族学園に入学したロメロは、既に卒業してしまっている自分の婚約者の事を恥ずかしく思っていた。
自分は15歳。
それなのにアメリアは既に18歳で卒業と同時に成人している。今は自分の領地に居るが、隣の領地であるロメロの実家のギルディエル侯爵家に時々顔を出しては次期侯爵夫人となる為にあれこれしている様だった。
その事もロメロは不満だった。
自分の知らないところで勝手に自分の婚約者風を吹かせて侯爵家で好き勝手している。
子爵令嬢如きが何様だと思った。
そんなロメロは学園で新しい出会いを得た。
美しく光る黄金の髪色に愛らしい桃色の瞳。幼さの残る顔は花が咲き誇るかの様に微笑む。
クラスメイトのシンシア・ダゼド伯爵令嬢。
彼女は珍しく、まだ婚約者の居ない令嬢だった。
ロメロ様、ロメロ様と、細やかにロメロを気に掛けてくれて声を掛けてくれる。
年上の婚約者に“甘える事”ばかりしていたロメロは初めて“自分が甘えさせる”存在に出会った気がした。
勉強が難しくって……
高い所に手が届かなくて……
力が弱くって……
可愛い女子が上目遣いにお願いしてくる事にロメロがときめかない訳がなかった。
内心ドキドキしていると分かるロメロにシンシアは言った。
「ロメロ様の婚約者はどうして年上の方なのですか? それも家格が下の方だとお聞きしました……ロメロ様はお家も、ロメロ様自身の魅力もお有りなのに……何故そんな婚約をされているのか不思議で仕方ありません。
……わたくしがもっと早くにロメロ様を知っていれば良かったのに……」
涙を浮べながら悲しげな顔をしたシンシアにロメロは雷に打たれた様な衝撃を受けた。
そんな事を言われて……そんな顔をされて、シンシアの気持ちが分からない程、ロメロは鈍くなかった。
そしてロメロも思った。
シンシアの様な可憐で自分に甘えてくれる同い年の子が婚約者だったら良かったのに……と。
気持ちが近付き、互いが互いに好意を抱いている事に気づいた二人の仲が深まるのに、そんなに時間は掛からなかった。
ロメロはアメリアが側に居ない事をいい事に、学園では家の目が届かない事をいい事に、シンシアと親しくなっていった。
シンシアもシンシアで、長年想い続けていた相手が自分を見てくれている事に舞い上がった。
シンシアは7歳の頃に偶然見かけたロメロをずっと思い続けていたのだ。その為、親から打診された婚約話を全て断ってきた。それもこれも全てはロメロと出会う為だったのだとシンシアは嬉しかった。父親に何度か怒られても婚約者を作らなくて良かったとシンシアは思った。
ロメロの年上の婚約者など、家格が下なのだから伯爵令嬢の自分の方が選ばれ、ロメロの両親だって喜ぶと、当然の様に思った。
この行為が不貞行為にあたると分かっていても、むしろ相手が自分なら喜ばれる筈だと思っていた。