03-10
「そろそろ休憩にしましょう」
荷馬車の御者台の上からダリルがそんな提案を行ったのは、日が大分昇った時刻。
背の高い草の生い茂る場所を抜け、視界がばっと開けた直後のことであった。
やっと視界の悪い場所から抜けたかと、ほっとした気持ちで息を吐こうとしたマインは、草むらを抜けた先に今度はうっそうと茂る暗い森があるのを見て、そしてわだちの行き先がその森へと続いているのを見て、表情を暗くする。
背の高い草も厄介ではあったのだが、木々や草の生い茂る森は警戒をする身としては、さらに厄介な場所だ。
護衛という仕事はいちおう自分の身だけではなく護衛対象にまで気を配らなければならない仕事であり、非常に面倒な仕事だなとマインが改めて認識しているその隣では、歩き疲れてへとへとになったリドルがふらりとよろめいた所をアイに抱き留められていた。
「大丈夫ですか、ご主人様」
「疲れた……なんでアイは平気そうなの?」
「メイドですから」
しれっと答えられてリドルは不服そうに頬を膨らませたのだが、アイは構わず片手でリドルを抱き留めたまま、もう片方の手で先程まで通って来た道に生い茂っている草をナイフで刈り取り、地面へざっと敷いた。
「地面に直座りでは装備が汚れますので」
「ありがと」
アイに支えられながらリドルは敷き詰められた草の上へ腰を下ろし、深々と息を吐き出した。
「リドル、水を飲んでおけ。それとこっちの薬も」
腰を下ろしたリドルにマインが水筒と、黒くて小さな丸薬を差し出す。
二つ共受け取ったリドルはまず一口水を飲んでから、しげしげと指でつまんだ丸薬を眺め、そっとそれを口の中へと押し込んでからまた一口水を飲む。
「飲んでから聞くのもなんだけど。何の薬だったの今の?」
「気になるなら飲む前に聞くべきだと思うが……媚薬ですとか言われたらどうするつもりだったんだ?」
「外なのと、明るいうちはちょっと困るかなって」
「おいおい……」
本気で言っているわけではないと思うマインなのだが、内容が内容であるだけに少しばかり面食らってしまう。
そんなマインの反応に、へらっと笑うリドルの横に立っていたアイが半眼ジト目でマインに言った。
「マスターのすけべ」
「いわれのない中傷はやめろ」
「私はそれでも全然構わないんだけれど、結局何の薬だったの?」
からかわれていることは自覚しながらやや殺気だった目でアイを睨み、これを黙らせてからマインは一つ咳払いをする。
「簡単に言えば、強壮剤だ」
「夜の?」
「その話題から離れろ」
強壮剤とは何の薬であるのかと問われることを予想していたマインは、どうも効能についてはきっちりと把握しているらしいリドルの反応に驚きつつ、怖い顔をして嗜める。
同時のあの村で、リドルに余計な知恵を点けたのは誰であろうかと考えて、どうもそれは多分自分なのだろうと結論付けて軽く落ち込んだ。
もちろんマインは村の子供らに大して強壮剤とは何で、どんな時に使うものなのかということをわざわざ教えたことはないし、教えるにしても疲労を回復させる為の薬であるという説明をしたはずである。
ただ、マインの自宅には誰でも読むことができるように解放された本棚があり、マインはそこに様々な分野の本をかなり適当に突っ込んでいた。
無論、子供達にも解放していたのだから読むのに年齢制限が必要となるような代物については事前に排除していたつもりなのだが、娯楽小説の中にはまぁまぁきわどい表現のものや、一体いつそれを使うのだろうかと首を傾げるようなマメ知識が書かれている場合があり、リドルに強壮剤に就いての余計な知識をつけたのも、その辺りの書物ではないかと推測する。
ただそれらの書物はマイン達の村が魔物に襲われた時に、マインの自宅もろとも火を点けられ、灰となっているので悪は滅びたとマインは勝手に完結させた。
「おかしいな。ちゃんと本に書いてあったのに」
「参考までにそのほんのタイトルは覚えているか?」
「うん、サルにでもできる初級錬金術教本、金儲け編」
酷いタイトルだなとマインは思った。
おそらく、それくらい酷いタイトルであったからこそリドルも本の中身だけではなく、タイトルまで覚えていたのだろう。
そう考えるとわざと酷いタイトルや長ったらしい題名をつけて、読み手にある種のインパクトを与えることにより、より長く記憶に残るようにするというのは、意外と教本を書く場合に一つのテクニックになるのではないか、と思うマインへリドルがとんでもないことを言い放つ。
「その本、おかしいんだよ。私も変だなって思ったから覚えてたんだ」
「中身とタイトル以外にか?」
「うん。その本を書いた人の名前がね、マインっていうの」
危うく噴き出しかけたのをマインは鋼の意思をもってなんとかそれを堪えた。
しかし、アイがガマンするのに大失敗する。
真顔のまま盛大に噴き出し、無言でマイン達に背を向けて、両手で口元を押さえ込む。
そのまま背中を向けると背を丸め、ぷるぷると震え出した。
笑いだすのか噴き出すのかを必死に我慢しているせいか、耳まで真っ赤に染めているアイの様子にリドルはきょとんとした顔をし、マインは不機嫌そうに顔をゆがめながらアイの背中を睨みつける。
言うまでもなく、リドルの言ったマインという名前の著者は、誰あろう今リドルの目の前にいるマインと同一人物であった。
これまでに長い人生を送ってきているマインはその間に、かなりの数の教本というものを書き記してきているのだが、リドルが呼んだのはそのうちの一冊であったらしい。
それにしても自分でそれを書いたことを覚えていないということもさることながら、自分で聞いても酷いと思ってしまうタイトルを、よくつけたまま出版するに至ったものだとマインは苦々しく考える。
もしかすると、何件かの出版依頼が重なっていたときのことで、自分でもよく分からないような精神状態のまま、衝動的に書き上げてしまいもうこれでいいやと後先考えずに本にしてしまったのかもしれない。
「世の中には同じ名前の人が結構簡単に見つかるんだなって」
「そうだな。似た顔の人間も三人いるとか言うしな」
実は自分が書きました、とはとても言えないマインである。
中身の酷さもそうなのだが、そんな本を書くほどの年齢ではないことになっているのだから、著者のマインと今ここにいるマインとが同じ人間だとバレてしまったらリドルがどんな反応を示すか分かったものではない。
何か話題を変えるきっかけはないかとやや焦って考えるマインの耳に、この状況からマインを助け出す声が聞こえて来た。
「もうそろそろ出発しましょう。あまりゆっくりもしていられません」
ダリルの出発を告げる声。
内心で盛大に安堵の溜息を吐き出しながら、それをおくびにも出さずにマインがリドルに体の状態を尋ねると、あまり回復したような気はしないんだけどなと答えながらリドルは渋々といった感じで立ち上がったのであった。
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