03-11
やや気まずい方向へと行きかけた話の方向を、どうにかして変える努力をしなくなったことを喜ぶべきなのか。
それとも得体の知れない森の中へと荷馬車を護衛しながら踏み込まなければならなくなったことを悲しむべきなのか。
どちらとも言えない気分になりながら、マインはリドルとアイを引きつれて荷馬車の左斜め後ろ辺りを位置取りながら進む。
時間的には明るい時間であるはずだというのに、一歩森へと踏み込んでみると頭上に生い茂って重なる葉や枝が日光を遮り、マイン達のいる地表まではまるで日の光が差してこないくらいに暗い。
わだちの跡が残る道らしきところは木が元々生えていなかったのか、それともこの道を通っている誰かが通れるように木々などを排除したのか、きれいなものではあったのだが、そこを一歩でも外れるとすぐに木々や草が生い茂っていてとてもまともに歩けそうにない状態になっている。
「なんだか気味が悪いところだね」
心持ちマインの方へ身を寄せつつ、リドルがそんな感想を漏らした。
マインとしてはそれに同意したいところであるのだが、それよりもさらに気になっていることがあり、視線を周囲に向けたままアイへ尋ねる。
「アイ、何か感じるか?」
「殺気とかでしょうか?」
恐ろしくストレートなアイの物言いに、周囲にいた冒険者達や荷馬車の周りのダリルの使用人達が揃ってアイの方を向いた。
自分に注がれている視線の集中に、全く気にした様子もなくアイは周囲を見回しながら特に声を殺すようなこともなく言う。
「抑えているつもりなのでしょうが駄々洩れです。それにしても待ち伏せを受けているというのは何故なのでしょう?」
「おい、あんた。そりゃ本当か」
周囲にいた冒険者の中、一人の男性がアイにそう声をかけて来た。
声をかけられたアイは、その男性の方を見ることもなく完全に無視した状態でマインとリドルの方だけを向いている。
「おい、ちょっと……」
無視されているということは丸わかりであり、軽く気分を害したらしいその冒険者はアイの注意を引こうとして肩か腕でも掴もうとしたのか手を伸ばし、その手がアイの体に触れる前に一体どこから引き抜いたのか、アイの右手に握られた小剣の刃がぴたりとその男性の鼻先に突き付けられた。
「なっ!?」
「どちらのどなたか分からない方。申し訳ありませんがこの身に触れていいのは私の主のみと決めております。みだりに触れようとなさいませんよう、お願いいたします」
「な、なんだとてめぇ! てめぇが俺の質問を無視しやがるから……」
「この身がお尋ねにお答えするのもまた主のみ。知らぬ誰かの質問に答える義務はございません」
「やろぉ……」
傭兵程ではないとしても、冒険者とてそれなりに荒事の経験はあるはずで、見た目が非力なメイドにしか見えないアイの受け答えに、その男性冒険者の忍耐はあっさりと限界を迎えてしまったらしい。
自分の鼻先に刃の切っ先があるのも忘れて自分の得物に手をかけようとして、即座にぴたりとその動きが止まる。
「斬りますよ?」
男性冒険者の動きを止めたのはアイのその一言である。
威圧するでもなく殺気立つでもなく、ただ淡々とこれから行うことのみを告げる事務的な一言でありながら、それなりに経験を積んでいると思われる男性冒険者の動きを縛り付けるだけの何かがアイの言葉には込められていた。
じっとアイの双眸に見つめられ、段々と息苦しさを感じてきた男性冒険者は自分の仲間か何かに助けを求めようとして視線をきょろきょろと動かしだす。
「アイ、そこまでにしておけ。それと何を感じ取ったのかの報告を」
「畏まりました」
男性冒険者が助けを求めるために何か行動を起こしていたとしたらどうなっていたのか。
それは起きなかった事象であるために、その場にいる誰もが断言はできない。
しかし推測としておそらくは、その男性冒険者にとってとても大変なことになったのではないかということはなんとなく察することができた。
そんな窮地から男性冒険者を救ったのは、マインの一言である。
その一言を受けてアイは抜いた時と同じ唐突さでもって小剣をどこかへと消し去り、男性冒険者の存在など即座に忘れ去ってしまったかのような雰囲気でマインの方を向いて一礼した。
同時に、刃を突き付けられていた男性冒険者がが重圧から解放されたかのようにその場にぺたりと腰を落とし、仲間らしき他の冒険者達に引きずられてその場から離れていく。
「ご報告いたします。森の中から押し殺した殺気を感じます。数は定かとは言えませんが二十前後かと」
アイの報告を周囲で聞いていた冒険者達がざわつき始める。
待ち伏せらしきものをされているというだけでも大変な情報であるというのに、その数が二十もいるというのだ。
数だけならば荷馬車を護衛している冒険者達とダリルの使用人達を合わせれば、こちらの方が多数ではあるのだが、こちら側の誰も気が付かないくらいに気配を押し殺すことができる相手が二十人もいるとなれば、実力のほどは相手の方が上かもしれない。
「それは本当なのかね?」
アイへ尋ねたのは荷馬車の上のダリルであった。
アイはちらりとマインを見て、マインが頷くのを確認してからダリルへ一礼。
「確証はもてません。所詮メイドの戯言ですので」
アイの答えにマインとダリルが揃って渋い顔をしたのだが、両者が意図するところはまるで違っていた。
ダリルはだったら周囲を騒がせるような物言いはしないでくれ、という意味で渋い顔をしたのに対し、マインはアイがダリルにはまともに報告をする気がないということを悟って渋い顔をしたのである。
主にしか反応しないと言い切ったアイなのだが、ダリルはいちおうこの場においては雇い主という立場であり、その辺りを汲んだ上で対応してくれるものと思っていたのだがそういった融通をアイはきかせてくれなかったらしい。
「とりあえず何か危険があるかもしれないと前提して行動するように」
ダリルが使用人や冒険者達にそんな指示を出すのを聞きながら、マインとリドルはアイとこそこそ話をする。
「ちなみにどのくらいの確かさだとアイは思ってるの?」
「ご主人様。メイドは適当なことは言いません」
「つまり確実?」
「はいご主人様。なんでしたら一人バラしてお持ちしましょうか?」
「やめろアイ。いちいち物騒な対応をするんじゃない」
「マスター、とりあえず嫁入り前の女子相手に握り拳で威圧するの、止めていただけませんか?」
ぐっと拳を握り締めて詰め寄ってくるマインに、慌ててアイが逃げ出す。
その様子を周囲が何をやっているのやらと呆れた感じで見守る中、リドルはただ一人だけきっとこの先にはろくなことが待っていないのだろうと気を引き締めなおすのであった。
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