03-12
マイン達の行為は、周囲からしてみれば何をしているのだろうかこいつらは、と言うような目で見られるもので、それも一段落してしまえば冒険者達もダリルの使用人達も興味を失ったかのように視線をあちこちへと向け始める。
おそらく彼らはマイン達のことを人騒がせな奴らだくらいにしか考えていなかったのだろうが、その考え方の甘さのツケはすぐに支払うことになった。
空気を切り裂く音もなく、まるで最初からそこにそれがあったかのような唐突さでもって荷馬車の御者台にいるダリルの肩に一本の矢が突き立ったのだ。
衝撃と痛みに悲鳴を上げてダリルが御者台から転げ落ちるのに、周囲にいた使用人達が駆け寄り、冒険者達はそれぞれがそれぞれの得物に手をかけながら身構える。
「警告しましたのに」
「さっきのあれ。警告になったと本気で思ってるか?」
いきなり打ち込まれた攻撃に、辺りには緊張した空気が漂う中でアイとマインとがどことなくのんびりとした口調でそんな言葉を交わす。
周囲の冒険者同様に剣に手をかけて体を低くしていたリドルがそんな二人に非難するような目を向ける。
「どうかされましたかご主人様?」
「状況、分かってる?」
「はい。先程申し上げました殺気の主から攻撃を受けましたね」
「ダリルさん、射られたよ?」
「はい。おいたわしいことです」
指で自分の目尻を拭うような仕草をしてみせるアイなのだが、当然のようにその目には涙の一粒も浮かんでいない。
「マイン、なんとか言ってやって」
「アイ、泣くふりをするなら少しくらい涙を零せ」
「いや、そういうんじゃなくて……」
ズレた指摘をするマインにリドルはがっくりと肩を落とす。
マイン達がそんなことをしている間、冒険者達は周囲を警戒し続け、使用人達は肩を射られたダリルを荷馬車の陰へと引きずって隠している。
追撃してくるならば、かなりの被害を覚悟しなければならないのではないかと思っていたリドルなのだが、最初の一矢に続く攻撃はいつまで待ってみても全くやってこない。
こちらを油断させるために、攻撃と攻撃の間に時間をおいているのだろうかと思うリドルは、大して警戒しているようには見えず、ただ立っているだけのマインのローブの袖をちょいちょいと引く。
「どうした?」
「なんで追撃が来ないんだと思う?」
「こっちを殺す気があんまりないんだろう」
「ダリルさん、射貫かれたよ?」
「肩をな。あれなら矢を抜いてきちんと治癒の法術の手当を受ければすぐ元通りになる」
いくら肩を射抜かれただけとはいっても、当たり方によっては命に係わる。
しかしマインが問題ないと判断したのであれば、ダリルのケガは小さいものではないとしても命に係わる程重大なものでもないということなのだろうとリドルは考えた。
では、完全に不意を打ったはずだというのにあの矢を射かけた射手は何故ダリルの命を奪おうとしなかったのか。
その答えはすぐにやってきた。
「今のは警告だ」
森に響き渡ったのは若々しい男性の声。
荷馬車周辺にいた使用人達や冒険者達の耳にはっきりと届いたそれは、周囲に茂っている草や木々のせいなのか、どこから発せられたものであるのかまるで分からない。
「今、射抜かれた男と荷馬車を置いて即刻この場から立ち去れ。去る者の命は奪わないが、無駄に抵抗するつもりならば覚悟してもらう」
「ふざけんな! どこの誰とも分からねぇ奴に雇い主攫われて、はいそうですかって帰れる稼業じゃねぇんだぞ!」
冒険者の中から怒声が飛んだ。
全く言う通りだと思うマインなのだが、どう見たところで相手が悪いというのもまた事実であり、怒声に対する答えはその怒声を発したと思しき冒険者のすぐ近くに突き刺さった矢であった。
これもまたどこから射かけられたものなのかさっぱり分からず、それはつまり相手にその冒険者を殺す意図があれば、訳も分からないままに死んでいたということを表していることくらいは怒鳴った冒険者にも分かったらしい。
みるみるうちに顔が青ざめていくのを傍目に見ながらマインはくるりと視線を森の中に巡らせてから、やがてその中の一点で視線をぴたりと止める。
「そちらですか?」
「上手く隠れてるがな」
どうやらマインの目はこの場に居合わせている誰もがまだ発見できていない射手の姿を捉えたらしいとリドルはマインの視線が向いている方へと目を凝らしてみたのだが、ただ生い茂る草木が見えるばかりで、何かの生き物の姿を目に捉えることはできなかった。
「マイン、何が見えてるの?」
「そりゃ射手が見えてるが……なんだか妙に細いなあれ。ひょろっとしてる」
眉根を寄せて目を凝らし、じっと森の中を見通していたマインだったのだが、その手がひょいとばかりに自分の顔の前を撫でるように薙ぎ、次の瞬間にはマインの手には一本の矢が握られていた。
射かけられたのだと分かってぞっとするリドルだったのだが、下手すれば当たっていたのでないかと思われる手に握った矢をしげしげと眺めていたマインは、矢の先端につけられている矢尻を目にして、何かに気が付いたようにあぁと声を上げる。
「マイン?」
「これ、樹液を固めた矢尻だ。名前は忘れたが搾り取って何かと混ぜると鉄のように固くなる奴。こんな矢尻を使ってるのってエルフくらいなもんだぞ」
「エルフ!? エルフってあのギルドとかで見る?」
それは主に森に住んでいると言われている亜人の種族名であった。
尖った耳に男女ともにほっそりとした体つきをしており、顔立ちは整っていて種族丸ごと美男美女の集団であり、寿命が数百年と長い。
一部は人の街などにも進出してきており、冒険者ギルドの受付嬢をやっていたり、冒険者そのものを生業としたりしている。
「まぁ街にいる手合いは変わり者扱いされてるようだがな」
「そのエルフがなんで攻撃してきてるの?」
リドルの言葉が終わるか終わらないかのうちにまた一本の矢がマインを狙って放たれたのだが、今度の矢はマインの体に届くことすらなく何もない空中で何かに弾かれて地面へと落ちる。
「さて、その辺りの理由は本人……いや本エルフ? とにかく射かけてきているエルフか、真っ先に射抜かれた雇い主殿に聞いてみるしかないだろうな」
さてどっちに聞いたものかなと、先程手で止めた矢を指先でくるくると回しながらマインはリドルには見えていない森の中の射手と、荷馬車の陰で使用人達に囲まれながら射抜かれた肩を押えているダリルとを交互に見比べたのであった。
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